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こうせん!  作者: なつる
第6話  祭りだワッショイ!(10月)
38/71

 土曜だというのに、女子寮の中も今日は朝早くから学生がバタバタとせわしなく動いている。

 北都が寮の玄関を出ると、朝のキリリとした空気が肌を刺激した。

 空は晴れ、前日の雪の痕跡はまったく見当たらない。これだけいい天気であれば、来場者も結構な数を見込めるだろう。


「おはよっす」

 電気棟の奥、おばけ屋敷会場に着くと、既にスタッフが集まっていた。

「おせーぞ、鯨井」

「悪い悪い。じゃ、準備はじめよっか」


 バックヤードとなった廊下部分に荷物を下ろすと、北都は全員を集めて指示を出した。


「矢島、長居、上島。お前ら学校の中回って、ポスター貼ってきて。佐倉と土屋は待機列用のイスと看板設置。有野と野々宮は中の最終チェック。黒川、チラシ用意した?」

「したよー」

「シフト表作っといたから、あとでみんな見といて」


 全員がそれぞれの仕事をしに動き出す。北都も火狩とともに、受付用のテーブルとイスを出し、オープンに向けての準備に取り掛かった。おつり用の小銭や入場者を数えるための数取器、小道具のお札のチェック、借りてきたトランシーバーの調整や客への注意事項説明ポスターの張り出しなどなど、やることはたくさんある。


 九時半を過ぎた頃から、外部からの来場者らしき人影がちらほらと見え始めた。おばけ屋敷の前にも人がポツポツと集まり始め、先頭から順に並べられたイスに座ってオープンの時間を待っている。

 毎年恒例のおばけ屋敷は、特に学校近辺の子どもたちには大人気のようだ。毎年楽しみにして、何度も入りにくるヘビーユーザーもいるらしい。


「えっ、もうこんな時間?」

 ふと時計を見ると九時五十分。開始まであと十分だ。

「チェック終わった?」

 教室の中に向かって叫ぶと、野々宮の暢気な声が返ってきた。

「もうちょっと。ガムテはがれてきてるから、張りなおし中」

「急げよー」

「今年は客の入りが早いな」

 窓から見える渡り廊下の人影を眺めていた火狩がつぶやく。

「よし、有野。ちょっと早いけど、正門行ってチラシ配り始めて」

 チラシの束を渡すと、有野は正門に走っていった。

 そうこうしているうちにも、開場の時間は刻一刻と迫っている。焦る気持ちを抑えて待っていると、開始三分前になって野々宮はやっと出てきた。


「チェック終わったよ。いつでもいける」

 北都はうなずいて、その場にいた全員を集めた。


「よし! んじゃみんな、安全第一をモットーにお願いします!」

「うぃーっす」

「それと、わかってると思うけど……」

「【女の子にはおさわり厳禁】だろ?」


 土屋が渋い顔で答えた。

 何年か前の高専祭で、他校の女子高校生に付きまとった挙句、痴漢行為を働いて停学処分になった男子学生がいたらしい。それ以来、このような男子にはちょっと厳しいルールができているのだ。


「もしやったら、処分の前にあたしからのグーパンが飛ぶから、そのつもりで」

「……はーい」


 男どもは心もち沈んだ声で返事をした。

 全員が配置についたのとほぼ同時に、軽快な音楽とともに、学生会のアナウンスが流れ始めた。


『ただいまより、第五十一回高専祭を始めます!』


 あちこちから歓声が上がり、学校中に拍手が巻きおこった。気分も一気に盛り上がる。

「いらっしゃいませ、こちらにどうぞー」

 おばけ屋敷も営業開始。先頭に並んでいた中学生グループを受付に通し、料金を徴収した後お札を渡して、中へと案内を開始した。

「最初のグループ入れました。どーぞ」

『了解』

 受付の上島が無線で告げると、中間地点である、二つの教室のつなぎ目の廊下に待機する土屋が応答した。連絡を取り、タイミングを調整しながら客を入れていくのである。


 廊下にずらりと並んだ待ち行列に、北都は目を細めた。

「結構来たねぇ。三十人くらい並んでる?」

「そうだな。近所の小中学生が多いけどな」

 火狩と話していると、教室の中から早速悲鳴があがった。

「お、反応があった」

「生身のオバケじゃなくても、十分いけるな」

 この分だと、電動の仕掛けたちが上手く機能しているようだ。

「ふふふふ……ビビるのはまだまだ早いよ」

 北都は五嶋ばりの意地の悪い笑みを浮かべた。中の客は三Eが仕掛けた最大の罠に、まだ気づいていない。




   ◇




 時折ライトに照らされる箇所がある以外は、真っ暗闇で視覚を遮断された状態。空気はよどみ、生臭い匂いも漂う。かと思えば、不意に生ぬるい風が頬をなで、女のすすり泣く声がかすかに響く。

 生身のおばけが出てこないとはいえ、恐怖心を十分に煽る作りだ。『所詮は素人レベル』と侮っていたが、なかなかの出来である。

 出口の明かりが見えてきた。その直前、少し開けた空間に古ぼけた井戸はあった。最初に受け取ったお札をこの井戸の蓋に貼り、悪霊を封印するというミッションがあるのだ。

 参加者はおそるおそる井戸に近づく。長年の風雨に晒されたような木の蓋はボロボロで、一部割れて井戸の底が見えそうだ。

 絶対、中に何かが潜んでいる──そうわかっていても、蓋の割れ目から底を覗かずにはいられない。

 だが予想に反し、中は空の井戸の底が見えるだけで、何もなかった。拍子抜けし、ホッとした瞬間。


「中に……誰もいませんよ」


 おどろおどろしい声が背後から迫る。振り返ると、白い着物に長い髪を振り乱した女が、包丁を手にこちらへとにじり寄ってくるではないか。


「ぎゃああああああああああああっ」




    ◇




 恐怖に引きつった顔で、逃げるようにして出口から出てきた男子集団を眺めて、北都はニヤリとほくそ笑んだ。


「全部電動と思わせておいて、最後の最後で生身のオバケ使うなんて……お前も案外えぐいねー。しかもあのネタ使うとは」

 北都の横では、イスに腰掛けた野々宮がノートパソコンに向かっている。

「このぐらいのだまし討ちがないとね。限られた予算、環境でも、工夫次第でここまでやれるってことを証明したかったんだよ」

 おばけ屋敷には人一倍の愛情を持つ男だけあって、自信も結構なものらしい。

「ただ中を歩くだけじゃなくて、ミッションがあるってのもいいな」

「ストーリーがあったほうが、入り込みやすいしね」


 出口から、白い着物姿の女──もとい、カツラと化粧で女装した黒川が出てきた。

「ね、オレの演技どうだった?」

「あれだけ怖がってくれたんだから、合格だろ。それにしても、お前女装似合うね」

 黒川は長い髪を耳にかけながら、まんざらでもない様子だった。

「でしょ? オレもさ、鏡見たら『これ案外イケるんじゃね?』って思ったんだよね。鯨井よりも女らしい?」

「よし、今日から三Eのヒロインは君だ。ウチのクラスは男クラだって散々言われてるもんな。毎日化粧してスカートはいてこい」

「いや、それはちょっと……」

「ついでに教室から出てくるな。一生化けてろ」

 そう言って北都は黒川の背を押し、教室の中へと押し込んだ。そろそろ次のグループが井戸に到着する頃だ。




 在校生やその家族、近所の小中学生に、市内の高校生大学生などなど、様々な年代の客がこのおばけ屋敷に集まっている。中には子どもにせがまれたのか、学校の職員や他科の准教授などもいた。

 いつもはただ勉強するだけのこの場所が、一年に一度だけ、非日常的な空間に変わる。訪れる人もいつもとまったくちがうし、ここが毎日通う学校であることを忘れてしまいそうになる。

 おばけ屋敷だけではない。模擬店も、展示やライブコンサートも──自分たちが主催者であり、なおかつ客である。お祭りのこのときだけしか味わえない不思議な感覚が、北都は大好きだった。


 おばけ屋敷の滑り出しはまずまずで、客の流れも順調だ。

 入るときには笑顔さえ浮かべていた客が、出てくるときには皆一様に顔をゆがめ、あたふたと転がり出てくる。

 作った側としては本当に甲斐があるのだが、あの怖がりようを見ていると、単純に喜んでいいものなのか、ふと悩んでしまう。


「あれでいいんだよ。怖くないおばけ屋敷なんて入る意味ないだろ」

「それもそうか」

 野々宮の言にうなずいていると、トランシーバーから黒川のせっぱつまった声が流れてきた。


『緊急事態発生!』

「どうした!?」

 黒川は今、受付に座っているはずだ。何かトラブルでも……

『火狩が……火狩が女連れてる!』

「マジでっ!?」


 バックヤードをすり抜け、受付に顔を出す。黒川は真っ青な顔で、ガタガタと震えていた。

 入場待ちの行列に目をやると、後ろのほうに、休憩に入ったはずの火狩が並んでいた。そのすぐ後ろには制服姿の女子高生の姿があり、火狩に身を寄せて笑顔を見せていた。


「ホントだ……あいつ、彼女もちだったのか」

「ぐぎぎぎぎ……この裏切り者めえええええええええ」


 自分の立てたスローガンを忠実に守るがごとく、黒川は歯噛みしてリア充に嫉妬の視線を送っている。

「いや、別に裏切ってはないだろ。それにほれ、土屋だって」

 行列のさらに後ろには、女子高生を二人連れて、両手に花状態の土屋も並んでいた。

「あいつはチャラ男だから別なの! 火狩は仲間だと思ってたのに……」

 勝手に仲間認定されていたとは、火狩も災難である。


 黒川がリア充を呪っている間に、順番はあっという間に来てしまった。

 近くで見る火狩の彼女は彼よりも小柄で可愛らしく、今時の女子高生という雰囲気だ。短めのチェックのプリーツスカートからのびる太ももに、黒川の嫉妬を含んだ視線が突き刺さる。

 思わずニヤニヤしてしまった北都に、火狩は顔をしかめて答えた。


「……なんだよ」

「いや、別に。みんなに見せびらかしにくるなんて、お前もやるねぇ」

 いつものように、人を小ばかにした態度に出てくるかと思いきや。

「……オレだって来たくなかったよ」


 彼は小声でつぶやくと、そっぽを向いた。ケンカ腰を期待していただけに、肩透かしを食らった気分だ。冷やかされて、怒っているのだろうか。

 ふと、彼女が円らな瞳で北都を見上げてきた。

 不思議な生き物を見つめる目だが──なぜかチリチリとしたものを感じる。


「ねー蓮くん、中に早く入ろうよー」


 彼女は甘えた声を出して、火狩に腕を絡ませた。

 火狩のイメージが崩れそうな彼女のイチャつきっぷりに、北都は思わずポカーンとなってしまった。彼女に引っ張られるようにしておばけ屋敷の中に入っていく火狩を、ただ呆然と見送る。


「すげー……」

「ふーん、そういうことね」

 黒川はなぜか、妙な忍び笑いを浮かべていた。

「そういうことって、なんだよ?」

「繊細すぎて、鯨井にはわかんない問題だよ」


 カッチーン──北都のこめかみに青筋が浮かぶ。

「たしかにあたしは繊細じゃないけどな。でも、てめーに言われるとムカつくんだよ!」

 黒川に脳天チョップをきめて悶絶させたところで、北都は出口へと向かった。


 あんなふうに言われると、なんか気になるじゃん──

 バックヤードの暗幕の隙間から、出口をこっそり見つめる。しばらくして、彼女のものらしき悲鳴が上がった。

 先に飛び出してきたのは彼女だった。続いて、火狩が歩いて出てくる。仕掛けを知っているだけあって、怖さ半減といったところだろうか。

 恐怖から解放され、肩で大きく息をついていた彼女に、火狩は後ろから話しかけた。


「言う通りにしたんだから、もう帰れよ」

 冷たさを含む声。いつも通りの火狩の声ではあるが、自分の恋人に話しかけるにしてはそっけなさ過ぎる。

「もっと一緒に回ろうよー」

 彼女はまた甘い声でしなを作ったが、火狩は苦虫を噛み潰したような顔で腕を組んでいる。


「友達と遊ぶから来ないって言ってたくせに」

「気が変わったの」

「またそれかよ。いつも約束すっぽかすくせに、こういうところでワガママいうのやめてくれよな」

「蓮くん、最近冷たい。あたしと別れようと思ってるんでしょ」

 彼女のセリフに、聞いていた北都のほうがドキッとしてしまった。

「そういう話をここでするなよ。時と場所を考えろって」


 これ、聞いたらアカンやつや──

 北都はそっと暗幕を閉め、二人に背を向けた。黒川が意味深につぶやいたのは、二人があまり上手くいっていないことを察したからか。


 恋愛経験ほぼゼロの自分には、恋人同士のことはよくわからないけれど──聞かなかったことにしてやるのが、友だちとしての優しさだろう……多分。


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