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都内の木々が青々としている。

色んな花が咲いていて彩りを添えていて何がゴールデンなのか判らないが大型連休も後半になっていた。

連休の合間の午前中にプロダクションの事務所に顔を出して最後の手続きを済ませる。

これで破天荒な両親から解放される。そう思っただけで足取りが軽い。

僕の名前は向井未来。春から都内の高校に通う15歳で一人暮らし。

理由は両親が自由奔放過ぎてあまりにも破天荒だから。

平和を愛し平々凡々と暮らしたい僕の両親は日本人なのに全てにおいて企画はずれで、僕も高校に入るまで両親に連れられて海外を転々としていた。

海外と一言で言ってもロンドンやニューヨークなんて聞いただけで憧れてしまう場所ではなく、南米やチベット・東南アジアの奥地など秘境とも言うべき所がほとんどで野宿やキャンプ暮らしなんて当たり前だった。

そして行く先々で色々な事をやらされ護身術と称して格闘技を半ば無理矢理にやらされたのを体の隅々が憶えている。

そして高校生になるので日本で平和に暮らせると思っていれば勝手にオーディションに応募して、モデルに仕立て上げられて平和な暮らしなんて瞬殺されてしまった。

そして今、その契約を終わらせてきたところだ。

「身長175センチ・体重61キロ・琥珀色のか……」

純血の日本人のはずなのに僕は色素が薄い、髪の毛も瞳の色もどちらかと言うと茶色系で琥珀色のなんて形容されて年齢を伏せたままモデルとして嫌々活動していた。

活動と言ってもファッションショーに出ているモデルではなくコマーシャルと呼ばれるテレビCMやブランド広告の方で、テレビには出ずに広告のモデルをメインにしていた。

今も目の前のビルの屋上には大きな自分の写真が街を見渡している。

ミシェルなんて日本人離れした芸名だったので誰も日本人だなんて思わないだろう。

名前の理由はもちろん僕の名前の未来から。

最初はミクやミックにしようなんて話も出たけれど巷で話題のボーカロイドと被ると言うことでミックの愛称で呼ばれるミシェルになった。

まぁ、今ではどうでも良い事だけどね。

黒ぶちのメガネをかけている高校生が誰もミシェルだったなんて思わないらしく、街中を普通に歩いていても騒がれた事なんて一度も無く僕にとっては幸いな事だった。

それ以上に日本人は人気者に憧れるらしく黒髪を茶髪にしてカラーコンタクトまでしてミシェル風にしている若い男連中が多い。

それが例えチビでデブでハゲでも、ハゲは失礼か。

似合う似合わない関係なくオリジナリティーを失墜させている。

そして人気者と同じ格好をして同じ物を使っていればもてると思っている所が短絡的というか同じ男として悲しい。


今日からは僕は伯母の家に居候する事になっている。

伯母は山陽地方の坂の町と呼ばれている街の対岸の島で一人暮らしをしていて、東京から電車で4時間半くらいだろうか。

まだ日が高いうちに伯母の家に着く予定でいて事務所を後にして駅に向かう。

カオスの大都会・東京は色々な人が行きかい仕事をし、また暮らしている。

善人も悪人も一般人も逸般人も。

格好も様々、スーツに作業服・ストリート系にコスプレ…… コスプレ?

金髪を一つに纏め三つ編みにして黒のワンピースが裾から僅かに見える白いパニエで膨らんでいる。

そして黒い厚底のレースアップブーツを履いて黒い手袋を嵌めていた。

ゴスロリと表現したほうが良いかもしれない。

ご丁寧に首には白いレースのチョーカーに黒い細めのリボンが付いているようだ。

身長は160ちょっとか、そんな女の子がチャラチャラしたストリート系の男数人に声を掛けられながら裏路地の方に歩いていく。

連休も終わりだと言うのに彼等には他にやる事は無いのだろうか……

混沌とした東京とは今日でお別れ、その置き土産に。

そんな意味を込めて僕は女の子と男達が歩いて行った裏路地に向かい走り出した。


路地裏から下種な男達の声が聞こえてくる。

そんな男達とは違い彼女は独特のオーラーを発していた。

凛とした表情でその瞳はアメシストの様な不思議な色をしていて吸い込まれそうだった。

「へぇ、不思議な色の瞳だな、カラコン?」

「まだぁ明るいけどぉ、俺っちと楽しいことしょうよ」

1人の男が手を出した瞬間に彼女は表情一つ変えずに男の金的に蹴りを繰り出していた。

厚底ブーツで蹴り上げられた男は白目を向いて股間を押さえている。

思わず顔を逸らしたくなってきた、男で無ければ判らない痛みで。

そして躊躇わず股間を両手で押さえる男の側頭部にハイキックを叩き込んだ。

すると男の体が僕めがけて飛んでくる。

難なくよけて彼女の方を見て戦闘態勢にはいる。

女の子に大勢で襲い掛かるなんて平和を愛する僕でさえ許せない。でも手出し無用のようだ。

黒いスカートと白いパニエが舞うと男達が動く間もなく体を硬直させていた。

男が崩れ落ちる向うでは…… 息一つ上げずに数人の男達を撃沈した彼女の視線が僕に向かっている。

その瞳は何かを射抜くような冷たい視線で思わず後ずさりしてしまった。

「見つけた」

「えっ?」

金髪で不思議な色の瞳を持つ彼女の口から綺麗な日本語が発せられた瞬間に、僕は彼女に腕を引っ張られて大通りに連れて来られていた。

そして彼女が何かを探し指差している。

それはビルの屋上にある看板広告でそこにはミシェルの笑顔が……

「貴様、ミシェルだな」

「えっ? 何で?」

「もう一度だけ聞く。明確に直ちに答えろ。ミシェルだな」

彼女の声で大通りの歩道を行きかう人の視線を集め中には立ち止まる人が現れ始めた。

このままじゃヤバイ、直感がそう伝える。

どうして彼女に僕がミシェルだった判ったのだろう今まで一度もばれた事が無いのに、そんな事はどうでもいい事で直ちにこの場を離脱するのが最優先事項だった。

「ゴメン。僕、急いでいるんで」

「待て!」

地の利を生かして猛ダッシュで彼女を振り切り駅に向かう。置き土産のつもりがとんでもない事に巻き込まれるところだった。


ギリギリで何とか乗る予定だった新幹線のぞみに飛び乗り、シートに身を沈めて車窓の風景をただ眺めている。

4時間弱で山陽本線に乗り換えて揺られること数分もすると左手に日は傾いているが太陽の光を浴びて煌めいている瀬戸内海が見えてきた。

しばらくすると海岸線まで山が迫った尾乃町が見えてきた。

ここは僕の両親が生まれ育った町で僕も幼い頃はこの町で遊んでいたらしいけど、その頃の記憶があまり無い。

駅の改札を抜けると伯母さんが待っている筈なのだけれど見渡してもそんな人影はなく。

若い女の人が1人って…… 軽くウエーブのかかった色素の薄い茶色い髪が潮風に揺れ、小柄な体には白いワンピースに藤色のカーディガンを羽織っている。

そして僕に声を掛けてきた。

「未来くん、遅いぞ」

「えっ、もしかして伯母さんですか?」

「一応、伯母の泊 今日子です。宜しくね」

遅いと言われても電車は定刻どおりだし日本の鉄道がそんなに遅れるわけは無く、到着する時間も前もって知らせてあったはずだ。

それにしても未だに目の前にいる女性が伯母さんだなんて信じられなかった。

どう見ても20代後半くらいだろう。

僕の母親も若い頃に僕を産んでいるので未だ30代前半の年齢なのだがとても若く見られることが多い、その母の姉なのだからか血筋と言う奴かもしれない。

歳を聞くわけにもいかずにとりあえず頭を下げた。

「今日からお世話になります。よろしくお願いします」

「そんな堅苦しい事は抜きにして、渡しが出るから行きましょう」

「は、はい」

駅前は町とは言ってもかなり栄えているこれなら退屈はしないだろう。

この町は古寺の町や坂の町として有名で古くは港町として栄えてきた。裏通りには東京には無いディープな場所が潜んでいるかもしれない。


大きなホテルの脇にある船着場から小さな船が出ているようだ。

小さな船と言っても河でなく海を渡るのだからフェリーというべきかも知れない。

海の向こうには造船所だろうか背の高いクレーンが良く見えた。

「あのね、未来君」

「何ですか? えっと伯母……今日子さんで良いですか?」

「そやね、その方が嬉しいわ。あの山の上にあるのが未来君の通う高校よ」

伯母である今日子さんも僕から伯母さんと呼ばれるのに抵抗があったらしい。

まぁ、僕が生まれた時点で今日子さんは僕の伯母と決定されてしまい揺るぎの無い事実なのだが仕方が無いのかもしれない。

確かに山の上に学校の校舎らしき建物が見える。自転車で通うのには少しきついかもしれないな。

そんな事を考えていると船は5分ほどで水路の様な所を遡った場所にある船着場に到着した。

船着場に止めてあったライムグリーンの軽自動車で今日子さんの家に向かう。

「可愛いでしょ」

「えっ? 今日子さんが?」

「嫌やわ、お世辞? 車よ」

「あはは、すいません」

「ココアっていう車なの」

「ええ、可愛らしいですね。愛嬌があって」

船着場からすぐに今日子さんの家に着いた。


2階建てで、でかいの一言だった。思わず見蕩れてしまう。

落ち着いたダークブラウンの木造住宅で海辺に立つコテージと言えば良いのか。

玄関を入り正面に広いリビングがあって大きな窓の向こうには瀬戸内海とその向うの尾乃町の街明かりが綺麗に見え。

リビングの横にはアイランド型のダイニングキッチンがあり、使い勝手がよさそうで綺麗に片付けられて今日子さんが料理好きなのがキッチンを見ただけで判る。

そのキッチンで今日子さんが紅茶を入れてくれてリビングのローソファーに体を沈めてお茶をいただく。

「疲れたでしょ」

「まぁ、でも両親に連れられて海外を転々としていた事を考えると疲れた内に入らないですよ。治安も良いし何より全てが時間に正確だし」

「そうやね。東京に比べたらここは田舎だしね」

「でも尾乃町は田舎って言っても大きい町だし退屈はしないと思いますよ」

「流石、姉さんの息子だね。適応能力が高いと言うか」

「まぁ、カエルの子はカエルですよ」

「鳶が鷹を生むとも言うしね」

「それは無いなぁ。僕はあそこまで破天荒で自由奔放な人達を世界中見てきたけど未だに出会った事が無いですから。僕はあくまで平々凡々な人生が良いんです。だから親元を離れ、大都会を離れてここに来られた事に感謝しているんです」

「そうなん。住めば都とも言うしね。晩御飯まで時間があるから荷物をやっつけちゃおうか?」

「ああ、自分でしますよ。部屋は上ですか?」

「そう、それじゃ任せちゃおうかな。お姉さんは晩御飯に腕を振るうとしますか」

自分でお姉さんって言うか。そんな今日子さんを放置して玄関脇にある階段で2階に上がる。


大きな家だけど部屋数が多い訳ではなく一つ一つの部屋がとてもゆとりを持って作られていて、丁度、リビングの真上にある二部屋のうちの片方が僕の部屋になるようだ。

右手のドアを開けるとフローリングの床が広がっていて、少し大きめのベッドと机や本棚があり送った荷物が運び込まれている。

部屋の内装も落ち着いた色合いで気に入った。

ベランダに出ると少し冷たい潮風が頬を撫で瀬戸内海を船が行き交っているのが一望できる。

「気持ち良いな。とりあえず片付けよう」

部屋に戻り大まかに荷物を整理しながら収納していく。

衣類はクローゼットに入れて、持ってきた本やコンポは棚に。

荷物自体が少なく、全部の荷物を解くのに時間はそうかからなかった。

何とか自分の部屋らしくなってきた時に今日子さんが呼ぶ声がした。

「ご飯できたよ!」

「はーい。今、降ります」


ダイニングテーブルの上は料理の花畑になっていた。

ネブト(テンジクダイ)のから揚げにガラエビ(サルエビ)の天ぷら、アスパラガスやトマトをふんだんに使ったサラダに鯛めしまで。

それ以外にもから揚げやお刺身が所狭しと並んでいる。

「あの、多くないですか?」

「うふふ、頑張り過ぎちゃったかな。後でお隣の天野さんにでもお裾分けしてくるわ」

「天野さんですか?」

「あれ? 未来君は覚えてないかなぁ。幼馴染の明日香ちゃんの事を」

「実は小さい頃の記憶が曖昧で良く憶えていないんです。父と母から聞かされていた事をなんとなくって感じで」

「そうなんだ、明日香ちゃんは残念がるぞ」

「妙に期待されても」

「そうだよね。とりあえず冷めないうちにね」

「はい、頂きます。ん! 美味い」

「本当?」

「はい」

冗談抜きに美味しかった。

今まで東京ではコンビニで済ませていたし、海外では秘境なんて呼ばれている土地ばかりにいた所為かもしれないけれど今日子さんの腕前は思っていた以上のものだった。

でも、どうして今日子さんみたいな可愛らしくて料理も上手な人が独りなのだろう。

聞いてみたいけれど、そんな事を聞ける訳が無い事ぐらいの常識は持ち合わせている。

僕の両親なら聞かれなくても喋りだすと思うけど。

まぁ、そのうちね。幼馴染の事もあるし少しずつ思い出して知っていけば良いかな。

町の事やその他諸々の事を、今日だけでも色々あったんだ。東京ほどじゃないにしろ生きれば色々ある事は15年間生きてきて身をもって知っている。

明日はとりあえず買い物だ。

両親に散々海外の僻地を連れまわされていたおかげで最小限の荷物しか持ち合わせていない。

東京で多少の物は買い揃えたけれどそれもコンポや携帯くらいなもので自転車などを探さなくてはいけない。

それに学校は連休明けの月曜日からだから日曜日は丸一日、尾乃町を散策しよう。

そんな事を考えながら風呂に入り大きめのベッドに体を潜らせた。



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