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こうせん!  作者: なつる
第8話  プラスになれないi^2[愛の事情] (1月)
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 数日後。

 北都を失意のどん底に叩き落したこの事件は、静かに収束した。

 ウワサの撤回と、本当のことをちゃんと説明して篠山と楓花に言い含めるよう、ブチギレた北都が五嶋に命令したのだ。


「いやあ、拒否したら鯨井に刺されそうだったから」

 教官室で五嶋は笑いながら諏訪に説明するが、こっちは笑い事ではなかったのだ。本当に刺すぐらいの気迫で迫ったことは確かである。

「刺されそうって……」

「完全に瞳孔開いちゃってたからねぇ。刃物置いてなくてよかったわ」

「あたしがどれだけ迷惑したか……このくらいですんでよかったと思ってください」


 あの後、北都は熱を出して寮で寝こんでいたので、その場には立ち会わなかったが、この部屋に呼び出され五嶋から説明を受けた篠山と楓花は、翌日には態度を一八〇度変えていた。

 翌朝、神妙な顔つきの楓花が綾乃に付き添われてやってきて、北都に謝ったのだ。『迷惑をかけてすみませんでした』と。

 まるで憑き物が落ちたかのような楓花の様子に、北都のほうが拍子抜けしてしまった。五嶋に何をどう説明されたのかは聞かなかったが、北都があれだけ言っても納得してくれなかったことを簡単にわかってくれたのだから、やはり五嶋の力は恐ろしい。


 そして篠山は──休み時間に図書館へと向かう廊下でばったり出会ったが、彼は北都の姿を見るなり真っ青な顔で逃げ出した。

 一応、篠山の今後のこともあるので、彼が同性愛者であることは他言しないつもりだったし、こちらが正真正銘の女であり、篠山の期待には応えられないことをわかってもらえればそれでいいと思っていたのだが……五嶋の説得にはそれ以上の効果があったようだ。こちらも五嶋に何か吹き込まれたにちがいない。


「それにしたって、五嶋先生を動かせる人間なんてそうそういないよ。鯨井さん、只者じゃないな……」

 他人事のように話す諏訪に、北都は頭に血を上らせた。

「今回のことは、諏訪先生にも責任はあるんですよ!」

「どんな責任?」

 すかさず五嶋に聞かれ、思わず口篭ってしまう。

「そ、それは……」

「イスから落っこちそうになった君を、僕が抱っこしたこと?」

 この男は……人が言いたくなかったことをズケズケと言いやがって。

「ふーん、そんなことしてたんだ」

 案の定、五嶋はニヤニヤとして笑みを浮かべてこちらを見てきた。だからいいたくなかったのに……

 その視線をはぐらかすように、北都は諏訪に怒鳴った。


「あ、あれが余計な誤解を招いたんですよ!」

「じゃあ落っこちるのをそのまま見てるほうがよかった?」

「いや、その……でも、だ、抱っこしなくてもいいじゃないですか!」

「君くらい身長が高いと、後ろから支えようとしても逆にバランスが悪くなって危ないんだよ。緊急避難的に後ろから抱えただけであって、それがイヤだっていうんならお姫さま抱っこになってたけど、そっちのほうがよかった?」


 実に筋の通る力学的な解説。もちろん、そっちのほうがよくないに決まっている。

 この人、あたしの事をデカイ荷物ぐらいにしか思ってないくせに、からかって遊んでやがる……このドSめ。

 何も言い返せず、歯軋りする北都を、諏訪は勝ち誇ったような微笑で叩きのめす。白衣を着て腕組みするその姿がまた、敗北感をより一層増してくれる。

「こりゃ、諏訪の勝ちだな」

 五嶋に言われるまでもなく、北都の負けは明白だった。

「お前もまだまだだね」

「……精進します」

 肩を落とし、とぼとぼとソファに座る北都。


「しかし、勘違いに勘違いが重なったとはいえ、二人の人間を惑わすとは、お前も案外【魔性の者】だね」

「そんなのヤダ……自分もみんなもキライだ」

 肘掛にうなだれる北都に、諏訪がコーヒーを差し出してくれた。

「鯨井さんは、自分の魅力についての自己評価が低すぎるんだよ。もうちょっと自分に自信持ってもいいと思うんだけど」

「ええ、自他共に認めるイケメンですよーだ」

 ふてくされて、完全にやさぐれモード。

「モデルも真っ青の美女が何をおっしゃる」

 それを言うな──と目を剥いて五嶋を見るが、それごときで怯むような相手ではない。

「外見だけの話じゃないよ。男性も女性も、性別の枠を飛び越えて惹きつけるだけの人間的魅力があるってこと。だからこそ、級長としてクラスのみんなも認めてるんじゃないかな」


 クソフェミニストのたわ言──と一蹴するのはカンタンだ。

 けれど、不思議とこの言葉を強く否定する気にはなれなかった。病み上がりで、本調子ではないからかもしれない。

「そんなもんすかねー」

「そうだと思うよ。去年の春に比べたら、クラスの雰囲気もだいぶよくなったよ」

 やさぐれて斜に構えた北都に対し、諏訪はまっすぐに微笑んだ。

「諏訪くんも、言うようになったねぇ。どっちが担任かわからなくなってきたよ」

 そう言って五嶋が茶化すが、諏訪は悠々と返した。

「先生がちゃんと言葉にしないことを、僕が代弁してるだけですよ」


 え、そうなの?

 驚いて五嶋を見ると、彼はやっぱり横を向いて、雑誌に目を落としていた。

「モテるイケメンが言うと、説得力が段違いなの」

 その唇の端に浮かぶ笑みは、皮肉ではなく、照れのように見えた。案外、この人の常にひねたような態度は、照れ隠しの一種なのかもしれない。

 諏訪を見ると、困ったように肩をすくめていた。

 自分にそんな魅力があるとはいまだ思えないが、たまには素直に受け取っておくか。

 北都はカップを手に取り、コーヒーに口をつけた。冷えた手と喉に染み入る温かさが、疲れて頑なになっていた身体を少しだけほぐしてくれる。


「まったく……二度と、変なウワサ流して遊ばないでくださいよ。次は本当に刃物持って行きますからね」

 五嶋も悪い人間ではないのだろうが、悪ふざけが過ぎる。オモチャにされたほうはたまったものではない。

「学校で刃傷沙汰はイヤですよ。五嶋先生も自重してください」

 諏訪も同じ翻弄される側の人間として同調してくれたが、それでも五嶋は暢気だ。

「はいはーい」

 おどけて子どもの様な返事をする五嶋に、北都は牙を剥いた。

「返事は一回!」

「おーこわ……」

 




 次の日曜日。この日は北都の十八歳の誕生日だ。

 希がホールケーキを買ってきてくれたので、みんなでパーティーをしようと、北都と多佳子、希は学校前のコンビニに買出しに出ていた。

 校門を出て道を渡り、コンビニの駐車場入り口に差し掛かると、希が声を上げた。


「あ、諏訪先生!」

 見ると、私服姿の諏訪がコンビニから出てきた。

「やあ、こんにちは」

 にこやかに挨拶する諏訪。休日でもわりとカッチリとした服装で、イケメンぶりに隙のない男だ。

 諏訪の提げている袋を見て、北都は目くじらを立てた。

「またコンビニ弁当食ってんじゃないでしょうね」

「ち、ちがうよ。今はミネラルウォーター買いに来ただけ。ちゃんと家で自炊してるから」


 論文が佳境に差し掛かると、学校のサーバーを使って重いプログラムを走らせ、深夜まで教官室に閉じこもっているらしい。そんな生活ではコンビニ弁当も致し方ないとは思うが、人が注意してるのに目の前でしれっと食べているのを見ると、どうしてもイラッとするのだ。

 向かい合うカタチとなった北都と諏訪を見て、多佳子がふとつぶやいた。


「北都と諏訪先生って……」

「な、何?」

 何をいわれるのかと、戦々恐々となる。

「並ぶとイケメンツインタワーだよね」

 イケメンツインタワー……

「見てて壮観よねぇ」

 希もうなずく。

 確かに客観的に見れば、身長一八〇センチ超えのイケメンが二人並んでいる図だ。

「そ、そうですか……」

 どこかホッとした気持ちで、北都は息をついた。


「三人そろってお買い物?」

「これから北都のお誕生会するんです」

 諏訪の問いに、希が答えた。

「そういえばそうだったね。十八歳の誕生日、おめでとう」

「あ、ありがとうございます」

 面と向かって祝われると妙に恥ずかしい。

「プレゼントは何がいいかな……」

 悩み出した諏訪に、希が抗議の声を上げた。

「あー、北都ばっかりズルイ! あたしも諏訪先生からのプレゼントほしい」

「いらないっすよ」

 どうせロクなものをくれるはずがない。それなりのものをもらったとしても困るだけだ。


「じゃあ、僕の論文が載った学会誌をあげるよ。こっちにきてから初めて載ったんだ」

「いらねー!」


 やっぱり……どこの世界に、誕生日プレゼントに学会誌もらって喜ぶ人間がいるというのか。

 呆れて先を行こうとすると、諏訪が声をかけてきた。

「あ、そこ、滑りやすくなってるよ。気をつけて」

 そうは言われても、駐車場の路面は雪もなくアスファルトが見えている。

 いちいち大げさなんだよ……心の中で悪態をついて、大股で一歩踏み出した瞬間。


「うわっ」

「おっと」


 宙を回りながら、北都は激しく後悔していた。

 あたし──どうしてこんなにも学習能力がないんだろう。

 この男の前で意地を張ってもロクなことにならないと、ついこの間も学習したばかりなのに。

 ブラックアイスバーンになっていた路面で滑って、後ろに倒れた自分の背中を諏訪の右手が支えている。

 鼻先に迫る、憎たらしい諏訪の微笑み。やっぱりロクなことにならなかった……


「……ほらやっぱり。北都は【受】のほうがいいわよ」

 その様子を横から眺めていた希が、真顔で言った。

「確かに……」

 多佳子も同調する。そして誰もこの状況を変えてくれようとはしない。

「この場合……僕が【攻】ってことかな?」

 諏訪までこの調子だ。

 っていうか、あんたもこのネタわかるんか……

「【教師攻】と【強気受】で、いい感じのBL絵じゃない?」

 腕を組み、まるでドラマのワンシーンを演出している監督のように、この状況を冷静な目で眺める希。

 たまらず、北都は叫んだ。


「……よくねえええええええええええええ!」


 諏訪に抱きかかえられたままでは、怒りの声もただ空しく響くだけだった。


第8話終了です。

コメディは難しいですね……今回も苦しみまくりました。


次回は第9話。作者待望?の五嶋先生回ですw

北陵高専の謎多き男・五嶋准教授。

陰の支配者とも言われるこの男がひた隠しにする、触れられたくない過去とは?

バレンタインデーでチョコが飛び交う中、怪しい影が五嶋と北都に忍び寄る!


次回更新は年明け1月になります。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


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