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こうせん!  作者: なつる
第7話  秋の終わり、君を想う(11月)
48/71

 ホテルに戻り、夕食を食べて一服。その後はお待ちかねの外出時間だ。

 夜の外出は、七時から九時までの二時間。部屋単位での行動が基本で、徒歩のみで行ける範囲に限られている。


「くれぐれもトラブルを起こさないように! 他の先生方が巡回してるからな」

 学生主事の厳しい声に送られて、学生たちが次々と旅館を出て行く。

 五嶋や諏訪も巡回に出ているのだろうが、五嶋のことだから、そこらへんで一杯引っ掛けている気がしないでもない。

「班長はここに名前と携帯の電話番号書いて…………はい。じゃあ気をつけて行ってらっしゃい。時間は守ってね」

 北都たちの班も、その流れに乗って、夜の街へと繰り出した。


 歴史ある街の夜は、やはり一味ちがう気がする。通りに並ぶ街の灯りは古きよき情緒を醸し出し、道行く人の言葉はバラエティに富み、異国に迷い込んだ錯覚にさえ陥る。

 昼とはちがう、夜というあやしい雰囲気に包まれた京都。

 その京都の繁華街を、北都たちは二手に分かれて歩きだした。

「ねえ、ちょっと……北都も多佳子もさ、いい加減仲直りしてよ」

 真菜が困り顔で言った。

「ムリ! 北都が謝らない限り、あたしは許さないからね」

「そこまでして許してもらわなくてもいいよ!」

 多佳子も北都も、互いにそっぽを向いて、とても仲直りができる状況にない。

 どちらかが折れるまでの根競べ、もはや意地の張り合いだ。

「それよりも有希、周防くんと何処で待ち合わせしてるの?」

「八時に河原町駅前のカフェで」

 多佳子の問いに、有希は答えた。外出時間の後半は、恋人同士二人だけで過ごすのだそうだ。もちろん、真菜も同様だ。

 ということは、その時間は多佳子と二人だけになる──昨日までは何とも思っていなかったけれど、多佳子とケンカした今となっては、この上なく気まずい時間になってしまう。

 しょうがない──多佳子とも別行動にして、カフェで本でも読みながら時間をつぶすか。

 ギスギスとした空気を漂わせながら、四人で商店街に並ぶ様々なお店を見て回った。


 さすがに一大観光地だけあって、夜になっても通りは大勢の観光客であふれかえっている。

 制服を着た高校生、バックパックを担いだ欧米人、大きな声でマシンガントークをかますアジア人……まるで人種のるつぼだ。

 和菓子、漬物、お茶、京小物、レトロなカフェなどなど、通りには目移りするようなお店ばかりが軒を連ねている。人気のお店には行列ができ、見ることさえままならない。

 京小物のお店では、普段は小物になどあまり興味のない北都でも目を惹くものがあった。お土産だけでなく、自分で使ってみたい文具や小物入れなどもあり、ついつい財布のヒモも緩んでしまう。

「これ、希先輩へのお土産にどうかな?」

 ちりめん細工のがま口を持って北都は振り返った。

「あ……」

 つい、いつもの調子で多佳子に話しかけていた。

 少し離れた場所にいた多佳子がこちらに気づいた。何か言いたげに口を開きかけたが、それを拒否するかのように、北都はまた背を向けてしまった。

 あーあ……もしかしたら、今のは仲直りできるチャンスだったのかもしれないのに。

 バツの悪さに、つい顔を背けてしまった。何事にも素直になれない自分がイヤになってくる。

 これが寮だったら、すぐに希が仲裁に入ってくれて仲直りできるのだが、いかんせん今は見学旅行中。有希と真菜に、その役回りを期待するのは酷というものだろう。


 店を出ると、有希と真菜が次に行く店を話し合っていた。

「さっきの抹茶カフェ、やっぱ並んでみようよ」

「あたしはコスメの店がいいな」

 互いに逆方向のお店だ。残り時間を考えると、どちらかにしか行けない。

「北都、どっちにする……」

 多佳子が振り向きつつ聞いていたが、その質問は尻すぼみに終わった。言葉を濁らせ、目を伏せる。

 かと思ったら、いきなり大声を出した。

「何なのよもう!」

 苛立ちを隠そうとしない多佳子に、北都もついつい応戦してしまった。

「それはこっちのセリフだよ。そっちこそ何なのさ」

 互いに剣呑な視線をぶつけ合う様に、有希と真菜はオロオロするばかりだ。

 どのくらい睨みあっていただろうか。


「もう知らない!」


 多佳子は叫ぶと、突然あらぬ方向へ歩き出した。

「ちょ、ちょっと多佳子! どこ行くの!」

 有希と真菜が追いかけ、北都はその後を仕方なしに追いかける。

 多佳子は大股早足で、どんどんずんずん知らない小道を入っていく。地図を確認する間もなくいくつもの角を曲がり、もはや自分が今どこにいるのかさえ把握できない。


「多佳子ってば!」

 真菜の大声に、多佳子はついに足を止めた。

 ふと辺りを見回すと、いつの間にかよくわからない裏路地に迷い込んでいた。華やかな表通りとはちがう、観光客を拒絶するような狭くて薄暗い雰囲気の通りである。

「ごめん……あっちの通りに出ましょ」

 我に返った多佳子も、妙な居心地の悪さを感じたのだろう。

 ここは素直に従って──揃って移動しようとしたその時だった。


「ねーねー、そこの女の子たち、オレたちと遊ばない?」


 店の裏口らしきところで立ち話をしていた男が、声をかけてきた。見るからにチャラい、軽薄そうな男だ。

「京都ははじめて? いい店知ってるから、連れてってあげるよ」

 もう一人の似たような男も、ニヤニヤしながら話しかけてくる。

 もちろん、こんなミエミエなナンパに引っかかるほど、皆軽率ではない。足早に通り過ぎようとしたのだが、二人の男は行く手を遮るように立ちはだかってきた。

 グループの中で一際背の高い北都に目をつけ、にらみつけてくる。

「男一人に女三人? おい、にーちゃん、欲張りすぎじゃね? オレたちに分けてくれよ」

 当然といえば当然の反応。男にまちがわれるのは別にいいのだが、この場をどうやって切り抜けようか思案していると、多佳子が男を怒鳴りつけた。


「ちょっと、あんたたち! 北都はイケメンだけど、れっきとした女よ!」

 まちがいを訂正してくれるのはうれしいが、今はあまり意味がないというか……

「これが女!? 冗談は顔だけにしろって」

 男二人は北都の顔を指差しながら、腹を抱えて笑い出した。気分がいいものではないが、これもいつものことだ。

 むしろ二人の気が逸れている、今がチャンスだと思った。


「多佳ちゃん、有希ちゃんと真菜ちゃん連れて、早くここから離れて」

 北都は小声でささやいた。有希も真菜も、怯えた表情で身を寄せている。

 だが多佳子は眉をひそめるばかりだ。

「離れてって……あんたはどうするつもりなのよ」

「あたし一人ならどうとでもなるから。顔の一発殴られるくらいで何とかすますよ」

 多少痛いかもしれないが、他の三人がひどい目に合わされるよりはずっとマシだろう。

「特に有希ちゃんに何かあったら……周防に会わす顔がないよ」

 確かに犬猿の仲ではあるが、同じ級長として、周防のことは認めている。だからこそ、自分がいながら有希に万が一のことが及ぶようなマネはしたくないのだ。

「早く!」

 強めに言うと、多佳子は不安な顔を見せつつも、有希と真菜の背中を押すようにして後ろに逃げていった。


「あーあ、行っちゃった」

 男たちもさすがに気づいたようだ。北都は腕組みをして、威圧感たっぷりに二人を上から見下ろした。

「あたしが相手じゃ不満か?」

「てめーみたいなブス一人残ったところで、何の得にもならねえんだよ」

 男たちは北都を無視して多佳子たちを追おうとしたが、北都は腕を伸ばし、行く手を遮るように大きく立ちはだかった。

「ここから先は行かせねえよ。ブスにもブスの矜持ってものがあるんだ」

 あの三人ができるだけ遠くに逃げられるように、ここで時間を稼ぐのが自分の使命。ならばそれを全うして見せようじゃないか。


「てめーらみたいなバカの相手は、あたし一人で十分なんだよ。かかってこいや」


 北都はことさら凄みのある笑みを浮かべて、二人の男を挑発した。

 男たちは一瞬気圧されたように息を呑んだが、たかが女一人と思い直したのだろう。頭に血を上らせて、北都に殴りかかってきた。


「ふざけやがって!」

「おっと」

 華麗なステップで──というわけにはいかないが、最初の一撃を身体を翻して何とかかわす。

「あたしでも見切れるパンチ出されてもな」

「うるせぇっ!」

 もう一人はヤクザキックで襲い掛かってくるが、二、三歩バックステップすることで不発に終わった。

「そんな短い足じゃ、ここまで届かないねーぞ」


 とりあえず挑発して見せたものの──殴り合いのケンカに勝てる自信があったわけではない。いくら身体は大きくても、腕力で男にかなわないことは重々承知している。

 この二人を何とかここで足止めできればいい。それまでちょっと反撃しながらかわしてかわしまくって、隙を見て自分も逃げ出せれば……


 その辺にあるポリバケツや看板を振り回しながら、二人の男の攻撃をかろうじて凌いでいく。

 だが、さすがに二対一では無傷というわけには行かないようだ。拳や蹴りがかすり、北都の腕や足にも打撲痕ができ始めていた。

 しかも、人気の少ない裏通り、これだけの騒ぎを起こしても誰も通りかからない。むしろ避けられている気がする。


「……ちょこまかと逃げやがって、このブスが」

 普段から遊び呆けて運動不足なのか、男の息はすでに上っている。

「いくらブスでも、調子のってると犯すぞ」

「てめーらなんて、こっちから願い下げだバカ」

 こんな自分にでも、そんなセリフを吐ける男がいるものなんだな──と妙な感心をしてしまう。

 悠長なことを考えてる場合ではない。こちらもそろそろ潮時、なんとかしてこの場から逃げ出さなければ。


 じり、じりと後ずさりする。向こうもじわり、じわりと距離をつめてくる。

 突如、北都はくるりとターンした。二人に背を向け、大通りに向けて全力で走り出し──た途端。

「おわっ」


 目の前の足元を、黒い物体が素早く横切った。反射的に足に急ブレーキがかかり、スピードに乗り始めていた上半身が傾く。

「あだっ」

 手をついて地面とキスはまぬがれたが、身体は完全に地面に投げ出されてしまった。横の建物の細い隙間で、黒い猫が心配そうにこちらを振り返っているのが見えた。

 再び立ち上がろうとしたが、その足首を男たちにつかまれてしまう。

「へへっ、やっとつかまえたぞ」

「離せよ!」

 足をバタつかせてみるが、そう簡単には離してくれそうもない。

「車に押し込め! 車の中なら何やってもわからないからな」

 もう一人の男が、車に向かって走り出した。

 引きずられそうになって、北都は地面をつかんで必死に抵抗する。


 ここで自分がいなくなったら──見学旅行どころの話ではなくなるだろう。

 みんなに迷惑かけちゃうな……多佳子にも、まだちゃんと謝ってないのに。

 ズル、ズルと徐々に身体を引きずられる。今になって、急に恐怖感が沸いてきた。

 助けて──声にできない叫び。脳裏に浮かんだのは──

「ぐえっ」

 ふと、男が妙な声を上げた。

 北都をつかむ力が一瞬ゆるむ。その隙を突いてスルリと抜け出し、北都は立ち上がり振り返った。


 頭を抱えてうめく男の後ろに見えたのは──ゴミ箱らしき大きなポリバケツを持った、多佳子の姿だった。


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