表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こうせん!  作者: なつる
第7話  秋の終わり、君を想う(11月)
49/71

「多佳ちゃん!」


 多佳子は美しい顔を般若の形相に変え、肩で息をしていた。

「……あんたたち、北都に何すんのよ。男のクセに北都よりブサイクな顔して、イキがってんじゃないわよ。北都のキレイな顔にちょっとでもキズつけたら、タダじゃすまないからね」

「こんの……クソアマ!」

 痛みに顔をしかめながら、男が多佳子に迫る。

 多佳子はその横をスルリと抜け、ダッシュしながら北都の手をつかんだ。


「逃げるわよ!」


 手を引かれるままに、北都も一緒になって走り出した。

「待てよ!」

 不意を突かれた男が一瞬遅れて追いかけてくる。その後ろから、車に向かったはずの男も追ってきた。


 息を切らしながら、夜の京都を駆け抜ける。いくつかの角を曲がり、自分自身の位置すらわからなくなったが、追っ手を振り切ろうと多佳子と必死で走り続けた。

 だがその距離もじわじわと詰められる。こちらの体力も限界に近い。どこかに隠れてやり過ごすべきか……

 ふと、行く手の先に、こちらを向いて立っている人物が見えた。


「……周防!?」


 あの三Mの級長・周防が、道路の中央で仁王立ちになっていた。

 よく見ると、人影は周防だけではない。他にも男が二人。

「火狩? 土屋も……」

 三Eの二人も周防に並び、道路をふさぐように立ち塞がっていた。

「鯨井、こっちだ!」

 火狩の声に引っ張られ、北都と多佳子は彼らの後ろに隠れた。


「……何なんだよ、お前ら」

 追いかけてきた男二人は、息も絶え絶えに周防に突っかかった。

「こいつらの仲間ってとこかな」

「息切らして鯨井追っかけるなんて、死ぬほど女に困ってるんだねぇ」

 土屋のバカにした物言いに、男二人は激昂した。

「うるせえっ! そこどけよ!」

「こっちは男三人。そっちは二人。こっちに向かってるのを含めたら、まだ増えるけど……どうする? 勝ち目のない戦いに挑むのは、勇敢というより無謀だと思うけど?」

 火狩が冷ややかに情勢を説明してみせる。

「それでもやるっていうんなら、いくらでも相手になってやるよ」

 周防の口調はあくまで穏やかだが、その目つきは歴戦の喧嘩師を思わせる鋭いものだ。今は落ち着いたものだが、中学の頃の血が騒ぐのだろう。

 男二人は、こちら側の三人に圧倒されたように息を呑んだ。だがプライドがあるのか、簡単に退く様子は見せない。

 一触即発か──


「おまわりさん、こっちです!」


 その大声がした方向から、黒川や船橋が走ってくる。

 男二人はハッとして、そして悔しそうに顔をしかめた。

「くそっ……覚えとけよ!」

 テンプレートな捨てゼリフを残して、男二人は退却していった。

「明後日までならな」

 土屋が暢気な声で返した。


 助かった──どういうわけかはわからないが、周防や火狩たちに救われたのは事実だ。

 彼らに礼を言おうと思った矢先、横にいた多佳子がうずくまったまま肩を震わせているのに気づいた。どこか痛いところでもあるのだろうか。

「多佳ちゃん、大丈夫?」

 その背に手を当ててさすってやる。

 多佳子は確かに気が強いほうだが、ポリバケツで男を殴るなんて大それたことをやるとは思わなかった。北都を助けるためとはいえ、相当な勇気が要ったことだろう。今になって恐怖心が身体を震わせているのかもしれない。


「北都のバカっ!」


 突然、多佳子が叫んだ。うつむいていた顔をあげたが、その瞳からポロポロと涙をこぼしている。

「え? な、なんで!?」

 突然怒られて、北都は目を白黒させる。だが多佳子は北都の襟をつかんで、なおも怒鳴りつけてきた。

「あんたもちょっとは言い返しなさいよ! ブスブス言われて悔しくないの!?」

「いやあ、別に……ホントのことだし」

「悔しく思いなさいよ! あんたは人を思いやれる、すっごくいい女なのに……あたしが悔しいわよ!」

 多佳子がそんな風に思ってくれていたなんて──

 人目もはばからず、ボロボロと泣き続ける多佳子に、北都はすっかり返す言葉をなくしていた。

「それと! あんたはもっと自分を大事にしなさい! あんたは『自分なら殴られてもいい』なんて考えてたのかもしれないけどね、あんたは女なんだから……そんなことまちがっても思っちゃダメ!」

「……ごめん」

 それだけ言うのがやっとだった。それでも多佳子は満足したのか、涙を拭って、ようやく笑顔を見せてくれた。


「佐久間さんの言うとおりだな。いくらお前でも、男二人相手にするなんて無謀すぎる」

 後ろから、周防の厳しい言葉が投げかけられる。振り向きざま、北都は疑問をぶつけた。

「しかしなんでお前が……」

「あたしが呼んだの」

 物陰から有希が出てきた。真菜も一緒だ。おそらく多佳子は、この二人の安全を確保したところで、自分を助けに戻ってきてくれたのだろう。

「連絡受けたときに、たまたま火狩たちが近くにいたから、連れてきたんだ」

「どこのバカが暴れてるのかと思ったら、まさかお前だったとはな。どこの世界に率先して騒ぎ起こす級長がいるんだ」

 火狩の嫌味にも、今回はぐうの音も出ない。


 しょんぼりとなった北都に憐憫の情を催したのか、火狩は大きなため息をついた。

「まあでも、級長の不始末は、オレらの不始末にもなるからな。キッチリカタつけないと」

「鯨井ばっかりにいいカッコさせとくのはもったいないねーし」

「オレも佐久間さんにカッコイイとこ見せたかった!」

「お前じゃムリ」

 土屋も黒川も船橋も、なんだかんだ言っても自分のピンチに駆けつけてくれたのだ。

 不甲斐ない自分のために──そう思うと、うれしくもあり申し訳なくもあり、そしてバラバラだったクラスに生まれた連帯感が誇らしくもあった。


「鯨井……ありがとう」

 突然、周防が頭を深々と下げてきたので、北都はあわててしまった。

「い、いや……そんな、礼言われるようなことは何も」

「けど、これからはお前もムリするな。オレも時々お前が女であること忘れてるけどな……今度何かあったときは、全力で逃げろ」

「わかったよ」

「今日はもう旅館に戻ったほうがいい。幸い先生には見つからなかったようだし、これ以上騒ぎが大きくなる前に帰るべきだ」

「有希ちゃん、いいの?」

 周防の意見に、北都は思わず有希を振り返った。

 門限まではまだ時間がある。この二人にとっては、これからが一番楽しめる時間であろうが……

「いいよ。あんなことあった後じゃ、ゆっくり楽しんでもいられないよ」

 有希はわがままも言わず、周防の意見に従うようだ。


「だいたい、あんた泥だらけじゃない。手もすりむいてるでしょ」

「あ、ホントだ」

 多佳子に言われるまで気づかなかった。転んだときに手のひらをすりむいたようで、血がにじんでいる。

「旅館に帰って、手当てしてもらいましょ」

 今になって痛みを感じてきた。お風呂に入ったら沁みそうだ──なんて考えていたら。


「その手じゃ、お風呂に入るの大変そうねぇ……今日はあたしが身体洗ってあげる」

 多佳子のセリフに、北都だけでなく、その場にいた男子全員が目を剥いた。


「だだだ大丈夫だって! 自分でできるから!」

 即座に拒否するが、有希や真菜まで乗っかってきた。

「あたしたちも背中流してあげる」

「髪の毛も洗ってあげようか」

 周防からの剣呑な視線が突き刺さって痛い。

「いやいやいや! 本当に大丈夫だから! やんなくていいから!」

「まあまあ、遠慮しないで」

 多佳子はそう言うが、ささやかな意趣返しのつもりなのだろう。完全に悪巧みの笑顔になっている。手までアヤシイ動きだ。

 北都が全力でお断りしているその横で、黒川は嫉妬のあまり歯噛みしていた。


「ぐぎぎぎぎぎぎ……なんで鯨井ばっかり……!」

「なんという誰得百合展開」

「オレも混ぜてくれええええええ」

「いい加減あきらめろって」


 自分の班に合流すると言って先に行った周防の代わりに、火狩たちのグループが一緒に旅館まで戻ってくれることになった。

「そういや、お前らだろ。『おまわりさん、こっちでーす』ってハッタリかましてくれたの」

 歩きながら、黒川と船橋を振り返った。警察が来なかったところを見ると、機転を利かせたウソだったようだ。

「何それ。オレ、しらねーよ」

 思いがけず黒川のキョトンとした顔が返ってきて、北都は思わず足を止めた。

「え? そうなの?」

 船橋を見るが、彼も目を見開いて首を横に振っている。あの声の主は黒川でも船橋でもないらしい。

「じゃ、誰が……」

 あの声に聞き覚えがある気がしたのは、気のせいだろうか。

 北都はもう一度歩いてきた方向を見やった。

 辺りにいるのは、見覚えのない人物ばかり。

 こういう街だからだろうか、何とも薄気味悪いものを感じて、北都は軽く身震いした。





 一夜明けた翌日。


 昨夜の一件は、結局教師陣にはバレなかったようで、平穏な朝を迎えることができた。

 見学旅行三日目は、一日自由行動の日だ。各々の班で事前に申請したコースを回り、見聞を広める。今日は一日私服で、九時には旅館を出発することになっている。


「鯨井さん、おはよう」

 朝食会場に入ろうとすると、諏訪に声をかけられた。

「おはようございます」

「昨日の夜、ケガしたんだって?」

「手のひらすりむいただけですよ」

 北都は大きな絆創膏が貼られた手のひらを見せた。

 昨夜、何事もなかったかの顔で旅館に戻り、ただ「道で転んだ」ということにして、他科の教師に救急箱から絆創膏を貼ってもらったのだ。

「大したことなくてよかったけど、気をつけてね」

 眉根を寄せて、本気で心配してくれる諏訪の様子に、少しだけ良心が痛む。

「今日はあたしが北都の面倒見ますから、大丈夫です」

 横にいた多佳子が、北都に腕を絡ませて言った。

 多佳子ともすっかり仲直りできて、雨降って地固まるといったところだろうか。

「いつにも増して、愛されてるねぇ」

 諏訪は生温かい笑みを浮かべた。


「昨日の夜、お風呂で鯨井さんらしき女性のあられもない声が聞こえてきたって、機械科の男子が騒いでたんだよね」

「あは、あはははははは……」


 昨夜のお風呂では、まったくヒドイ目にあった。

 手をワキワキさせながら近寄ってくる多佳子の姿は、しばらくトラウマになりそうだ。

『女としての自信がないって言うんなら、あたしが持たせてあげるわよ』

『やっ……ちょっ、そこ……ぎゃ、ぎゃふっ……くすぐったい! 胸はやめてえええええ!』

 少なくとも、多佳子の前でネガティブなことを言うのはやめようと、かたく心に誓ったほどだ。

「今日もケガしないように、女子のグループだから特に周りには気をつけて」

「はい」

 北都は多佳子たちとともに、朝食の待つ席に向かった。




    ◇




「……僕も甘いなあ」

 北都の背中を見送って、諏訪は一人ごちた。

「甘くて結構。大事にならなかったんだから、結果オーライだよ」

 いつの間にか、五嶋が後ろに立っていた。行儀悪く、朝食ビュッフェの中に並んでいたあんパンにかじりついている。

「ま、鯨井も少しは懲りたんじゃない?」

「だといいんですけどね……」


 彼女の、他人のために動くその姿勢はいいところだと思う。だが、それ故に自分を蔑ろにしてしまうのはいただけない。

 問題児だらけの【史上最低のクラス】とまで言われた三E。

 一番の問題児は、実は彼女なんじゃないか──

 ふとそんな考えが頭をよぎり、諏訪は疲れたため息を漏らした。



 

    ◇




 この日も天気に恵まれ、北都たち四人は軽快な足取りで紅葉に彩られた京都の街を巡った。

 バスを乗り継ぎ、地図を片手に迷いながらも目的地を順繰り目指していく。

 金閣寺では火狩たちの班に出くわし、黒川の嘆願を聞き入れて、みんなで一緒に写真を撮ったりもした。

 パワースポットめぐりで金運、恋愛運、学業運に仕事運までアップして、美味しいものをたらふく食べて心ゆくまで買い物を楽しんで……四人でああでもないこうでもないとやりあいながら、それでも笑いあって。

 今日のこの日は、自分の人生でかけがえのない一日にきっとなったことだろう。

 これだけ多佳子たちと一緒に観光やショッピングを楽しんだあたり、やっぱり自分は女なんだなぁと、しみじみ思う。

 夕方旅館に戻ってきた頃には、足も腕も棒になっていた。


 

 今夜は京都最後の夜。昨日は外出でひと悶着あったので、今夜は旅館でゆっくり。ここにきてようやく、旅行の夜の定番【お部屋訪問】が活発化しそうな雰囲気だ。

 入浴後、部屋で布団にもぐってテレビを見ていると、多佳子たち三人が外に出る準備をしていた。

「北都、あたしたち、化学科の男子部屋行ってみるけど、あんたどうする?」

「あたしはいいよ。ドジ踏まないようにね」

 手を振って答えると、三人は心もち静かに部屋を出て行った。

 どうせ三Eの男子連中はロクなことをしていないだろう。ゲームや麻雀ならまだいいほうで、喫煙や飲酒の現場に出くわしたらどうしても怒らざるを得なくなる。

 さすがに連中も学習して、悪いことはやらないだろうと思いたいが……

 消灯まではまだ時間がある。部屋に一人残るのもアレなので、北都は一階のロビーに下りた。


 ジュースを片手にラウンジの奥まった場所のソファに腰掛け、手近にあった雑誌を手に取る。地元の観光雑誌のようだが、写真を見ているだけでも楽しい。

「あれ、鯨井」

 声をかけられて振り返ると、火狩が立っていた。手には小難しそうな本を携えている。

「こんなとこで読書かよ」

「黒川が有料チャンネル見るってうるさいんだよ」

 渋面を作って、火狩は北都の向かいに腰掛けた。

「あいつも懲りないねー。見れないように設定されてるのに」

「他のやつらは別の部屋で麻雀してるし、付き合いきれなくて降りてきた。お前は?」

「さすがに化学科男子の部屋に行ってもね。お前らの部屋に突入してもつまんねーし」

「ちょうどいい。黒川どついてきてくれ」

「やだよ。めんどくさい」


 と、そこへまた一人、誰かやってきた。

「あ、鳥飼も」

 これまた三Eの鳥飼だった。

 スマホを耳に当て、誰かに電話をかけているようだ。だが彼が口を開くことは無く、電話は繋がらなかったみたいだ。

 スマホの画面を睨むように見つめ、盛んに手を動かす彼の様子に、火狩はつぶやいた。


「あいつ、ヒマさえありゃスマホ眺めてるな」

「そりゃ、彼女とメールでもしてるんだろ」

「え? あいつ彼女もち?」

「お前知らなかったの?」


 ちょっとだけ優越感に浸る。

 鳥飼はこちらに気づかないくらいに、スマホの画面に集中していた。

 だがその顔は、恋人との再会を待ちわびる表情には程遠いものだった。あんなに幸せそうに語っていたのに、今は眉間に皺を寄せ、唇を噛み締めている。

 鳥飼はしばらく画面を見つめていたが、やがてあきらめたようにため息をついて、エレベーター方面へと引き返していった。

「あいつ、何しに来たんだろうな」

「うん……」


 何かあったんだろうか──鳥飼の思いつめたような表情が、北都の心に引っかかりを残していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ