十五小節・北将軍、またまた会議で振り回される
満月まで四日。
将軍定例会議に参加したクルアは口の右端がつり上がっていた、というか笑っていた。本番に強いタイプのクルアは、本番になると笑ってしまう癖がある。どんなに辛い状況でも自分の力が発揮できるときはつい、笑ってしまう。緊張の表れか見知れないが、これも(性格)革命乙女の由来かもしれない。
「では、定例会議を始めましょう。あれ、北将軍の顔色悪いですね。なのに笑ってます? よく解らないです」
かくん、と可愛らしく首を傾げる王妃殿下はどう見ても三十代かつ二人の子持ちで革命を起こした人間の妻とは思えない。そのマイペースさと内に秘める常人には見透かせない何かが彼女の王妃殿下たるオーラの由縁だろう。
「東将軍からどうぞ」
「はい」
冗談の混じったスピーチにいつものように感心しつつ、面白さに流されないよう、しっかりと報告内容を聞く。彼は王と同じでさらりと大事なことを言うのでいつでも気が抜けない。
「〜ということでした。んで、カワイイ後輩達のために」
「失礼、カッコイイ東将軍。僕達と貴方は一応同期ですよ?」
「ぷっ」
南将軍の冷静な茶々がは入り、ついついクルアは笑ってしまう。
「そんなのいいんだよ。俺のが年上だ」
「そんなに違わねぇよ」
テオも突っ込む。
四面楚歌な東将軍はばつが悪そうな顔をした。
「駄目ですよ、皆さん。苛めは派閥争いの原因になります。そうなると国王が悩んで私に構ってくれないから、止めてくださいね?」
王妃も自分のためだった。
「お前等陰険だぞ、嫌われるぞ! まあ、聞けよ。村荒らしの件だが、調査してやったよ。あれな、イヤな奴らの仕業だぜ。本当に面倒臭い。偽装だぞ」
断片的すぎる。
「旧王国側かどうかわからないが紋章の武器は偽造だ。職人に見せに行ったら即答された。技術者にしかわからない特徴があるらしいが今は割愛だ」
きっと教えて貰ったのに忘れたとかだろう。
「いいんだよ、そんなの」
はっきりと表情がクルアの気持ちを表していた(表情は時に口ほどに物を言うのだ)ので、東将軍は文句を言った。こういうところはどことなく国王に似ているので何だか脱
してしまう。部下にまで伝染ったのか、国王って本当に色々すごい。
ところで、どうやって村荒らしの武器を調べたのだろうか。管轄の北将軍とトップである王族以外はクルアの許可がないと調べられないのに。
「クルア、聞けよ」
「え? あ、はい」
「んで、誰かの工作だって訳だ。以上、俺の発表終わり。依存・質問は受け入れませんのでご了承下さい」
マイペースすぎる。
「では、次南将軍どうぞ」
「はい」
王妃殿下はちょっと甘いと思う。クルアなら溜息をついて呆れていただろう。
「ええ、ちょっと申しにくいので小声でも宜しいですか?」
「私は構いませんよ?」
「俺もいい」
「俺は何でもいい」
「私も平気です」
全員の許可が下りるとフレッドは優雅に微笑んだ。
『ベルメイユの第二王子について困ったお話があるのですが』
………………?
「なんて言ってます?」
「聞こえませんねぇ」
「聞こえねぇな」
「全く何言ってんだかわからない」
「僕は喋ってますよ」
天然南将軍はにっこり笑う。
『それでですね…』
フレッドが続けるので必然的にこの場にいる全員で顔を寄せ合い会議することになる。いい大人が真面目にやっている会議とは思えない。王妃と東将軍が交ざっている時点で真面目でなくなるのだけれど。
『あのガ……ごほん。子供っぽい王子が変なことをしているという情報が南の領民から来ました』
南の領民は団結力と協調性が有名で、四つの地方の中で一番平和である。なのに王都の情報から別の大陸の情報まで頼めば色々集めてくれる。
『うちの国の王都に大印刷所があるでしょう?』
『ありますね』
『そこに何やら注文しているらしいですよ。裏がとれているそうですが、企業秘密だとか何とかで詳細は不明です』
『あのお子様馬鹿王子に脅されてるんだろ』
東将軍は未だに根に持っているらしい、仕事中に来られたことを。いつもサボるくせに、とクルアは思う。
『そして被害が出ています。お子様王子に観光客が振り回され、満足に過ごせない、満月はちゃんと迎えられるのか、といった苦情が相次いで報告されています。正直迷惑ですね』
「無下に追い出すことも出来ませんし。困ったチビさんですね」
王妃だけ通常ボリュームの音声なのでその場にいた者達の肝を一瞬で冷やした。
「駄目ですよ、殿下」
南将軍が軽く窘めた。
「彼の身長については禁句だって決めたじゃないですか?」
「いつ!」
いつそんな話し合いがあったのだろうか。クルアは突っ込んでしまった。
「あ、そうでしたね。すみません」
王妃がてへへ、と謝る。クルアの知らないところで色々な話が進んでいるので何が何だかさっぱりだ。もしや今、即興の冗談だろうか。南将軍もなかなかの天然だ。
「他にはないですね。終わりです」
「では、質問する人いますか?」
「はい」
テオが挙手した。
「わからない、で済ませるのはお前らしくない。印刷所の件は何か対策を取ったんだろう?」
「まあね。でも、見張りやってたら脅されちゃったから派手に動けない」
隠密系の西将軍なら動けるかもしれないが、決して派手に動かない南の行動がバレたのならば西もあまり動けないだろう。
「他に質問はありませんか? ……ないようですね。
では、北将軍どうぞ」
「はい。村荒らしの話です。現地に向かわせた騎士からと〜っても嬉しい報告が来たんです!」
満開の笑みで資料を配る。
「クルアはいつもそうやって笑ってればいいのに」
エルがからかうようにそう言った。
「報告書を見てわかるように「天の邪鬼」という団体がいるようです。今のところ反国王側か別の目的を持っているかはよく判っていません」
エルを無視して進行する。
「けれど私のことを反クライオネルと見て敵対心を持っているようなので、旧王国側ではない確率が高いと思われます」
会議の終わった後、クロウは呼び止められた。絶対の忠誠を誓ったクルアに。
「久しぶりですね、クロウ」
「ああ。話す機会がなかったからな」
お供二人を連れていないクルアは「可愛らしくて守ってあげたい女の子」という感じに笑ったので、クロウは苦笑で返した。エルがいたら、幸せそうに顔をほころばせたかもしれない。そんな光景を見なくて安堵したのだ。
「ですよね。クロウも忙しそうですし。すれ違っても、話しかけられないし…」
「そうだな」
クロウは苦虫を噛み潰したような心境になった。
ずっとクルアと会話がしたかった。会議の際は将軍代理や補佐に発言権はないし、仕事で一緒になることも少なければ話せる時間もない(将軍同士が結託する仕事の類は大概忙しい物なのだ)。しかもクルアに話しかけようとするとどうしてか知らないが毎回毎回東将軍に呼び止められる。北将軍への使いも自分ではなく東将軍補佐の男がやる(階級で言えばクロウの方が上なのに!)。あまりにもタイミングが悪いので最近イライラしていたのだ。
それに、クルアの前だと、どうも上手く喋ることが出来ない。もどかしいことこの上ない。
「そう言えば最近貴方以外のみんなにも業務の他は会えませんね。この間まで一緒に歩いていたのが変なくらいです。寂しいです。これって私だけが思ってることなんですかね」
「他の奴とは俺はいつも会って……」
言いかけた言葉を飲み込む。幸いなことにクルアは物思いに耽っていたのでちゃんと聞こえていなかったようだ。
「忙しいだろうからな。会いたくないことはないと思う」
「ややこしいですね」
クルアは微笑した。
「では、また今度」
「ああ。王子に気を付けろよ」
エルから馬鹿王子が不埒なまねをした話を聞いていたクロウは執務室まで見送ろうと思ったが、東将軍からお使いを頼まれていたので舌打ちして走り出した。