六小節・動揺しまくる将軍
建国記念日まで残り一週間になった。
相も変わらず暇そうな北将軍府は粒ぞろいなのでなかなか素早く仕事を終わらせる。北将軍を除いては。
別にクルアという人物が優れていないわけではない。それに他の将軍に比べると仕事は少ない方だ。けれど忙しいものは忙しいのである。実は、珍しくやる気の男・エルクローラがいるために彼女は気がついていないが順調に仕事は進んでいたりするのだが。
「ルイツ、騎士団の様子はどうですか」
村荒らしが活性化し始めた所為で騎士団も派遣が多くなった。そのため騎士の管理を担当する北将軍府はちょこちょこ視察へ行っている。だが、情報漏洩の疑惑が先日にあった会議でも持ち上がった。なのでトップであるクルアも直々に視察へ向かい、生の情報を得る。忙しい仕事の中でも執務室外に出なくてはいけない面倒(主な職務のデスクワークが視察中だけ出来ないから)な仕事である。
「村荒らしって手強いんだね。俺、侮ってたかもしれない。思ったより負傷者が出た」
「私ももっと関与したいんですけれど。建国記念日の近くを狙う必要もないのに。旧王国派ですかね」
「どうだろう。俺が報告から考えてみた結果だけど旧王国派ではない気がするからなぁ。
あっちはもう、そんなに強い奴がいないはず。みんな王国に反対してたからあっさりこっち付いたでしょ? 強い奴ほどわんこ将軍に付いて来ちゃうっていう現象が発生したし。油断してたとは言え、俺の仲間を倒せた。違和感あるな」
「やっぱりそう思いますよね?」
腕組みしながら仮説が壊れたことに落胆する。自分でも自信が無かっただけに大したダメージは生まれなかったが、首謀者へ繋がる可能性が一つ消えてしまったのだ。
「まあ、記念日も近いですし、気を抜かない程度に頑張ってください。来賓の警護と警備がありますから」
「了解、わんこ将軍」
「だからそのわんこ将軍って呼ぶのやめてください。なんですかそれは! …あ、お疲れ様です」
不服な渾名に抗議しつつ、見回りから帰ってきた騎士に挨拶する。
「そう言えば貴方達最近来ませんね」
「え?」
「ほら。ついこの間まで似非警護やっていたじゃないですか」
「あぁ…それ、ね。まあ、みんな忙しいからじゃない?」
「貴方やライドは遅刻してまで付いてきましたよね」
「だって上もうるさいし」
クルアは首を傾げた。上…騎士団を動かせるのは、彼らを管理している北将軍__つまりクルアのことだが__くらいだ。そして、クルアは特に何も言っていない。明らかな嘘だ。多分、ノリだろう。
「それとも来て欲しいの? クルアリア」
「は?」
「嫌がっていたのに」
騎士団長は笑っていた。だからからかいなのだとわかった。けれど大きな衝撃を北将軍に与えた。
「嫌ですよ!」
ここのところ動揺してばかりだ。苛々してなかなか自分のペースを掴めないし元に戻れない。歯痒くて仕方ないし苛つく。
ついつい叫んでしまったクルアは鋭い目でルイツを睨む。
誰かに執着しすぎるのはいけない。それにあんなに嫌がっていたのに今になって、寂しくなってから手の内を返したように楽しかったとか寂しかったとかそんな都合の良いこと言えない。
「クルアリア様、どうかお静かに。トリスティーレ公爵令嬢が騎士団の詰め所で叫んだとなれば外聞が良くありません」
そこまで声のボリュームは大きくなかったと思うが騎士団長室に入りながらライドが静かに忠告してくれた。それがもっともなことなので、叫んだことも無意識だったクルアは押し黙る。
「なんつーかさ」
沈黙を破ったのはルイツだった。
「わんちゃんはピュアピュアだよな」
「はぁ?」
呆れた、毒気を抜かれた声が漏れてしまう。
「ピュアピュアってなんですか?」
「初心で純真。正にピュア? ってのは言い過ぎ…そうでもないか? いや、まあ俺らみたいな男と一緒にいて、ここまで恋愛に疎くて自分の気持ちに鈍い子になるとは思わなかったよ」
後半部分はよく聞き取れなかった。
「とりあえずライドは貸してやるよ」
「いや、べつにいらな……」
「光栄です。クルアリア様と共にいられる時間が増えるということは僕にとって至上の喜び。送迎と警護だけでも一緒ですね。嗚呼、運命共同体とは甘美な響き」
「…おいおい、オーバーヒートするなよ。クルアはまあ、頑張れ」
勝手に話が進んでいくのでクルアは嫌な予感がした。寒気とも胸騒ぎともつかない感覚。
「もう! やっぱり嫌です!」
そう宣言したクルアは駆け足で団長室を後にすると、急いで執務室に戻った。一連の会話の愚痴をたっぷり聞かせてやろうと思っているからだ。それに先月の経費が馬鹿高かったこととか、業務態度とか、息抜きに話したいことは山積みだ。
「北将軍だって休憩くらい必要です。うん」
一人納得しながら林檎色の柔らかな髪をふわりとなびかせ、小走りのスピードを速める。
「エル、業務サボリの罪は重いですから!」
彼女の声が楽しそうに聞こえた部下達は微笑ましく見送ったとか。