一小節・彼女の騎士
クルアは辟易していた。
凛とした表情からはいまいち読み取れないが、徹夜で行う業務からきたものではない疲労が顔に滲み出ているのだ。
それはあさっぱらから付いてきている、もとい付きまとってくる連中のせいだとしか言いようがない。身辺警護とか言っているくせして基本的に無駄話をしているだけだし、そもそも階級が同じ者もいるし、「警護」なんて言葉はただの騒ぐ口実になっている。しかも、そんな男に惚れる(クルアにはよくわからない感性を持つ)女性がいるようで、キャーキャーと黄色い悲鳴が隠されもせずに飛び交う中を紅一点で歩いていると、視線が痛い。今のところあからさまないじめがない分幸せかもしれないが、それも複雑な気持ちだ。
「どうした? いつにもましてご機嫌ナナメ?」
「…貴方達のせいでね」
声をかけてきたエルに、不機嫌な声で返事をする。
八人で歩く姿はやはり異様で、先程通り過ぎた人が失笑していた。穴があったら入りたい。
「穴があったら入りたそうな顔だ」
「…掘ろうか…?」
「僕はクルアリア様がお望みになったことならいたしますよ。穴の一つや二つ…」
「おいおいおい! 二つ掘ったら間違って入る人間がいるかもしれない。一つにしておけ」
「アリアは疲れていても凛々しいな。尊敬する」
「いや。可愛い、っていう方が似合うと思うよ」
「とりあえずエル、お前はクルアから離れろ!」
いっせいに喋りだした背後の男達を振り返らずに、クルアはうんざりした声で言う。
「穴があったらまず、貴方達を埋めるべきですね」
「そして最後にクルアリア様が入る、と?」
「…入りません。というか男性七人と同じ穴に入りたがる、って変態ですよね」
日々こんな会話をしていると思うと情けない。
「あ。ほら、もう王宮に着きましたよ。皆さん、各自の仕事場に向かってください!」
このクライオネル王国の王宮には、軍の本部や騎士団の詰め所がある。クルアが従えている(ように周囲には見えているらしい)男達は騎士だ。役職が変わった者もいるが、今も騎士を気取って戦友のクルアを「警護」している。
「じゃあ、俺達はここで」
騎士の一人、エルがクルアの背を押した。
「行くよ」
耳元で囁かれ、頷く。彼は、うんざりしたクルアのために助け船を出してくれたのだ。
「リトも行きましょう。それでは皆さん、また後で」
今日は会議があるのでこの中の何名かと後で会うことになる。
と、エルがクルアの耳元で、
「ね、助け船料いくら?」
「はい?」
「労働には対価を、ってね」
「ないですよ、そんなもの」
「じゃあ…」
ないと言っているのにエルが強引に話を続ける」
「これから先ずっとエスコート、とか」
「は? 却下ですっっ!!」
クルアリア・トリスティーレ公爵令嬢は、クライオネル王国北将軍である。
北将軍とは、国内の北方統治を監督し、戦争が起きたときに戦略と騎士のやりくりをすることが仕事だ。
悪政を敷いていた旧王国側との戦いで死傷者と歳月を最小限に止め、王位と政権と国名をもぎ取るという偉業を成し遂げた革命派の幹部であり功績者なので、新旧王国で初の女性将軍となった。
彼女には異名がある。「革命乙女」。これは、その名の通り革命で活躍したからついたものだ。
けれど、もう一つ、本人も知らないあだ名があった。「わんこ将軍」。革命期間だけ今の国王にあたる革命側リーダーから貸し与えられた性格バラバラの天才騎士七人を見事にまとめ上げ、個々の力を発揮させた様が犬を従えているように見えたことが由来。…というのはバレたときの言い訳。本当は、普通の少女と何ら変わりなく見え、普段は七人に翻弄されているので「わんこ(子犬)」の将軍、となった。
そんなクルアの戦友である騎士は前述のとおり七人。
北将軍代理。エルクローラ・ハーツ。
東将軍代理。クロウ・ローディ。
北将軍補佐。リト・コントラート。
西将軍。テオ・コントラート。
南将軍。フレデリック・ヴァーツラヒ。
王立騎士団長。ルイツ・メイベル。
王立騎士団第一隊長。クライド・フランツール。
彼らは、クルアを主と認めている。だから、七人とクルアの間には立ちきることのできない不思議な絆が存在するのだ。忠誠という名の、固い、かたい、絆が。
実は七人のこびとのイメージなのです。