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「朝の体重は……58・54803㎏、と」
大量の氷を服の中に入れられるという焔の痛快な目覚ましによって早朝に叩き起こされ、秤はすぐに体重計に乗せられた。
そのお陰と言って良いのかどうか。
寝起きの姿を見られる羞恥心など吹き飛んでしまった。
「あ、もう寝ないで下さいね。寝ると体重が大きく変動してしまうので」
「はい」
寝ぼけ眼を擦って二人の部屋の境目にあるテーブルに座る。
(楓のスタートダッシュは……『突風』。様々な方向から集まった風が瞬間的に強く吹くイメージ……風に飛ばされるイメージ……)
昨夜教えて貰ったことを反芻する。
いまいちイメージしにくいが、成績上位者の楓がこれでスタートダッシュを身に付けたと聞かされれば信じるしかない。
「焔」
せっせと朝食を作ってくれている焔に声を掛ける。
「はぁい?」
「できればちょっとだけ試したいんだけど。ぶっつけ本番は不安でさ」
「駄目です。レースはお昼前。朝食を取ってからそれまでの間に、どれだけ秤さんが消化するかは昨日の夕飯のデータからしか分かりません。そこから少しでもずれた行動を取ると途端に計算が狂ってしまいます。それではスタートダッシュも上手くいきませんよ」
「……そっか。ごめん」
やはりぶっつけ本番に懸けるしかないようだ。
「ふわぁ~あ」
秤が腹を括ったら、丁度楓が大あくびしながら起きてきた。
髪を下ろしている姿が実に新鮮だ。
「おはよう楓ちゃん。座る前に体重量ってね」
「分かってるってばぁ~」
そう言って数分後、楓は戻ってきた。
体重を量るだけにしては遅すぎる。楓は朝に弱いのかもしれない。
「何㎏?」
「47・39408㎏~。ふわぁ~」
楓はサラッと自分の体重を暴露した。そのまま秤の隣に座ってしばらく薄目で固まっていたが、徐々にその目が見開かれていく。
「は、秤君。今の、聞いてた?」
「……ごめん」
流石に、聞こえなかったとは言えなかった。
「もう、最悪……」
「今更だよ楓ちゃん。パジャマのボタンは外れてるし、髪だってボサボサだもん」
「言うのが遅い!!」
楓は逃げるようにして洗面所に飛び込んだ。
「別にそのままでも可愛いのに」
「それ、本人の前で言ってあげてくださいよ」
「本人がいないから言えるの」
秤のそんな答えを聞いた焔は、ニコニコと笑顔を浮かべてキャベツとタマネギのサラダとトーストをテーブルに置く。
夕飯に比べるととてもさっぱりとしたメニューで嬉しい限りだ。
「秤さん。これを食べたらすぐに登校して下さいね」
「え? まだ早――ってそうか。ここ女子寮だったな」
改めて自分の状況を思い返す。
女子寮に一泊したなんて一生ものの思い出である。
「それと……トイレに行ったら少しだけ水を飲んで下さい。三時間目が始まってしまったらもうトイレも行けないのでそれまでに」
「分かった」
何だか医者から薬を処方して貰っているようなやりとりだが、焔の計算ではレース前に秤の体重が理想体重に近付くようになっているのだろう。
恐らくは、秤の雑な調整も計算に入れた上で。
秤は急いで朝食を口にし、体重計を手に持って窓に手を掛けた。
「一人で下りられますか?」
『無理だのぅ』
「お前が返事すんな!」
とはいえ高所から下りる技術に自信の持てない秤は、結局焔に補助されて地上へと降りることになった。
焔も高空移動は苦手だったはずだが、やはり格下がいると自信が持てるのだろうか。
「では、四時間目に会いましょう」
「パートナーの焔も来るんだっけ」
「はい。ただ、楓ちゃんは今回駄目ですけどね」
「え?」
「組み合わせで楓ちゃんと当たったときに、少しでも勝率が上がればと思って。楓ちゃんの体重調整は今回滅茶苦茶です」
不敵な笑みを浮かべる焔に、秤は苦笑するしかなかった。
「有り難いけど、良いのか? パートナー優先じゃなくて」
「良いんですよ。楓ちゃんも秤さんには勝ってほしいはずですし。でも秤さんと当たってしまっても手加減はできない、不器用ちゃんなんです」
「楓のこと、よく分かってるんだな」
「私の大切なパートナーですからね」
そう誇らしげに言う焔を見て、秤は戦わずして負けを認めていた。
風夢の実力ではなく、二人の絆にである。
奇跡的に浮世華とコンビを組めたとしても、楓と焔のような関係には何年経ってもなれそうにない。
「「じゃあ、また四時間目に」」
全く同じ言葉を交わし、二人は別れた。
早速体重計を冷たい地面の上に置き、昨日の復習をする。
『冷たいのぅ』
「頼むから……今日はやる気見せてくれよ」
相棒と言うにはあまりにも頼りない体重計に脱力しつつも、秤は無事風夢を乗りこなして校舎に辿り着くことができた。
その後、一時間目、二時間目の授業を適当な教室で受け、三時間目も同じように適当な教室を選んだら、そこには活生がいた。
意外にも真面目に授業を受けていて多少面食らったが、良い機会だと思い次のレースのことを聞いてみると、
「秤に話してないこと、と言われてもな」
「何でも良いんだ。ほら、スタートダッシュのこととかさ」
「上手くできるのは成績上位者だけだよ。何と言ってもタイミングが難しいからな」
「タイミング?」
「スタートの合図が曖昧でな。先生のさじ加減で決まるんだ。普通に引っかけとかもあるから気を付けろよ。ちなみにフライングしたら一発で失格。失格すると成績にもペナルティがある。正直理不尽だとは思う。フライングの危険性を教えるためとはいえな」
「フライング覚悟ってそういう意味だったのか……」
これでは余程自信がある生徒でなければスタートダッシュはできない。
秤に関しては元々の成績自体が存在しないため、マイナスされても全く痛くないが。
「週一レースはスタートダッシュのテストみたいな面もあるからな。純粋にスタートダッシュの精度が勝敗を分ける。そういう意味で疾風は抜きんでてるよ。中学の頃から『ここまで流麗なスタートダッシュは見たことがない』って先生にも褒められてたし」
「やっぱり楓と当たらないのが一番か」
「ははは。当たらなければ勝てるって?」
「勝つさ」
そう断言した秤を見る活生の表情がおかしくて、つい笑ってしまった。
駄目で元々。
だからこそ勝つことに意味がある。
できて当たり前のことをやっても、きっとあの子には届かない。




