七小節・王子と邂逅
突然だが、月日というものは過ぎるのが早い。
そう実感しているのはクライオネル王国民だけには止まらず、全世界の人間ではないだろうか。
もちろん、クルアリア・トリスティーレ北将軍もその一人だ。
メイドが用意した姿見の前で死んだ目のまま渇いた笑みを浮かべ、突っ立っている。
「お似合いですよ、アリア様」
クルアは新制服を着せられ、髪をレースリボンで高く綺麗に結い上げられた。これはジュディにやられた。他の工夫としては新制服のパニエを履かず、髪飾りも付けず、質素に見せることに専念していた。
仕方ないと見逃されていたクルアであったが、今日はお洒落をしてくれと上(王)から強制的にジュディを押しつけられ、気合いの入った彼女に化粧を施され、着付けを手伝われ、姿見の前に立たされた。
「薄化粧にしておきましたけど十分ですね。似合っていますよ」
「そう、ですか? 自信ないですけど……」
「折角ですからエル様達に見て頂いたらいかがですか」
嫌だ。
「男の人はお世辞ばかりだから苦手です」
クルアは十歳くらいのときに、隣国の地位が高い人物とその家族をパーティーで接待したことがある。それで出会った同い年の少年は、我が侭だったがそれなりに賢く少年らしくて好感が持てた。それなのに、クルアの話題になると俯きがちになって何も話そうとしない。それどころかコンプレックスをからかってきたのだ。だからその彼の所為でクルアの男性苦手症(?)は悪化した。
と、回想していたために「…女性もお世辞ばかりでは……?」というジュディの呟きはクルアの耳に届かない。
「国王ならいいんですけどね」
ぼそりと呟き、顔を思い浮かべる。国王は気さくだし昔からの顔なじみだし、戦で現王国側に貢献したからあながち叶わない願いではない。
「エル様、どう思います?」
廊下で待機していたエル達にジュディが意見を求める。最近気がついたことだがジュディはソフトにひどい。何かあるとズバリと発言するし、結構強引に物事を進める。それで大概上手くいくのだが。
「似合ってる。やっぱりクルアは可愛いよ」
「…賛同」
「やめてください」
クルアはつい、顔を背ける。……身近にベタ褒めしてくる人間がいるから恥ずかしくてこんな性格になったのかもしれない。
「お世辞は、やっぱり苦手です」
するとエルは顔をしかめた。
「そうやって真っ向から否定するのは良くないと思う。本当に」
「……」
いつもと立場が違う。何故だかクルアが説教されている。自分の性格の欠点くらいわかっているし、いつもは自分が怒っているエルに何かを説かれるというのは不服だ。
「アリア様はもう少し自信を持ってもよろしいと思いますよ」
ジュディが溜息をついた。
責められているかのようで居心地悪い。
「と、とにかく行きましょう! 私もスピーチがありますし!」
そう。今日はクライオネル王国の建国記念日だ。そのためクルアはおめかしをさせられているのだ。
「今まで、私達王国軍の行ったこと全てが皆さんの傷を癒すことに繋がるとは思ってもいませんし、してきたと断言することは出来ません。けれど、一つ、確信を持って言えることがあります。
私達はこの国と共に在ります。所詮は綺麗事かもしれませんが、皆さんの傷を癒す努力は惜しみません。誠心誠意尽くします。戦争の傷に負けないくらいこの国を素晴らしくします。
それは、私がこの壇上に立つと決まったときから、将軍になったときから、決定していることです。
建国当時の陛下の言葉を引用させていただきます。
『余(私達)の誇りはこの国と民である(さんです)』
これからも私達と共に、クライオネル王国と共に、生きてください。在ってください。
北将軍、クルアリア・トリスティーレ」
スピーチが終わった途端、一斉に拍手が巻き起こる。轟音にも似たそれは国王のスピーチ終了後と同じくらいの音だった。
実際、クルアは人気があった。若くして権力関係無しに北将軍になり、革命でほとんど死傷者を出さずに勝利に貢献したことは周知の事実であったし、平和主義で犠牲を出すことが嫌いな性格も人気の要素だろう。旧王国側は無茶なことを国民に押しつける理不尽さが目立ってきたから丁度よい形で革命が出来た。
それであるが故にクルア的には自分の地位が嘘みたいに思えているので人気な理由もあまり納得できない。
それでも、拍手と歓声は嬉しい。自分は国民の知らない「裏」での知略と権力の戦いも見てきた。だから革命の後でも気丈に振る舞える皆が好きなのだ。何より、戦の発端に近い自分が人々に認められていると言うことが幸せだった。
ふんわりと花が開いたように微笑むとぺこりと頭を下げた。
「ひぇっ」
小さな悲鳴を上げてしまった。感動していてドキドキして気持ちが高ぶったせいでよろめいてしまったのだ。
「流石将軍!」
「万歳!」
「流石!」
温かく見守ってくれた人達が声をかけてくれる。
真っ赤になりながらもお辞儀をし直し、下がった。
ちなみにこの一件はクルアファンの間で「建国記念日お辞儀事件」として後々まで語り継がれることになる。
エルとリトが壇上の裾で待っていた。絶対に「お辞儀事件」のことを話題にしてやろうという笑顔で。
「いやぁ、よかった」
「…面白い物見られた」
「なんですか、面白いって」
自分の失態は自分が一番よく知っている。だから今でも耳が真っ赤になりそうだ。司会が妙に微笑ましそうだったのもちょっと。優しさが心に染みすぎる。
「…でも、みんなフォローしてくれた」
「それは嬉しかったです。けど」
「「けど?」」
「流石って、なんですか……」
軽く、ショッキングだった。
「ま、良かったよ」
くすりと笑ってエルが手を伸ばす。クルアは一瞬びくりとしたものの、頭に置かれたその右手を嫌だとは感じなかった。
「同意」
リトが珍しく笑っていた。失笑でも苦笑でもなく、もちろん冷笑でも嘲笑でもない。
そエルの手がク斜里とクルアの、林檎色の髪を撫でた。
「最後のは衝撃的だったけどな」
「…そうだね」
ムードぶち壊し。
関節技をマスターしよう。それでもってまたこんなことがあったら使ってやる。
堅く、堅く、誓うクルアだった。
そしてもう一つ大仕事。
隣国の王子の迎え&案内。
またドジを踏みそうで怖くて仕方ない。それに押しつけられた感が半端ないのでかなり(ここ重要!)複雑な気分だ。まあ、「楽しいな♪ ルンルン♪」という感じで仕事をしたことは生まれてこの方一度もないけれど。
来賓の席に向かい一際目立つ席にいる(隣国とは革命前からすごく友好的な関係を築いていて、クライオネル王国になった今でも他国より友好的だからだ)人物を見つける。
艶々としたクセのない栗毛に青い瞳、悪巧みか悪戯を考えているのだろうと推測できる笑みを浮かべた青年。それこそが隣国ベルメイユの王位継承権序列第一位にして国王の五人目の子供(他は姉と兄らしい)であるグレイズ・シード・ベルメイユ王子殿下だった。
「本日は我が国にお越し頂きまことにありがとうございます。私は、グレイズ殿下の案内役を務めることになりました北将軍クルアリア・トリスティーレと申します。どうぞお見知りおきを」
頭を下げ、挨拶すると、グレイズはTHE・満足といった風に目を細めニヤリと不敵に笑った。けれど飄々とした雰囲気はエルの方が様になっていたし、人の読めない不敵でニヒルな笑みは断然ルイツの方が板に付いている。まだまだ青臭いガキっぽい奴だと齢四十三歳にしてまだまだ子供っぽい国王陛下が言っていたが、その通りでカッコつけなのかもしれない。
そんなことを向かいにいる少女に思われているとは露知らず、楽しそうににやにやしながらグレイズは手を軽く振った。
「いい、いい。そんな堅苦しいのは俺のしょうに合わない。俺のことはグレイと呼べ。タメでいい。だから気さくに接してくれよ、クルア」
「申し訳ございませんが、アリアとお呼びください」
いきなり、親しい相手しか使わない愛称だったので、即座にそう言ってしまった。「クルア」は戦友と国王と家族しか呼ばない。だから彼女の中では「特別」であった。若干の抵抗は拭えない。
けれど。
「いいな! お前!」
「は?」
「俺に好戦的な奴は今まで家族以外いなかった。お前が初めてだ。ますます気に入った!」
墓穴掘ったー!
心の中で絶叫をすませたとたん、さぁ、とクルアの血の気が引く。
真っ青といっても良いくらいに顔が青くなっている上司を見て、エルは心配そうな表情になる。
そんな元・騎士、元・主君コンビの騎士の方の心中を察した訳かどうかはわからないが、グレイズはつまらなそうに鼻を鳴らした。それから、
「ところでアリア」
「はい。なんでしょう」
「そこにいる男は誰だ」
「え。ああ」
クルアはちらりとエルを覗う。彼は相も変わらず食えない飄々とした笑みを浮かべて、グレイズを見ている。
「私の部下です」
「北将軍代理、エルクローラ・ハーツと申します」
礼をしたエルは妙に格好良かった。男として、と言うより誰もが見とれてしまうような完璧すぎる仕草だった。
「ハーツ公爵家の者か」
「はい」
エルは微笑んでいたが、あまりに作り物めいた笑みなので、紙のようにぺらぺらに見えた。
「アリア。こいつも一緒か」
グレイは顎でリトを示す。
「はい。リト・コントラート北将軍代理も一緒です。主にグレイズ様の警護を担当します」
「なんでそんなに男を引き連れているんだ」
クルアは思わず、顔をしかめそうになった。別に男好きでも何でもないのに男ばかりをわざわざ集めたかのように言われるのは癪だ。
「彼らは戦友であり、この地位にいるのは私の申し出があったからではなく、単に実力に見合った地位を用意されたからです。もちろん、警護についてのご心配は無用です」
鉄壁の笑顔で見つめ自信を持って断言した。
「そこまで言うなら、信頼に足るのだろうな!」
子供のように無邪気で、弾けるような表情。
「あとグレイな」
そう付け足すことを、ベルメイユの王子は忘れなかった。
「それでな、俺は行きたいところがいっぱいある。連れて行け」
その尊大な発言に、エルが嫌そうな顔をした。
グレイみたいな奴は現実にいたら迷惑そうですが、書いているぶんには楽しくてやりやすいです。楽しいです。