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こうせん!  作者: なつる
第6話  祭りだワッショイ!(10月)
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「みなみ……な、なんでここに……」


 白のカットソーにシフォン素材のスカート。ショートブーツを履いてかわいいバッグを提げた、平均的女子高生の私服姿のみなみは、しばらくぶりに会う姉に笑顔を見せた。

「なんでって、お父さんとお母さんについてきたに決まってるじゃない」


 北都の驚きとは反対に、みなみはあっけらかんとしている。

 あまりにもバタバタしすぎてて、保護者面談で両親が来ていることをすっかり忘れていた。

 昼過ぎにこちらに到着するとは聞いていたが、みなみまでついてくるとは聞いていない。

「去年もおととしも来なかったのに」

「今年はお姉ちゃんが級長だって言うしさ、夏休みに帰ってきたとき、妙に生き生きして見えたからね。どんな学校なのか、興味出てきたの」

 みなみが興味を持つほど、ちがって見えたのだろうか?

 ちなみにみなみは地元の公立高校普通科に通っており、工業とは何の縁もない。そう言えば中一の弟・東護の姿が見えないが、おおかた部活で忙しく、一人留守番をしているのだろう。


 やり取りを聞いていた黒川が、おずおずと前に出てきた。おばけ役は矢島に交替し、今は私服姿に戻っている。

「あの……『お姉ちゃん』ってことは、鯨井の妹さん?」

「妹の鯨井みなみです。いつも姉がお世話になってます」

 みなみが可愛らしく頭を下げると、その場にいた男どもがいっせいにざわめいた。

 事情がよく飲み込めないみなみはキョトンとしている。


「鯨井! どういうことだよ!」

 黒川が詰め寄ってきた。

「どういうことってなんだよ」

「あんなかわいい妹いるなんて聞いてねーぞ」

「そりゃ言ってないもん」

「ホントに血のつながった妹なのか?」

「つながってるよ!」

「どう見ても似てねーぞ!」

 そんなことは百も承知、もはや聞き飽きたセリフである。だが北都とみなみは同じ母から生まれた、れっきとした姉妹であることはまぎれもない事実である。


「たしかに身長差は激しいし、お姉ちゃんはイケメンですけどね」

 横で聞いていたみなみが口を開いた。


「これでも小さい頃は、そっくりな姉妹って言われてたんですよ」

「またまた、ご冗談を」

 男子全員が声をそろえてツッコんだので、北都のこめかみに青筋が浮かんだ。

「ホントだよ! てめーら、いい加減にしないとブッ飛ばすぞ!」


 男どもが蜘蛛の子を散らすように退散するのを見て、北都はやれやれと頭をかいた。

「ここがどんなとこかわかっただろ? あんたみたいなのが一人でフラフラしてたら、何されるかわかんないよ」

「そう? ここにくるまでにいろいろ見てきたけど、みんなやさしかったけどなぁ」

「そりゃ、外部の女子には死ぬほど優しくもなるよ……」

 みなみぐらいのかわいさならば、ナンパの引く手数多だっただろう。これ以上一人にしておくのは危なっかしくてしょうがない。

「父さんと母さんは?」

「もうすぐ面談だって。先生の部屋の前で待ってるよ」

「まだ終わってなかったか……」

 となると、面談が終わるまでここにおいておくのが一番安心かもしれない。


「お姉ちゃん。どうせだから、おばけ屋敷入らせてよ」

 突然みなみにせがまれて、北都はギョッとした。

「やめとけって。怖すぎってクレームきたんだから」

「あたしは平気だよ? そう聞くと余計に見てみたいんだけどな」

 そうは言っても、みなみ一人をおばけ屋敷に入れるのにはどうも抵抗がある。


「そういや鯨井、お前、中見たことあったっけ?」

 ふと火狩に問われて、北都はギクリと身を硬くした。

「い、いや、ないけど……」

「お前、ここの責任者なんだから、最後に見といたら?」

「別にいいよ。あたしは統括と会計のお仕事で十分」


 黒川がニヤニヤとして聞いてきた。

「あ、もしかして、おばけ屋敷怖いとか?」

「まさかぁ。鯨井に怖いものなんかないだろ」

 土屋の言葉に乗っかるように、北都は胸を張った。

「あ、あたりまえだろ」

「じゃあ、妹と一緒に入ればいいじゃん」

「いや……その……」


 ちょうどその時、廊下の向こうから、白衣を着た諏訪が近づいてくるのが見えた。

「みんな、お疲れさま」

 朗らかな笑顔で、学生たちの労をねぎらう。

「そろそろ終了だから、片付け始めておいてね」


 気づけば十五時十分前。おばけ屋敷の客も、今入っている組で最後のようだ。

「ん?」

 諏訪がこちらを見て、何かに気づいたようだ。

 あっ────と北都が気づいた瞬間、みなみが諏訪を見て声を上げた。

「あれ、お姉ちゃん……あの人、どこかで……」


 そうだ、夏休みにあった従姉妹の結婚式で、みなみは諏訪の顔を見ているのだ。あのこっぱずかしいシーンの相手役が諏訪だとバレたら、何を言われるかたまったものではない。

「あばばばばば……よし、みなみ。一緒におばけ屋敷入ろう! そうしよう!」

 北都はみなみの背中を押しつつ、逃げるようにして入り口をくぐった。


 初めて入ったおばけ屋敷の中は、想像以上に真っ暗で、前を行くみなみの背中がかろうじて見える程度だった。

「へぇ、迷路っぽくなってるんだ。風も生暖かいし、生臭いし、結構凝った作りになってるんだねぇ」

 視覚だけでなく、触覚や嗅覚、聴覚など、五感に訴えることが大事──とは設計者である野々宮の弁であるが、いざ体感してみると背筋がゾクゾクするほどにその重要性がわかる。

 狭い通路を手探りで進むと、前方がほんのり明るくなってきた。視界が開けてきたことに安堵した瞬間。


「ぎゃああああっ!」


 上から血みどろの人形が降ってきた。手前の床を踏むことでスイッチが入り、人形が落ちてくる仕組み──というのは設計段階でわかっていたのに、おばけ屋敷の恐怖感ですっかり忘れてしまっていた。

「お姉ちゃん、怖がりすぎ」

 ケラケラと笑うみなみはまったく怖がっていないようだ。こっちはまだ心臓バクバク、変な汗まで噴出してきたというのに。

 その後もみなみは、このおばけ屋敷をなんら怖がることなく、鼻歌交じりに進んでいく。


「うわっ」

「ぴぎゃっ」

「ぐごおおおおお」


 北都はといえば、仕掛けの一つ一つに奇声を上げることで応えながら、スタスタ先を行く妹の後をついていくのがやっとだった。

「ちょっ、みなみ……あんまり先に行くなって」

「もう、お姉ちゃん、おそいー」

 北都の脳裏に、小学生の頃、家族で遊園地に行った記憶がよみがえってきた。

 あの時も、みなみにせがまれて、二人でおばけ屋敷に入ったのだ。みなみは昔から何でもあまり怖がらない子で、おばけ屋敷も笑いながら楽しんでいた。

 あの時、自分はどうしていたんだろう? 怖がって泣いていたのは思い出せるが、記憶の糸が途中でプツリと切れている。おばけ屋敷をどうやって出たのかも思い出せない。


 気がつけば、みなみの背中が暗闇の向こう側に消えていた。

「え? あれ? みなみ、どこ?」

「こっちだよー」

 壁の向こうから聞こえる気がするが、どこをどう行けばいいのかわからない。

「ま、待って」


 壁伝いに進むが、角を曲がった先で人体の骨格標本に出くわし、しかもそれが肩をゆすって笑い出したものだから、北都はまた奇声を上げて足を止めてしまった。

 目を閉じながら笑う骨を何とかやりすごしたが、完全にみなみを見失ってしまった。

 暗闇に一人取り残され、心細さと恐怖心があいまって寒気すらしてくる。こんなところ、一時たりともいたくない。

 暗闇で視界が悪いのなら、目をつぶってもそう変わりないはず。北都は思い切って目をつむって、壁に手を当てながら先を急いだ。しばらくすればみなみに追いつけるはずだ。

 とは思ったものの──女のすすり泣く声はするし、空気も気持ち悪い。足元はところどころ凸凹して、いつヘンなスイッチを踏むかわからない。

 精一杯足を早く進めてみるものの、案の定ケーブルか何かにけつまずいて転んでしまった。


「いってぇ……」

 冷たい床に手をつき、身体を起こす。タイミングよく、人感センサーに反応したライトがあたりを照らし出した。

 そこは川原を模した場所だった。江戸時代さながら、打ち首獄門となった散切り頭の生首が、木の板の上で晒されている。


「ひいっ」

 驚いて後ずさったその瞬間──何かが上から降ってきて、視界をさえぎった。

 長い髪の女の生首だった。顔がゆっくりとこちらを向き、目が合う。血の滴る口元が、ニタリ、と笑った気がした。


「──うぎゃああああああああああああ」


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