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朝早くから僕の後ろで明日香が捲し立てている。
登校途中の坂道だというのに一向に衰えない。
「もう、未来が嘘をついた」
「僕が?」
「そう」
「なんで?」
「東京で変な女の子に会わなかったって聞いたのに会わなかったって嘘をついたじゃん」
「それは見解の相違だよ。東京には色んな格好の人がいるからね。それにゴスロリはファッションのカテゴリーの一つだよ」
「大人みたいな言い方嫌い」
「それじゃ、あれが森ガールみたいだったら変じゃないの? おかしいでしょそんなの。僕からしたら変な人って逝っちゃってる人だと思うよ」
「だって、あの恰好はいっちゃっているでしょ」
「僕が言いたいのは恰好じゃなくて中身だよ」
「それじゃ、彼女の中身はまともなの?」
「そんな事は分らないよ。話したことがある訳じゃないし」
「じゃ、なんで逃げ出したの? それこそ彼女がまともじゃないからでしょ」
「明日香、あまり人を見た眼で判断しない方がいいよ。それに知りもしない人の悪口は感心しないな」
「未来の馬鹿!」
明日香が怒り出して小走りで校門に向かってしまった。いつの間にか学校の前まで来ていたようだ。
彼女の言いたい事も判らないではない。
尾乃町でゴシックロリータの格好の女の子など皆無なのだろう。それでも僕は見た目で人を判断することを嫌う。
何故なら、僕自身がそう言う体験をしてきたから。
ミシェルとして見た目で判断され決めつけられてきた。それがイメージというものなのだろう、けれど僕自身は受け入れられなかった。
イメージだけが先行して僕自身とかけ離れていく。
そして僕自身がミシェルのイメージに合わせなくてはいけなくなっていく。
素顔で居ればすぐに嗅ぎつけられて追い掛け回される。そんな同業者を嫌と言うほど見てきた。
幻影と自分自身のイメージが近い人は幸せだ、最近ではカミングアウトする人も少なくない。
でも、多くは売り込む側としてイメージを大切にし、採用する側も自社のイメージと合わせて起用する。
一度付いてしまったイメージを打破するのは上手くいけばいいが容易な事ではない。
クラスに行くと普通に接してくれる。一日経てば落ち着きを取り戻しこの通りだ。
それでも数人が近寄ってきた。
「おはよー、向井君」
「おはよー」
「向井君は海外に居たの?」
「まぁ、両親の都合でね」
「何処にいたの?」
「南米やチベットに東南アジアかな。秘境と呼ばれている所だけれどね」
「凄い、ご両親は何の仕事をしているの?」
「仕事? 貿易関係かな」
両親からもそう言い聞かされてきたし僕自身もそれ以外に考えられないから。
何を扱っていたのかそこまで突っ込まれると流石に答えられない。実際に仕事をしている姿なんて見たこともないから。
「なぁ、向井。あれをどう思う?」
「何が?」
前に座っている後藤君が振り向きざまに聞いてきた。
「あれや。ミシェルがどうのってやつ」
「へぇ、凄い人気者なんだね」
数人の女の子が雑誌を見ながら騒いでいる。
「ミシェル引退だって」
「なんであんなに人気があったのに」
凄いと言うかやばいと言うか……こんな状況は許容範囲だけどね。
どれ程の人気なのだろうテレビに出ていた訳ではないのに。それでも東京じゃポスターは直ぐに持ち去られていたっけ。
それは一つの人気のバロメーターと言うか話題性だった。
「マスメディアに完全に毒されているね」
「向井はきつい事を言うな。可愛い顔をしているのに」
「だってそうでしょ。芸能人だってモデルだって僕等と同じ人間でしょ。何も変わらないよ」
「まぁ、そう言われてしまえばそうだな。何だか子どもっぽいと思っていたが向井は意外と大人なんだな」
「高校生だよ、普通の」
「いや、天野と幼馴染で泊さんの親せき言うだけで普通じゃないけどな」
「それは、どういう意味だよ」
「そう言うことや」
チャイムがそこで鳴って小野先生がドアを開けて……
「あの、今日も転校生が居まして」
小野町子先生は困り顔で萎縮している。
はっきり言えば僕は撃沈し周りは僕の反応と裏腹で教室が騒然となった。
「金髪!」
「外人なの?」
「凄い、綺麗な瞳だよ!」
「な、なんだ。あの格好は?」
「制服なの? ゴスロリ?」
小野先生の横には真っ黒なゴスロリ姿の彼女が立っていた。容姿は説明する必要がないだろ。
視線は相変わらず僕にロックオンしている、ここまで来たら引き下がる訳にいかない。
逃げ出す必要も必然もなくなった。
皆の視線は教壇に立っている彼女に集中していて。彼女が口を開こうとしてメガネをはずし瞬殺する。『ミシェルと呼ぶな』と。
彼女の登場でただでさえ騒然としているのに、教室でミシェルと呼ばれれば収拾がつかなくなる事は必至だ。
すると彼女が僕から視線を外し、自己紹介を始めた。
「私はテスタオーロ・フィオーレ・ディ・チリエージ・アッヴェニーレ・レジーナ・ヴィオーラ・ディ・コーダだ」
「あの、コーダさんは海外暮らしが長く日本の生活に慣れていないので、皆さん仲良くしてくださいね。席は一番後ろの空いている席が良いわね」
皆の視線が彼女に付いて回る。
彼女が僕の席の横で止まり見下ろすように冷たい視線を振り下ろしている。
そして声を掛けてきた。
「Como te llamas?」
「Me llamo Mirai Mukai.」
驚いたが無意識に反応してしまい即答した僕以上にクラスメイトが驚いている、それは聞きなれないスペイン語だったからかもしれない。
『貴様の名前は?』
『僕は向井未来だよ』
って感じに名前を聞かれ名前を答えただけなんだけど。
「せ、先生」
「どうしたの? 下條さん」
僕の隣に座っている女の子が手を挙げながら先生に声を掛けた。
「あの、コーダさんの席は向井君の隣が良いと思います。言葉も通じるみたいだし、私が後ろに行きますから」
「そうだね、その方がコーダさんも安心だよね。一個ずつ席をずれれば良いじゃん」
「皆がそう言うのならそうしてもらえると先生も嬉しいな」
一言で言えばハメられヤラレタって感じだ。
小野先生は皆に彼女は海外暮らしが長いと言っていた。そこで聞きなれない言葉をしゃべり、僕が即答してしまった。
典型的な日本人の反応なのだろう、苦手意識と言うか見た目で判断してしまう。
もし、彼女が日本語で聞いてきたのなら違う結果になっていた事が容易に想像つく。
クラスの雰囲気は僕が転校してきた時とは明らかに違う。それは彼女が醸し出しているオーラーと近寄りがたい容姿がその要因だと思う。
興味が無い訳じゃないけれど声を掛けづらい。
僕の横の席で不動の状態で背筋を伸ばし前を向いている。
切れ長の大きな瞳は不思議な色を放っている、日焼けなどした事がないのか肌は白くとても綺麗だ。
長めの前髪がその整った顔立ちを隠し一層表情が読みづらい。
でも何で指定の制服じゃないのだろう。
理由は僕と同じか……
それともう一つ授業中も教科書やノートすら机の上に出さないで黒板を凝視している。
そんな彼女の情報があっという間に流れてくる。
何処が情報源なのだろうと不思議に思う。編入テストを満点でクリアーしてAクラスじゃなくBクラスを希望したって……
まさかね、嫌な予感がするけれどスルーする。
昼休みになると彼女は立ち上がりフラッと教室を出て行った。
お弁当をカバンから取り出すと後藤君が声を掛けてきた。
「なんちゅう、緊張感なんだ。向井は知り合いか?」
「えっ? 誰と」
「あのな、誰とって。転校生の彼女だよ」
「うん~知り合いと言われると微妙かな。尾乃町に来る日に東京で一度だけ見かけたというか不良に絡まれているのを助けようとした事があったかな」
「そんな向井を追いかけて来たと」
「その言い方には語弊があるし不自然でしょ。それに彼女は凄く強かったよ、絡んできた男の金的をあのブーツで蹴り上げていたからね」
「うっ、聞いただけで縮み上がるな」
「でしょ」
今日子さん手製のお弁当を堪能して窓の外を見ていると教室のドアの方から僕を呼ぶ聞きなれない声がした。
「転校生の向井っているか?」
「僕が向井だけど」
「屋上に呼んで来いって伝言を受けた」
「誰に?」
「金髪の……」
「ありがとう。転校生だよね」