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こうせん!  作者: なつる
第7話  秋の終わり、君を想う(11月)
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 見学旅行二日目。

 今日はまずバスで奈良へ行き、春日大社と東大寺、薬師寺を見学。その後京都に戻り、清水寺を見学することになっている。


「寺ばっかし……他に見るモンないのかよ」

 今日も黒川はボヤいてばかりだ。よほどつまらないらしい。

 それに対し、毎度正論を突きつけるのが火狩のお仕事だ。

「京都と奈良なんだから、しょうがないだろ」

「今時、京都と奈良と東京なんてのが古いんだよ。ずっと東京にしちゃってさ、一日ネズミの国くらい連れてってくれっての」

「お前なぁ……あんなとこ、男同士で行っても空しくなるだけだぞ」

「京都だって、紅葉がキレイで見所あるじゃん」


 そう言って、北都は視線を上げた。

 十一月のこの時期、京都や奈良は赤や黄色の葉が街を染め、古めかしい建物に映えてより一層街を美しく見せている。

 北陵でも一月前に紅葉前線がやってきたが、街の景観という点では、圧倒的に京都奈良のほうが上だ。


「そんな食えないモノ見たってしょうがない! せめて、制服のかわいい女子高生でもいたらなぁ……」

「お前に寄ってくるのなんか、鹿ぐらいしかいねーよ」

 三Eが今いるのは奈良公園。今まさに、名物の鹿が黒川に近寄っていくところであった。

 これから昼食を食べて、薬師寺に移動する予定だ。

「今夜の外出と、明日の自由行動に期待するしかないか」

「ムリムリ」

 黒川のぼやきに冷たく返したところで、ふと火狩に聞いてみた。

「お前ら、明日何処行くの?」

「八坂神社、銀閣寺、金閣寺、平安神宮、京都大学総合博物館」

 最後が火狩のいる班らしいところだ。だがこれも黒川に言わせれば不満だらけらしい。

「オレはさ、寺めぐりなんかつまんないから、大阪まで出てUSJに行こうって言ったんだけど」

「そんな計画通るわけないだろ」

「しょうがないから、祇園で舞妓さんと戯れるよ」

「お前なんか、舞妓さんの高下駄に踏まれてしまえ」


「鯨井は?」

 逆に火狩に問われて、北都はふと言葉を詰まらせた。

 昨夜のケンカを引きずって、今朝も多佳子とは一言も口を聞かなかった。楽しいはずの自由行動なのに、今から気が滅入ってくる。

「……下鴨神社、金閣寺、晴明神社に北野天満宮、伏見稲荷大社かな」

「めずらしいチョイスだな」

「パワースポットめぐりらしいよ」

 北都は京都ならどこでもいいと思っていたが、他の三人にはいろいろと考えがあったらしい。

 何とか明日までに仲直りできればいいのだが……かといって、こちらから頭を下げるのも癪だ。向こうが謝るきっかけを作ってくれれば、こちらとしても頭を下げることはやぶさかではないのに。

 とはいえ、ホテルに戻るまではクラス単位での行動なので、多佳子と顔を合わせずにすむのはせいせいしたと思う一方で、少しさみしくもあった。


 京都に戻った後の清水寺では、有名な音羽の滝の水を飲もうと、皆ぞろぞろと行列を作った。学業成就、恋愛成就、延命長寿のご利益のうち、どれか一つにだけ願をかけられるというものだ。

 北都もその列に並び、一筋の流水にひしゃくを差し出した。

 注がれた水に口をつけると、思いのほか冷たく、寒さが厳しいという京都の冬を思わせた。

「あれ、鯨井ここにいたのか」

 飲み終わって階段を下りると、野々宮が声をかけてきた。

「女子はみんな地主神社のほうに行ったぞ」

 地主神社というのは、清水寺の敷地内にある別の神社で、縁結びの神様で有名なのだそうだ。境内にある二つの大きな石の間を、目を閉じたまま渡ることができたら恋が成就する、とガイドブックに書いてあった。

「あたしにそっち行って何しろっていうんだよ。時間のムダだよ」

 恋愛成就なんて、自分には一番関係のないもの。こっちで学業成就に願をかけたほうがよっぽどご利益がありそうだ。


「まったくのムダってことはないんじゃない?」

 その声に驚いて振り返ると、五嶋がいつの間にか背後に立っていた。どこで買ったのか、みたらし団子の串を手にしている。

「長い人生、役に立つ日が来るかもしれないよ?」

「来るわけないじゃないですか」

 ムキになる北都を笑うように、五嶋は頬をゆがめた。

「恋と天災は忘れた頃にやってくるもんだ」

「何、名言ぽく言ってるんですか。独身の五嶋先生が言っても説得力ありませんよ」

「それもそうだな」

 おどけて笑うと、五嶋は団子に食らいつきながら、どこかへと立ち去っていった。引率の立場でありながら、まったく気楽なものである。


「恋愛成就って言えばさ、鳥飼って、東京に彼女がいるらしいよ」

 思い出したように、野々宮が切り出した。

「えっ、マジで?」

「三コ上の先輩だった七瀬ななせさんて人、知ってるだろ?」

 確か今年の春に卒業した、化学科の先輩だ。あまり話した事はないが、結構な美人だったことは覚えている。

「そう言えば、東京の大学に編入したって言ってたっけ」

「なんでも幼馴染で、鳥飼は七瀬さんを追っかけて高専に来たんだってよ。そんで、今は遠恋中なんだってさ」

「へー。なんか意外」

 鳥飼はどちらかといえば成績が悪く、現場を押さえたことはないが、学校の外では喫煙やパチンコ店に出入りしているという話も聞いたことがある、いわゆる「不良少年」だ。

 その彼に、そんな純朴な一面があるとは、思いもよらなかった。


 参道でのお買い物タイムになって、北都が一人お土産を買い込んでいると、とある店先の縁台に鳥飼が座っていた。

 真剣な表情でスマホに向かっている。遠恋中の彼女が東京にいるのだから、自由行動の際に会う約束をしているのだろう。

「鳥飼」

 声をかけると彼は顔をあげた。若干曇ったその表情に北都は戸惑ったが、勢いで隣に座った。

「お前、七瀬さんと遠距離恋愛中なんだって? お前も意外とやるじゃん」

 今度は面食らったような表情。冷やかされて、困っているのだろうか。

 かと思ったら、急に笑みを浮かべて自慢げに語った。

「ま、まあな。なんだ、お前にも知られてたのか。ま、隠してもいなかったけどさ」

 ということは、知らぬは自分ばかりか。なんだか悔しい。

「東京で会う約束してんの?」

「そりゃそうに決まってんだろ。向こうも会いたいって言ってるし。やっぱ、東京に出て寂しい思いしてるみたいだからさ。彼氏としては、会って元気付けるぐらいのことしてやらなきゃ」

 鳥飼は胸を張った。

「お、男前じゃん」

 普段は軽いばかりの印象だが、なんだか無性に頼もしく見える。北都は鳥飼の背中をポンと叩き、立ち上がってその場を離れた。


 気がつけば周囲は彼氏彼女もちばかり。独り身の肩身が狭く感じる。出るのはため息ばかりだ。

 今なら黒川にも優しくなれるかもしれない。


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