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革命乙女と七人の騎士  作者: 黒一もえ
1楽章・犬も従う協奏曲
12/30

十小節・捕縛計画

「彼」と同じ時にクルアも月を見ていた。


 カーテンを開けているので、柔らかい灯りが満ちる室内と、窓から見える闇に支配された夜の景色はとても対照的だった。

 春といってもまだ寒い。大きな月は、空が澄んで近くに感じられた。

「……」

 クルアは、硝子ペンを置いて一度背伸びをした。カーテンを閉めようかと考える。けれど、なんだか月を隠すのがもったいなくて。

 満月の日は革命以前からも信じられている、太陽の神と彼に添った月の巫女を崇める教徒の祈りが教会で行われる。その日は吉日とされ、結婚する人が多いのだ。一般的に花嫁が幸せになれると言われている六月の満月、そして月光で出来る光の柱が立つ日は最高だとかなんだとか。

 昔から厚く信仰していたトリスティーレ家の娘なので、クルアは夜になると月の観察をする習慣がある。

「綺麗……」

 執務室の窓をもう一度見て呟く。たまには一人月を眺めて静かな空間に浸る、というのも悪くない。七人がいるとロマンチックなことを言った時点でからかわれるのがお約束だ。

 ちなみに今一人なのは二人が休憩をしに行ったからだ。今日は泊まりがけなので執務室を留守にしないよう、順番で一階にある風呂に入りに行っていた。今は補佐ペアだ。

「私達結構良い待遇ですよね。甘んじすぎる傾向があるのは困りものです」

 うんうんと頷きながら硝子ペンを走らせる。流麗で達筆な文字は勉強の賜物である。

「そう言えばグレイズ様の言っていた「次」。ないといいですねえ。ちょっと疲れますから」

 それにみんな不機嫌そうだったし。

 そう言えば、と思い出す。グレイズ本人曰く、彼には国王と正妃である母、そして王の側室とその子である兄が家族らしい。だが、クルアはグレイズの兄の話を聞いたことがない。情報が入ってこないのだ。

(これは、どういうことなんでしょうか?)

 そこに執務室の扉が開く音と共に補佐二人が入ってくる。

「いやぁ、今日は月が綺麗だね」

「…よく見える」

 湯上がりで少し頬を赤くしたリトが、こくこくと機械人形のように頷いた。それが面白かったのでクルアはくすりと笑う。

「そうそう」

 エルは、紙束で自分をあおぎながら言った。

「テオから資料を預かったよ」

 はい、と扇変わりにしていた束を渡され、クルアは微妙な気持ちになった。

(エルの態度はともかく……)

 直接会いたかったのに。また、そんな風に思ってしまう。

「ああ。例の村荒らしの件ですね」

 律儀に「村荒らし」と一枚目の書類に大きく書かれていた。右上がりの達筆は変わっていない。

「……ふう」

 一枚目を読んだだけで溜息が出てきた。感嘆でもなんでもなく、純粋に、困っているときの溜息だ。

「流血沙汰は勘弁願いたかったんですけどね」

 戦争や騎士の管理を担当の北将軍であっても戦いが好きだったり血を見るのが平気だったりすると言うことはない(騎士の管理等はあくまで仕事の一部だし、将軍なんて名前だけで仕事はデスクワークしかない)。むしろ駄一嫌いな部類である。それでもこの国の安寧と幸せを願って行動を起こしたのだから責任を持って最後まで仕事を果たしたい。

「しかも、証拠までそろってるとはご丁寧ですね。将軍の性格が領民に移った、とか在りますかね?」

 皮肉りながらご丁寧に印が付けられた文章を鋭い目で睨む。

 この間の会議でテオが言っていた、話。村荒らしの首謀者が東と北説。地方の騎士や有力な地主には勲章のように領地に会わせた紋章のある武器が贈呈される。それが村荒らしの犯人の使用している道具だとか。

 どうやら北と西の境の村に住んでいる領民は北と東の紋章がある武器を視察の際に提出したらしい。そして正式に北領民に、この場合責任者の北将軍クルアリアに、訴えたいとも申し出たとか。しかもクルアが黒幕だと睨んでいる者が村の半分を占めているそうだ。

 それで今日、執務室にいなかったのだろう。

 本当に建国記念日の近くにこんなことをやらかされるとは迷惑な限りである。これが王都に流れでもしたらどうするのだ。

 それより、怪我人も被害も証拠もそろっている。明らかに北は不利だ。

 ちなみにクルアは黒幕でもなんでもない。自分の領地の村荒らしだけでボロボロの現状でどうやって他の領地を攻められるのだ。しかもそんなことしたって全く利益にならないではないか。利益しか考えていないわけではないがそこのところもうちょっと冷静に考えて欲しい。人を何だと思っているのだろう。

 とは言っても理解されない、出来ないのが現実である。厄介極まりない。

「これは面倒になってきましたね」

 苦虫を百匹くらい噛み潰したような表情で思考を巡らせる。

「確か騎士本部(王立騎士団王都本部の略称)には貸しがありましたよね」

 クルアの緋色が目立つ夕焼けの瞳は光の加減で深紅に見えた。

「貸しってこの間の視察の時に見つけた書類? ある仕事に頼んでいた以上の人員を要したから黙って人を回したっていう? あれはよくあることじゃん。動くかどうか怪しいところだ」

 エルは難しいとアピールしたが、いちいち構っていられない。報告を怠った相手にも非があるのも事実だし。

「適当な理由を付けてください。動かないなら”あれ”を使います」

 切り札をちらつかせる将軍の瞳は据わっていた。そして真顔だ。

「あっちの暇で腕が立つ人間を北西の村に送り込んでください。出来れば今日中に要請して貰えません? 明日作戦について詳しく話をしたいので」

 紙にさらさらとメモをしながら淀みなく言葉を紡いでいく。

「今日は下準備をしましょうね」

 先程よりは明るい声だったが、執務室内の空気は柔らかい物に切り替わることはなかった。何故なら、クルアが真剣だったからである。声くらいで人のオーラは隠せない。

「了解」

「うん」

 仲間二人も真面目に返してくれた。いつもこれが出来れば問題ないのに。残念の極みだ。

 エルとリトが執務机に座ったのを確認すると、クルアは首から提げていた革紐を引き上げる。制服の中からでてきたそれは、鈍い緋色に輝く小さな笛だった。

「これを、使わなくてすむようにしたいのですが」

 囁き、クルアは笛を握りしめる。感慨がありそうな表情をしたのもつかの間。すぐに笛をしまうと仕事に戻る。

 こうして夜は、更けていく。




 クライオネル王国には軍と騎士団がある。そのつくりは、国民の混乱を防ぐため、革命以前と酷似している。

 王国軍はちょっとエリートよりの職員が集まり、各地にある軍支部は普通の職員が集まる。エリートとは言っても今の国王になってからは実力で選ばれる。そんな軍は東西南北のフロアで別れる。クルア率いる北とテオ率いる西、フレッド率いる南とエヴァン率いる東だ。

 職務内容としては所属部署によりばらつきがあるが領民の要請を受けて動いたり動かなかったり、催しの予算を検討したり議会を開いたりする、などだろうか。要するに国民のために働く公僕なのだ。

 王立騎士団も大まかに分けて二つある。貴族のボンボンから農民まで騎士として素質のある者が入団できるのが騎士団。そして王立騎士団王都本部は素質と能力が備わっている強者を集めている。どちらも軍同様に入るための試験があるが、軍よりは軽めに設定している。

 騎士団も各所に存在するが軍と違い殺人や盗難の捜査も請け負う警察組織だ。基本は騎士団長と騎士団の管理をしている北将軍と話し合って仕事を決めて活動する。基本的に軍よりは小間使い要素が多めだが国にはなくてはならい。

 騎士団の詰め所には対村荒らしのために招集された騎士達が集まっていた。そして皆、静かに立ち、一人の少女の話に耳を傾けている。

「数人送ったから知っている方も多いと思いますが先日から北西の村と西北の村で村荒らしが多発しています。北と西の境の村なのであちらの領民の皆さんは北を疑っているようです。正否はまだわかっていません。なので今ここに招集した貴方達に村まで行って現状報告をしてもらいます」

 あらかじめ作成しておいた概要と地図の書いてある紙を配りながら説明する。

「村荒らしが動いたら戦ってください。第一は村民の救護ですが聞くところによると多大な被害を受けているようなので応戦して構いません」

 西にも騎士を送り込むので責任者としてテオも来ているが彼は一言も喋らない。クルアに委ねているように見えた。

「ただ、死者は絶対に出さないでください。それと出来るなら一人とっちめてください」

「は?」

「え?」

「今、なんて?」

 西将軍の間抜けな声を筆頭に騎士達がざわつき始める。ルイツも気が抜けたかのように困惑の表情になっているし、ライドも笑顔の中に戸惑いが混じっていた。けれどエルは苦笑しているだけだった。

 公爵家の令嬢で蝶よ花よと育てられて容姿も悪くなく人気の少女が将軍になったのも騎士達を驚かせただろうが、「とっちめる」なんて言い出したら余計驚くだろう。

「どうして一人なんだ?」

「いや、あの北将軍だ。何か考えがあるんだよ」

「そっちか!」

 エルは思わずツッコミをしてしまった。

「一人、弱くて根性なくて気さくで忍耐力なくてはぐれちゃった奴とかとっ捕まえて尋問しちゃってください。情報を吐かせるのが目的なので精神的苦痛や無駄な苦痛を味わわせないように。生かしておくのが大事です」

 いつもとは違うクルアは昨晩より気配も声も明るかったしジェスチャーも交えた説明をしている。そちらの方が騎士達の驚異になった。

 クルアの渾名をご存じだろうか?

 革命乙女。

 革命を成功させたことから名付けられた由来はもう一つ。性格が想像とは違い、がらりと変わることがあり、性格に革命でも起きたのか? という騎士の言葉から来たとか言われている。

 クルアの場合は流血沙汰になると血を見たくないという本能が働いて頭の回転が良くなり、性格もちょっぴり過激になると言うものだ(過激にちょっとも何もあるものか不明だが)。

「では、お願いします」


 ゆっくり笑った北将軍、マジで怖かったよな! 可愛かったけど!(by騎士の×△氏と同僚数名)


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