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こうせん!  作者: なつる
Intermission  Sweet & Bitter Christmas(12月)
55/71

 十二月二十四日、クリスマスイブ当日。

 雪国らしい、どんよりとした灰色の雲に覆われて、朝から綿雪がぼたぼたと降り出していた。冷え込みはきつくはないが、この分だと夜にはかなり積もっていることだろう。

 北都はバッグに荷物を詰め込み、泊めてくれた有希とその両親に丁重に礼を言って、高梨家を辞した。夕食と今朝の朝食までいただいてしまったお礼は、昨夜のうちにバイト先で買ってきた焼き菓子セットを渡してある。

 昨夜は有希と二人、周防と火狩の話で盛り上がってしまった。有希は、あの二人と同じ中学の出身だったのだ。

 クリスマス三連休も二日目、バイトも二日目。今日は夜七時までのお仕事である。

 バイト先のお店は、駅前の目抜き通りにあるチェーン系の洋菓子店だ。

 昨日と同じく、赤い衣装に身を包み、赤い帽子をかぶって即席サンタクロースに変身。さすがにこのまま外に立つのは寒いので、この上から厚手のベンチコートを羽織る。手には指なしの手袋だ。

 店の外にテーブルを出し、箱に入ったクリスマスケーキを並べて、今日の販売開始だ。


「いらっしゃいませー。クリスマスケーキ、いかがですかー」


 予約客用のレジは別にあるので、北都の担当はそれ以外の飛込みで買ってくれるお客がターゲットだ。

 家族向けの大きなホールケーキが三種類、二人用の小さいホールケーキが二種類。そして一人用に個包装されたミニケーキもある。

 さすがにクリスマスイブだけあって、昨日以上に人通りが多い。足を止めて見てくれる人も多かった。

 昼前の売れ行きはそれほどでもなかったが、昼休憩を挟んだあとの午後からぼちぼちと売れ始めた。買い物に来たついでに買って帰るという客が増えてきたのだ。

 一年で一番陽が短いこの時期、しかもこの天候。二時を過ぎればもう辺りは薄暗くなってきた。

「あれ、鯨井じゃね?」

 名前を呼ばれて顔をあげると、見知った顔があった。

「土屋かよ……お前も相変わらずだなぁ」

 三Eのチャラ男・土屋は、今日もギャルを数人引き連れていた。聞けばこれからカラオケに行って、クリスマスパーティーをするらしい。

「クリスマスにバイトできるほど、ヒマじゃないんでね」

「へーへー、そうですか。じゃあケーキ買って行けよ」

「しょーがねーな。買ってやるか」

「まいどありー」

 押し付けるようにして、大きなホールケーキを買わせる。

「お前、工業英語の課題出てただろ。ちゃんとやっとけよ」

「わかってるって」

「休み明けに忘れてきたらブン殴るからな」

 脅し文句をプレゼントすると、土屋は逃げるようにしてそそくさと立ち去って行った。



 夕方にかけて、客は入れ替わり立ち代わりやってくる。売れ行きは上々だ。次々と客をさばいていく北都のもとに、また一人客がやってくる。男性客だ。

「ショートケーキ、六号サイズを一つ」

 何だかどこかで聞いたことのある声。

「ありがとうございます。三千五百円になります…………って、火狩!」

 顔をあげると、ダウンジャケットを着た火狩が、いつもの仏頂面で立っていた。

「なんだよ、オレがケーキ買ってたら悪いのか」

「いや、悪くないけど……でも二人用にしては大きくない……あ」

 マズイ。あの彼女とのことは、自分は何も知らないことになっているはず……

 だが火狩は不機嫌そうに鼻を鳴らしながらも、正直に答えてくれた。

「あいつとはとっくの昔に別れたよ。これは家族で食べる用」

「あ、そう……それは失礼しました」

 ご愁傷様、と言うわけにも行かず、北都はだまってケーキを手渡し、代金を受け取った。黒川がこのことを知ったら小躍りして喜びそうだ。

「さっき土屋に会って、お前がここでバイトしてるって聞いたんだ。とっくに実家帰ってるものだと思ってたのに」

「先輩にバイト頼まれちゃってさ。これが終わったら、電車で帰るよ」

「お前もわびしいクリスマスだな」

 火狩がバカにしたように笑う。

「うるせー。お互い様だ」

 嘲笑を返すと、火狩は目をそらし、背中を向けた。

「年賀状出したからな。また来年」

 そっけなく言って、火狩もまたあっという間に立ち去った。

 相変わらずの冷淡さだが、家族で食べるケーキを買いに来たあたりが何とも微笑ましい。今夜は家族水入らずで過ごすのだろう。

 北都はバイトが終わり次第、駅から特急に乗るが、家に着くのは十時を過ぎる。ディナーは特急の中で弁当、ケーキを食べるのは明日になりそうだ。

 もはやプレゼントをもらうような年齢でもなく、家でちょっと美味しいものを食べるだけのクリスマス。火狩の言うとおり、わびしいものだ。



 通りを行く人の流れは、時間とともにどんどん増えていく。心なしか、カップルが多いような気もする。聖なる夜を二人で過ごそうというのか、身を寄せ合って楽しそうに話すカップルを見ていると、もはやうらやましいを通り越して、二人用のケーキ買ってくれないかなという気持ちのほうが強くなってきた。

 しかし寒い。冬の早い陽が暮れ、あたりもすっかり暗くなって、寒さがより一層増した気がする。近くにヒーターも置いてあるが、足元から忍び込んでくる氷点下の寒さを完全に防ぐことはできない。足踏みしたり、軽く身体を動かして、身体の中からあっためようとがんばってみるが……

「さむー……」

 ついつい声に出してしまう。息を指先に吹きかけるが、まったく暖まらない。白い湯気が立ち上って、ただ雪に混じるばかりだ。


「──鯨井さん」

 ふと、呼びかけられて振り向くと。

「諏訪先生!」


 ウールのコート姿にマフラーを巻いた諏訪が立っていた。手には紙袋を抱えている。

「そこの本屋まで来てね。せっかくだから、今日食べるケーキでも買っていこうと思って」

 確かに、すぐ近くには市内で一番大きな本屋がある。専門的な学術書や雑誌はそこでしか買えないのだ。休日まで学術書を探しにくるとは、その研究熱心さだけは認めてやりたい。

「クリスマスくらい、仕事から離れられないんですか」

「休日くらい、じっくり本を選びたいよ。平日は五嶋先生にジャマされるからね……」

「……なるほど」

「幸い、休日は腐るほど時間があるしね」

 諏訪は笑った。この男のことだから、買い物にでも出なければ休日は官舎の自室で一人、日がな一日パソコンに向かっていそうだ。独身の侘しさを思い、こちらまで何とも言えない気分になってしまう。

 そんな北都の内心など気づかないかのように、諏訪は並べられたケーキを眺めていた。

「じゃあ、そこのミニブッシュ・ド・ノエル、もらおうかな」

「ああ、はい。五百円になります」

 諏訪は片手でポケットを探っている。

 北都は小さな箱を手に取り、諏訪に先に手渡した。そのまま代金を受け取ると、五百円玉とはちがう、妙に暖かい物体が手に触れた。

「ん?」

 見ると、手の上には五百円玉と、使い捨てカイロ。

 驚いて顔をあげると、諏訪はいつものように微笑んでいた。

「それ、あげるよ。もうしばらくは使えると思うから」

 諏訪のポケットに入っていたのだろう。カイロは冷たい指先を暖めるのに十分な熱を持っていた。

「えっ、いや、あの……」

「僕はもういらないから。じゃ、メリークリスマス」

 そう言って、諏訪はくるりと身を翻して雑踏の中へ消えてしまった。

 呼び止めるヒマもなく、次の客が来てしまう。北都は仕方なくカイロをポケットに入れ、接客に気持ちを切り替えた。




 客の波が一段落して、ポケットの中に手を突っ込んだ。カイロは依然暖かく、冷え切った手では熱いくらいに感じる。ゴミを押し付けられただけかもしれないが、身体の芯まで冷えそうな寒さの中で、このぬくもりは純粋にありがたかった。


 握り締め、最後に見た諏訪の背中を思い出す。

 一人分の小さなケーキが入った白い箱をぶら下げて、煌びやかな街にフッと消えていく大きな背中。


 人にやさしくする余裕があるなら、自分の幸せについて考えればいいのに──


 イブの夜だというのに、妙に切ない気分にさせられる。何だか悔しくなって、ポケットの中でカイロを強く握りつぶした。

 深々と降る雪の冷たさとは裏腹に、指先が熱くなっていく。そこから伝わる熱は、いつの間にか頬をも暖めていた。


Intermission終了です。


次は第8話。北都に熱愛疑惑!? 

しかもその相手がまさかまさかの……あの人!

「……うん、惚れた」

「えっ…………ええっ!?」

でもやっぱり一筋縄ではいかないのが世の常。

頭が沸騰しそうな災厄に巻き込まれて、北都は1月も叫びます!

「だからちがうって言ってんだろおおおおおお!」


次回12月2日更新予定です。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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