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革命乙女と七人の騎士  作者: 黒一もえ
1楽章・犬も従う協奏曲
4/30

二小節・ゆるやかな日常

 クライオネル王国北将軍の執務室には、何故か東将軍がいた。

「だからさぁ、クロウが真面目すぎるってことだよ!」

「だから?」

「からかえること、教えてくれない?」

「そう言えば、音痴だったな」

 エルが書類の見直しをしながら相槌を打つ。すると、先程からスケッチブックに何かを描いていたリトが会話に加わる。

「…でも、クロウの趣味は悪くない」

 そして、

「…ほら」

 仕事をさぼっている北将軍代理(ただし片手間にやっている仕事の出来は完璧)と、東将軍に描き上がった絵を見せる。

「うわっ! 似てる。クルアがそっくり」

「でも、この絵は殺意が沸く」

「…エル、心狭い」

 やがて聞こえるビリビリと紙を破る音。

「あ、エル。人が描いた絵、破るのはどうかと思うよ」

「うるさい!」

(……)

 クルアは複雑な気分になる。一連の会話から察すると、自分の絵が描かれたスケッチブックが破かれているようだ。あまり良い気持ちはしない。そして、クロウの趣味と自分の関連性がわからない。

「はぁ…。貴方達、何をしているんですか」

 たまりかねたクルアが三人を睨みつける。が、東将軍には哀れみの視線を投げかけられ、北将軍補佐には失笑された。

「どうしてそんな目で見るんですか。どうしてそんなおかしそうに笑うんですか」

「いや、その…可哀想だな、って」

「同意」

 もしや、馬鹿にされているのではないだろうか。

「まあ」

 東将軍がまとめのように言う。

「クルアって男運悪いよね」

「はあ?」

 何故、そんな話になる。クルアは理不尽極まりないと思うのだが、エルまで同意をする。すると東将軍は彼を見て、

「お前も入ってるよ」

 とりあえず、この会話の意味を自分が理解できることはなさそうだとクルアは感じ、無視を決め込むことにした。これくらいは、我慢我慢。

「あー、俺飽きたから帰るわ。じゃーな。会議で会おう」

 東将軍は今まで腰掛けていたエルの執務机から降りると、にっこりと笑った。

「人の仕事場に勝手に入ってきて邪魔した挙げ句に飽きたとは何事ですか」

「まあまあ。そんなのいつものことだし気にしなーい、気にしない」

 さっくり不満をスルーされ、クルアが口を開き駆けたときに東将軍は口を開く。

「それより、王サマから伝言」

 お願いだからそういうことは早く言ってほしい。

「今日の会議は王妃が仕切るってさ。覚悟しときなよ」

 東将軍の茶色の瞳が、面白げに光った。




 北将軍の仕事は色々ある。と言ってもそれは戦争中に限ったことで、通常は書類を書いたりサインをしたり、北方の貴族から送られてくる報告書を読んだりと、デスクワークがほとんどだ。たまに視察に行くことも重要だが、そう頻繁にはしない。

「今日は特に仕事が少ないですね」

 いつものように淡々と仕事をこなしてどれくらい経ったか。クルアは時計を見ていないのでわからないが、今日は邪魔が入ったにも関わらずスムーズに進んでいると言えた。

「…そんなことない」

 リトがとんとん、と報告書をそろえながら呟く。

「むしろいつもより多いくらい」

「そうですか? なら、いつもより効率がいいってことですね」

「そりゃぁ、俺が頑張ってますからね〜」

 歌うように喋るエルに、クルアは疑わしげな視線を向けた。

「…クルア。気持ちはわかるけど、実質、エルはよく働いている」

 そう言う戦友に満足したのか、そうそう、とエルは頷く。

「それにしても、貴方が目に見える形で努力するのは珍しいですね」

「ひどいな」

 エルは大仰に肩をすくめた。

「この間の舞踏会でちゃんとエスコートしただろ」

「あれは…貴女が目立つので視線が痛かったです」

「…確かに。それに、きっかけがなければエルはこんなに真面目に働かない。気になる」

 その通りだ、とクルアは思った。小さい頃からエルとスガしているがクルアやクロウに負けそうなときにだけ、彼は本当の力を発揮する。

「私も気になります」

「う〜ん」

 ペンを手放し、エルは頭の後ろで腕を組む。

「そんなに大それたことじゃないんだけど。ほら、俺ももう大人だから負けられないことが増えるんだ」

「…それ、大それてないの?」

 うん、とクルアはリトに同意する。

「いや、勝負の相手はクロウだから大したことじゃない」

「それはなんだかクロウに失礼な気がしますけど」

 その言葉にエルが何か言おうとした、が、遮られる。

「失礼します」

 ノックの後に聞こえた声は、女性のもの。

「あ、どうぞ」

 クルアの返事のすぐ後に執務室に入ってきたのは、北将軍専属メイドだった。

「アリア様、あと十五分で会議ですのでお着替えください」

「はい?」

 クルアは首を傾げる。アリアという呼び名ではなく(そこまでしたしくない相手にはアリアと呼ばせている)、着替えという単語に。

(私達、ちゃんと軍の制服着てますけど?)

「今年の建国記念日で我が国は正式に「クライオネル王国」となります」

 突如始まったメイドの解説にクルアは頷く。革命が終わったすぐ後にでも忌まわしい旧国名を捨ててしまいたかったのに、連盟を組んでいる国がなかなか承諾しなかったのだ。それは、昔の王の威力の表れでもあって…。

「なので、国の一新と共に軍の制服も一新することになったのです」

「よくわからないですけど、だから、仮眠室の箪笥から制服が消えていたんですね…」

「陛下から秘密裏に行うよう仰せつかっておりましたので」

 クルアは「そうですか」と渇いた声返事をしながら納得していた。彼女は目撃したのだ。東将軍と国王が立ち話をしている場面を。そのとき王が、『今の服地味だな。よし! 新しくするぞ。ちなみに拒否権皆無だ』と暴君発言をぶっかましていた。

(新しく、ってどんな感じでしょう…)

 クルアは今着ている制服に目を落とす。黒一色の実にシンプルなデザイン。幼少期に家が金持ちだからと茶化されていたクルアは目立たない服を好んで着ている。だから、このままでいいのに。

「まあ、一新とかは建前ですよね」

 王の個人的な事情で決まったであろう制服の変更に不満を漏らすと、リトがくすくすと笑った。

「ドンマイ」

 励まして(?)もらってもあまり嬉しくないのだが。

「こちらが新しい制服にございます」

 差し出されたそれを受取り、クルアは目を丸くした。

「派手じゃ…ない?」

「どんなのだと思ってたんだよ」

 エルのツッコミが飛ぶが、クルアは聞いていない。濃紺の生地に白いラインの大人しい制服。とにかく、目立たないということに喜びを感じていた。

「よかった。前とあんまり変わらないですね」

「あんたなら似合うだろ、大概」

「お世辞は結構です。からかうのはやめてください」

 エルの言葉にそっぽを向く。と、

「エルクローラ様とリト様もどうぞ、こちらを」

「「え」」

 制服を差し出され、人ごとだと思っていた二人が同時に声をあげる。

「アリア様、着付けのお手伝いは」

 男二人をさっくりスルーしたメイドの問いにクルアは首を横に振る。

「あ、大丈夫です。そう言えば…明日からですね」

「はい。後任の者がなかなか見つからず、ご迷惑をおかけいたしました」

「いえ。…今まで。ありがとうございました!」

 北将軍専属メイドは子どもを身籠もっているのだ。そのため急遽クルアと年代が近くて有能なメイドを探していたのだが、顔合わせが出来たのが昨日だったのだ。




 メイドが退室すると、クルアは執務室から繫がる仮眠室(もちろん北将軍のみ使用可能)で着替えをした。

 ぴっちりとスカート部分の裾を整え、髪をリボンで高く結わえる。

「おーい、終わった?」

 ドア越しに聞こえたのは、エルの声だった。

「俺らも着替えたいから仮眠室貸してくれないか?」

「もう終わったので今、出ますね」

 そう言って扉を開けると、エルが不思議そうな目でこちらを見ていた。

「タイは?」

「うっ…」

「いや、なにその「うっ」って」

「……ないんですよ」

「え?」

「できないんですよ!」

 開き直ったクルアはまくし立てる。

「今までタイなんかなかったじゃないですか! だから、わからないんです!」

 するとエルはなんだ、と言う。

「人の悩みを「なんだ」っていうのはひどいんじゃーー」

「俺がやってあげるよ」

 あっという間にクルアの手からタイを抜き取ったエルは彼女の後ろに回り、素早く締めた。

「これでいいだろ」

「…まあまあじゃない?」

 さらりとリトにひどいことを言われ、エルは反論する。

「あの!」

 このままだと礼を言う機会を逃しそうだったので声をかける。

「ん? どうした?」

「ありがとうございます」

 ぺこり、と律儀に頭を下げるクルアを見て、エルは笑った。

「どういたしまして」

 あと、と付け足される。

「似合ってるよ、服。それと、勲章忘れてる」


 東将軍の執務室では、遊びに行きたい将軍と、仕事をさせたいクロウが日々バトルをしています。そして、お説教中に東将軍が抜け出します。

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