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天駆ける風夢  作者: 襟端俊一
第二章 寝床は何処
12/35

 すっかり辺りが暗くなった頃、秤はトイレの中で途方に暮れていた。

 徹夜覚悟で孤独に風夢を乗りこなすための練習に励んでいたが、想定外の出来事が秤を襲ったのだ。


(雨とはね……天にも見放されたかな)


 入り口から見た限りでは、外は完全に土砂降り。アナログ体重計だからといって水浸しになって良いことなどない。

 トイレは意外に広かったのですぐにでも練習を再開するつもりだったが、床がコンクリートだったため断念せざるを得なかった。体重計が壊れてしまっては参加自体できなくなってしまう。


 泥まみれの地面を見ていると明日のレースは中止かな、とも思うが、運動会とは違う。地面が濡れているからと言って、空を駆ける風夢にはさほど問題もなさそうだ。

 第一、中止になったとしても浮世華との約束が延長されるとは限らない。


(超気まぐれっぽかったしな。次があるなんて思わない方が良い)


 空模様に呼応するかのように秤のテンションは下がっていく。

 一応、練習の甲斐あって滞空することはできるようになったが、そこから前進することができない。いざ進もうとするとどうしても重心が後ろに傾いてしまい、そのまま後転するかのように落っこちてしまう。


(滞空するコツは活生から聞いてたからスムーズだったけど、空中移動はてんで上手くいかない。俺って才能ないんだろうか)


 アアル島の住民なら、子供でも当たり前にできることができない。それが仕方のないことだと頭では分かっていても、どうしようもなく自分の不甲斐なさを呪ってしまう。


 どんなものにもセンスというものがある。

 実際、楓と焔では風夢の実力差がハッキリしていた。だからこそ焔は技術科を選んで、楓をフォローする側に回っている。


(今から俺も技術科に……って、それじゃ何の解決にもなってない)


 才能云々以前に、秤は明日のレースに勝ってもう一度浮世華と話したいという想いがあるのだ。

 それにはギリギリまで努力するしかない。


「背に腹は代えられないか」


 考えた末、秤は徐に服を脱ぎ始めた。

 落ちたときの衝撃を和らげるためのクッションとして、自分の服を利用することにしたのだ。

 トイレの床に新品の制服を敷くというのは気が引けたが、形振り構ってはいられない。最低限の清潔さは保たれているようなので大丈夫だろう。


「寒っ!」


 季節は春真っ盛り。

 それでも、夜にパンツ一丁というのは色んな意味で寒さ全開だ。


「よ、よし。これでもうひと頑張りだ」


 こうして秤の風夢の練習は第二ラウンドへと移行した。


 ちなみに。

 公園のトイレでほぼ全裸の学生が何かをしているという状況の特異さに、秤はまだ気付いていない。


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