プロローグ
むかし、むかしのことでした。
とある国のとある地域を治める貴族のお屋敷で、一つの命が誕生しました。
黒髪の旦那様と栗色の髪の奥様の間に生を受けたのは、可愛い可愛い女の子。濃い影を落とす睫毛は長く、頬は真珠のように白くて、ほんのりと色づいています。そして、よく熟れた林檎のように真っ赤な髪を持っていました。
口さがない人達は奥様の不貞を疑い、噂を流しました(もちろん、奥様は浮気などしていません)。「彼女は実の娘ではないのでは?」「奥様は、たいそうな美人でいらっしゃる……」、と。
ですが、旦那様はきっぱりとこう言いました。
「私の子どもはこの子で間違いない」
ほら、この顔は私そっくりだ。赤ん坊を抱く旦那様の表情は、慈しみで溢れていました。
それから噂はめっきりと減り、表だって奥様を悪く言う人はいなくなりました。育っていくうちに、両親にそっくりな美貌に磨きがかかっていくからです。
けれど、今度は気味が悪いという人々が現れました。
「赤髪に紅の瞳を持った不吉な令嬢。怪しい」「そうだ、赤は魔女の色だ」「彼女の真の父親は魔女ではないのか?」。
そう。女の子の大きな瞳は、夕暮れを固めたような色をしていたのです。
この国で言い伝えられ、親しまれているおとぎ話。登場する魔女は決まって、「赤」を好んでいます。だから、未だに魔女と赤を関連づける人もいる、というわけです。
珍しい赤の髪と瞳を持った美しい女の子は、好奇の視線に晒されることとなりました。それでも、彼女はめげずに生きていきました。
そんな女の子が歴史の表舞台に躍り出たのは、十五歳の頃でした。
国で起こった革命で活躍したのが、彼女だったのです。
革命乙女。
それが、彼女につけられたあだ名。
かつて魔女だなんだと噂をされていた女の子は、国の英雄になりました。