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こうせん!  作者: なつる
第6話  祭りだワッショイ!(10月)
39/71

 休憩を終えた火狩が戻ってきても、北都はそ知らぬ顔で出迎えた。

 そして入れ替わりで自分も休憩に入る。


「なんかあったら、ケータイに連絡くれよ」

「はいよー」


 土屋の軽い返事に送られて、おばけ屋敷を離れ、各部の模擬店が並ぶ一般講義棟へと向かった。

 一般棟は店も人も多く、専門棟にはない活気があった。あちこちに模擬店の看板が立ち、店の前の廊下では呼び込みの学生が声を張り上げている。

 親友・多佳子が所属するバドミントン部のおでん屋で昼食をとろうと、ここまで来たのだが。


「あっ、鯨井先輩! うちの焼きそば食べてってくださいよー」

 さっそく、女子寮の後輩に捕まってしまった。

「一緒にカレー食べましょう!」

 かと思えば、焼きそば店の隣にあるカレー店で、野球部のマネージャーをやっている後輩にも腕を引っ張られる。

「いや、これからおでん食べに行くんだけど……」

「北都、クレープ店でお茶しない?」

 今度は同じ三年の女子に誘われる。あちこちから声をかけられてうれしい限りであるが、男子の嫉妬の視線が突き刺さって痛いのもまた事実である。

 どうやって切り抜けようか考えていると、横から北都の腕をガシッとつかむ者がいた。


「悪いけど、北都はあたしがもらうわ」


 腕をつかんでいたのは、希だった。

「希先輩!」

 希は右腕を北都に絡め、もはや逃がさない体勢だ。

 よく見ると、反対の腕は別の人物をつかんでいた。


「って、希先輩、諏訪先生が一緒じゃないですか!」

 反対側で情けない笑顔を見せていたのは、白衣姿の諏訪だ。


「やあ、鯨井さん。お疲れ様」


 後輩たちがいっせいに非難の声を上げた。

「希さんズルイ!」

「どっちかわけてくださいよ!」

 だが希はそれらの批判を一蹴し、胸を張って高らかに宣言した。


「この学校のイケメンは、全部あたしのものよ!」

「どこの女王様ですか……」


 諏訪は、両手にビニール袋を提げていた。

「先生も、何やってるんですか」

「五嶋先生に頼まれて焼きそばとカレー買いに来たら、そこでつかまってね」

 パシリの途中でつかまってしまうあたりがこの人らしい。

 しかしながら、希のイケメン捕獲にかける情熱はすさまじいものがある。この強引さは見習いたくないが。

 諏訪は苦笑気味に希に話しかけた。

「というわけで芹沢さん、そろそろ放してもらえるとありがたいんだけど……」

「希先輩、あたしとおでん食べに行きましょう。その代わり、諏訪先生は解放してやってください」

 助け舟を出してやると、希はやれやれとばかりにため息をついた。

「北都がそこまで言うなら……まあしょうがないわね。クレープにもつきあうのよ」

 希が左腕をはなすと、諏訪は一目散に逃げ出した。他の女子学生に捕まってはたまらないとばかりにすたすたと歩いて、あっという間にその背中が見えなくなってしまった。

「まったく……あの先生も何やってんだか」

 今度は北都がため息をつく番だった。





 その後、希と連れ立っておでん屋に入った。

 バドミントン部のおでん屋は、テニス部の焼きそば店や野球部のカレー店と並ぶ高専祭における老舗の一つで、広い講義室を割り当てられている。


「言ってくれれば、電気棟まで出前したのに」

 エプロンをつけた多佳子も、希と北都とともにテーブルにつき、三人でおでんとおにぎりをほおばった。

「まあ、一般棟も見ておきたかったし」

「このワイワイした雰囲気がいいのよねー」


 多佳子はバドミントン部に所属する選手で、市内大会でもそこそこの成績を残しているらしい。希は去年までバスケ部のマネージャーをしていたが、希を巡って火花を散らす男子部員のいざこざにウンザリしてやめてしまった。


「おばけ屋敷はどう? 今年はずいぶん凝ってるらしいじゃない」

「客の入りは去年並みってところじゃないかな? みんなかなりビビッた顔で出てくるけどね」

 大根を一口で食べながら北都は答えた。男子部員が寮で一晩かけて煮込んだというだけあって、味がしみてとてもおいしい。


「もう一回諏訪先生を捕獲して、おばけ屋敷行ってみようかな」

 そう言って希はちくわにかぶりついた。妙にエロティックに感じるのはきっと気のせいだ。

「どさくさにまぎれて抱きつくつもりですね、わかります」

「抱きつくなんて甘い甘い。押し倒すのよ」

「おばけ屋敷でチカン行為はやめてもらえませんか。営業停止になります」


 まったく、希の肉食ぶりには舌を巻くほかない。

 おでんを食べた後は、休憩に入った多佳子も一緒に陸上部のクレープ店へ。たらふく食べて、満足したところで二人と別れ、少し早いがおばけ屋敷に戻ることにした。責任者として、留守にしててもどうしても気になってしまうのが自分の悪いところであり、いい所でもあると思う。


 電気棟に入り、階段を上り始めると、妙にざわざわしていることに気づいた。

 やけに人が多いのだ。階段を上りきり、三階の廊下に出た北都は自分の目を疑った。


「なんか……人増えてね?」

 増えているのは一目瞭然。廊下の彼方向こうにあるおばけ屋敷から、壁沿いに長蛇の列が続いている。その数、ざっと百人。もう少しで、階段にまで到達しそうだ。

「ななな何が起こったんだ!?」


 バックヤードに戻るなり、息せき切って火狩に聞いた。

「SNSでここのこと書いた客がいるらしくて、それをみた高校生やら大学生やらが集まってきてるみたいだな」

 なるほど、口コミというわけか。それにしても、おばけ屋敷にこれだけの人が集まるとは想定外だ。

「おばけ屋敷なんて、この近辺の遊園地にはないからな。潜在的な需要を掘り出しちゃったってヤツだよ」

 野々宮の理にかなった解説に、北都はただうなずくことしかできなかった。

「もう既に、去年の動員数超えたらしいんだけど」

「マジか……ってか、行列整理に人出さないと。あ、でもウチだけじゃ手一杯なのか」

 行列を放置しておくと、トラブルのもとになる。それだけは避けなければならない。北都が頭を抱えていると。


「一、二年のほうから人回してもらえないか、先生に聞いてくるよ」

「頼む!」

 火狩が機転を利かせてくれたので、素直にお願いすることにした。

 だが問題はこれだけではない。受付の長居が悲鳴を上げた。


「お札足りなくなりそうだよ! 誰か急いでコピーしてきて!」

「あたしが行ってくる」

 お札の原本を探していると、野々宮が声をかけてきた。


「鯨井、回転数上げようか。このままだと、終了までに人さばけないよ。半分じゃなくて、三分の一過ぎたところで次入れるようにしよう」

「大丈夫か?」

「大丈夫。何とかなる」

「じゃ、それでいこう」


 野々宮がそういうのなら、きっと何とかなるのだろう。そっちは彼に任せることにして、北都はコピーに走った。





 電気棟にできた長蛇の列は案の定人目をひき、人が人を呼ぶ状態になって、一時はどうなることかと肝を冷やした。

 だがその後は小さなトラブルはあったものの、一、二年生の応援もあり、おばけ屋敷自体は比較的スムーズに運営することができた。行列を見越して、早めに本日終了の知らせを出したこともあり、ほぼ時間内に客をさばくこともできた。


「今日の営業終了! おつかれさーん」

「終わった終わった」

「疲れたよ……」


 今日最後の客を送り出して、全員がグッタリとへたり込んだ。

 てんてこ舞いの連続で、ロクに休憩も取れなかった者もいる。明日のシフトも考え直さなければならない。

「じゃあ、中の点検して、ちょっと片付けたら今日はもう終わりにしよう」

 北都の言葉に、皆がのろのろと動き出す。

 自分も動き出そうと振り返ると、廊下の向こうから歩いてくる人物が見えた。

 腕に腕章をしたその男子学生は、学生会の役員だった。責任者である北都に話があるというので聞いていると、彼はとんでもないことを言い出した。


「えっ、営業中止!?」

「その可能性もあるってこと」

 おばけ屋敷に想定以上の人が集まり、行列が長くなったことを、学生会は問題視しているようなのだ。


「今日はなんとか無事に終われたようだけど、毎年土曜より日曜のほうが来場者多いからね。明日、今日以上に混雑するようであれば、混乱防止ってことで途中で打ち切りにするかもしれない」

「そんな……」

「それとこれは一、二件なんだけど、『おばけ屋敷が怖すぎる』って苦情もきたんだよね。おばけ屋敷なんだから怖くて当たり前とは思うんだけど、パニックになった客がケガするようなことになっても困るでしょ」

「明日も他の学年からの応援頼んでますし、安全管理はキッチリやります。怖さについても考え直しますから」

「こっちとしても、想定以上に人が来てくれてうれしいんだけど、運営しては喜んでばかりもいられないっていうね。とにかく、大きなトラブルは起こさないように」

「はい……」


 帰っていく学生会役員の背中を、北都はため息混じりに見送った。

 火狩も横で息をついていた。


「……ジレンマだな」

「ホントだよ……」


 せっかくみんなでここまで作り上げて、客もいっぱい来てくれて大成功だと思っていたのに、逆にこんなピンチを招いてしまうなんて思いもしなかった。

 だが絶対に中止になんてしたくない。

「とにかく、明日はチラシ配りはしないでおこう。中の仕掛けや演出も考え直すことにして」

 プロデューサー野々宮とその辺の調整をしようとしたとき、またも廊下の向こうからやってくる人影が見えた。今度は二つ、五嶋と諏訪だ。

「よお、大盛況だったらしいな」

 五嶋はいつも通りのよれよれネクタイ姿で、悠然と現れた。今日と明日は終日、保護者との面談のはずだが、こんなときでもいつも通りの服装だ。

「盛況すぎて、困った事態になってきましたよ……」

 北都は二人に事情を説明した。

「入場料上げればいいじゃん」

「そういうあくどい商売はしたくないんです」

 五嶋の案も一計だが、せっかくの高専祭なのだから、子どもでも入れる良心的な値段に抑えておきたいのだ。

 横で話を聞いていた野々宮がふと、口を開いた。


「人が集まりすぎるのがキケンっていうなら、いっそ整理券方式にしたら? 三分に一組計算で、三十分十組ずつ区切って整理券配るの。それなら待ってる間に他のところも回れるし」

「お前、頭いい! それやろう!」

 その案に北都は飛びついた。時間も人手もない、大掛かりな変更もできない今、それ以上の名案はないだろう。


「今日のうちに印刷で券つくろうか」

「じゃあデザインするからちょっと待ってて」

「OK」

「鯨井―。やっぱちょっと壊れてるとこある。スイッチ動かない」

「マジで? 直せそう?」

「多分接触不良だから、大丈夫だと思う」

「じゃ、今日のうちに直しちゃおう」


 スタッフ同士であれこれやり取りしていると、いつの間にか横に立っていた諏訪が話しかけて来た。

「なんだか楽しそうだね」

「そう見えますか?」

「やっぱり、高専祭って特別だよね。僕も学生時代に戻りたくなってきた」

 めずらしく諏訪と意見があった。大人になっても、この心浮き立つ感覚は忘れられないのだろう。


「実はさ、おばけ屋敷、入ってないんだよね」

「え? でもモメたって……あ」


 思いがけない告白に、北都は言葉を続けようとしてあわてて飲み込んだ。

 そう言えば……この話をしていたときに、気まずい雰囲気になったんだっけ。


「モメたけどね。結局入ってないんだよ」

 諏訪はそう言って苦笑気味に頬を緩めた。

「……この間のこと、別に怒ってないよ。ただちょっと、恥ずかしかっただけ」


 彼自身も雰囲気を悪くしたことに、ばつの悪い思いだったのだろう。

 そもそも、自分が諏訪の過去を探るようなマネをしたのが発端なのに、こんな風に言われてしまうとますます罪悪感がつのるばかりだ。

 つい反発して、憮然となってしまった。


「……謝んないでくださいよ。昔の事を聞いてしまったあたしも悪いですから」

「鯨井さんは優しいんだね」

「はあ? これのどこが優しさなんですか」

 半ギレで返したが、諏訪はそれを受け流し、ただ穏やかに微笑むその顔を背けた。


「みんなで作ったおばけ屋敷……明日も無事に終わるといいね」

「……はい」


 切にそう願う。今度は素直にうなずいた。

 



 

 翌日の日曜日。高専祭二日目の営業スタートだ。


「よっしゃ、今日もがんばろう!」

「うぃーっす」


 昨日のピーク時ほどではないが、昨日の朝よりは確実に人が集まっている。行列に並ぶグループを慎重に数え、用意した整理券を配っていった。

 長い時間並び続けなくてもいい、待ち時間にほかの店や展示にも回れるということで、整理券方式は好意的に受け入れられた。集合時間に間に合わなくて、次の回にまわされた客も数組いたが、トラブルになることはなかった。

 開始からあっという間に二時間が過ぎ、時刻はお昼を回った。整理券の配布も順調で、既に二時までの分の配布が終わっている。

 行列自体もせいぜい二十組ほどの長さに抑えられ、この分だと懸念されたような混乱は起こりそうにもない。


「この分だと、三時前には終わっちゃいそうだな」

 バックヤードで伸びをしながら、北都は火狩に話しかけた。

 だが返事がない。


「……火狩?」

 もう一度呼びかけると、彼は今気づいたのか、うつむいていた顔をあげた。

「あ?」

「どうかした?」

「いや……別に」


 明らかに何かを悩んでいる風な顔だが、その口ぶりだと聞かれたくもなさそうだ。

「あっそ」

 ふと時計を見ると、すでに十二時半を回っていた。


「火狩、今のうちに昼飯食いに行ったら?」

「そういうお前はどうするんだよ。お前もまだ食ってないだろ」

「今日はここを離れないほうがいいと思って、朝のうちに出前頼んだ。あとで後輩が焼きそば持ってきてくれるんだ」


 女子寮の後輩は、電気棟までの出前を頼むと二つ返事で引き受けてくれた。

 火狩はしばらく考えていたが、はたと顔をあげた。

「……その焼きそば、オレの分も頼める?」

「いいけど……休憩取らなくていいの?」

「別にいいよ。お前にだけ仕事させとくわけには行かないだろ」

 相変わらずそっけないが、一応こちらにも気を遣ってくれているみたいだ。

 後輩に追加注文のメールを入れようとした──その時だった。


「いやあああああああああっ」


 中から響く、女性の甲高い叫び声。

 仕掛けに驚いたのとはまたちがう、もっと別の恐怖にさらされた色の声だ。

「な、何っ!?」

 異常な声に、あわてて出口に向かう。

 中に入ろうとすると、飛び出てきた女子高生らしき少女とぶつかった。

 北都の胸に飛び込んだかたちの彼女は、怯えた表情でこちらを見上げて一瞬身を硬くしたが、かすかな胸のふくらみですぐに女だとわかったのだろう。顔をくしゃくしゃにした後、再び北都の胸に顔をうずめて大声で泣き始めた。


「どどどどうしたの!?」

 北都はバンザイ状態のまま固まって、両手のやり場に困りながらも聞いた。


「おばけに……おばけにが胸をつかまれたんです!」


 少女の発した言葉に、その場が凍りついた。


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