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こうせん!  作者: なつる
第6話  祭りだワッショイ!(10月)
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「諸君!」


 教壇に立った黒川が、皆に向かって声を張り上げた。

 体格も顔も超平均的十八歳男子。「パッとしない」という言葉が実によく似合う男だ。


「今年もこの季節がやってきた……そう、一年に一度のお祭り、【高専祭】の季節である!」


 十月も始まったばかりの放課後。三Eの教室には十名ほどの学生が、黒川の熱弁に気だるそうに耳を傾けていた。

 北都は教壇に近い自席に座り、頬杖をつきながら冷ややかな目で黒川を見上げている。


「女だ! 普段は鉄と薬品と男の匂いであふれかえるこの学校に、女がやってくる奇跡の二日間だ! この機会にモノにして、悲願の彼女をゲット……そう考えている者もいるだろう……だがしかし!」

 黒川は教卓を拳で叩いた。

「毎年、数多の男たちが傷つき、倒れ、高専祭が終われば死屍累々という凄惨な光景を見てきたことを、我々は忘れてはならない」


 そんなもんかね?──とは思ったが、口には出さなかった。黒川がノリノリで演説しているところに水をさすのも悪いかなと思ったからだ。

 黒川は今度は黒板を拳で叩いた。チョークで書かれた大きな文字に、皆の注目が集まる。


「高専祭には毎年スローガンが掲げられる。今年は【第五十一回高専祭 ~いつやるの? 今でしょ!~】 だが我々はこんな陳腐なスローガンのもとで張り切るわけではない」

 その陳腐なスローガンを、一生懸命に考えた学生会の連中が落ち込みそうなセリフだ。

「我々が掲げる、真のスローガン……それは高専祭約五十年の歴史の中で連綿と受け継がれてきた魂、言葉は変われども、唯一普遍のスローガンである」

 黒川は握り締めた拳を、天へ向かって高々と突き出した。


「【リア充爆発しろ!】」


 意気揚々と叫ぶ黒川。こんなアホらしいスローガンでも賛同できるのか、数人が拍手で応える。北都は露骨にため息をついて見せた。


「我々はこの真のスローガンのもとに、やってくるカップルを撃破せしめんと……」

「はいはい、終わり終わり。童貞こじらせてんじゃねーよ」


 まだまだ演説を続けようとする黒川を、北都は立ち上がって追いやった。

 話し合いを始めようとしたら、彼が一言しゃべらせてくれというので任せたが、こんなふざけた話だとは思わなかった。

「だだだ誰が童貞じゃ!」

 その反応が童貞くさいというのだ。

 黒川を教壇から蹴落とし、代わりに立って、北都は皆に向かって話しかけた。


「じゃあ改めて、今年の高専祭での三E担当ブースについて話し合いまーす」






 高専祭はその名の通り、高専の学校祭である。


 毎年十月下旬の土日二日間、校内を広く開放して、様々な催し物を行っている。

 部活単位での出店が恒例で、テニス部の焼きそば、野球部のカレー、バドミントン部のおでん、陸上部のクレープなどなど、歴史のある部活が各々の味を受け継ぎ、老舗の名店のような雰囲気を醸しだしている。

 部活に所属していない者は、各科の展示販売ブースを担当することになっている。

 機械システムであれば、旋盤や溶接、鋳造技術を駆使して作られた金属製品を、物質化学科であればエッチング加工されたキーホルダーやガラス製品などを、それぞれ販売したり、また普段の研究内容を一般の人にもわかりやすく展示するのも担当の仕事だ。

 電気電子工学科は、一、二年生が電子工作やソーラーカー、ロボットなどの展示担当、四年生はパソコンを使ってのゲームやアトラクションの担当。そして五年生は好きなことをやっていいことになっている。


 北都たち三年生の担当は「おばけ屋敷」。

 なぜ電気科でおばけ屋敷なのか。照明に凝ってみたり、放電現象を利用してみたりと一応電気科らしいところもあるが、他の科がやってもいいのではないかと思ってみたりもする。

 だが、他の科に比べ販売物の少ない電気科にとっては、意外と人気のあるおばけ屋敷が貴重な収入源になっているのもまた事実のようだ。


「三年生が一番めんどくさいよなー」

 土屋がスマホをいじりながらぼやいた。彼や黒川をはじめとした、三Eの中で部活に入っていない十人でおばけ屋敷を運営することになる。

「特にウチのクラスは人数少ないからな。十人じゃ大したことできんよ」

 北都も頭をポリポリとかいた。

 例年よりも人数の少ない三E。しかも部活所属者が多いため、おばけ屋敷に回れる人数がいつもの年より少ないのだ。


「どうする? 規模を去年の半分にしてもらうか?」

「そうだなぁ……あまり広いところでやっちゃうと、受付とおばけ役で手一杯になっちまうもんな」


 火狩の出してきた現実的な案に、北都も賛同した。例年なら教室を二つ使ってやるところだが、この人数ではカバーしきれない。

 今日のところは、去年の半分の規模でやることを計画書に書いて提出することにしようか。

 そう考えていたら、ふと、手を上げる者がいた。彼は他を待たずして声を上げた。


「オレが設計担当しようか」


 野々宮和真(ののみやかずま)である。

 ひょろりとした身体と顔つき。眼鏡をかけたその顔はインテリ系にも見えるが、感情があまり出ないせいか、独特の雰囲気を醸しだしている。


「おばけ役のいらない、無人のおばけ屋敷。それなら、今までと同じ広さでもできるだろ」

 確かに、それが実現できればこの人数でもできる。だが、代々受け継がれてきた機材で同じようにセットを作り、生身のおばけを配置してやってきた今までとは、かなり大きな変更となりそうだ。

「まあ……でもお前、設計だなんてそんなことできんの?」

「できるよ」

 あまりにも簡単そうに言うので、北都はあ然となってしまった。


「オレ、おばけ屋敷が好きで、国内のおばけ屋敷は大体行きつくしてる」

「おばけ屋敷が……好き?」

 広い世の中、そういう人物がいてもおかしくはないと思うが、北都から見れば変わった趣味としか言いようがない。

「ネットで批評もしてるし、ある程度ならノウハウもあるよ」

「いいんじゃないか? 運営の手間は少ないほうがいいんだしさ。野々宮が言うモノがどんなものかはわからないけど、企画だけでも見せてもらえば?」

 火狩の言う事も一理ある。新しいおばけ屋敷がどんなものになるのか、話を聞く価値はありそうだ。


「えっと……じゃあ、どんな感じになるか、カンタンでいいから書いてきてくれる? 先生の承認もらわなきゃいけないから」

「わかったよ」

 野々宮は無表情のままうなずいた。






「野々宮ってさ」

 今日も今日とて実験中のC班。黒川がハンダごてを握り、基板とにらめっこをしながら言った。

「変人だって言いたいんだろ」

 北都も自分の基板に抵抗素子をハンダ付けし、煙を立ち上らせていた。

「そうそう、それそれ」


 今日の実験は製作実習を兼ねた、【論理回路の応用実験】である。各々が抵抗やダイオードを使って論理回路を組むところから始まっている。

 黒川は人のウワサ話に非常に耳ざとい。地獄耳の担任・五嶋に通じるものがあるが、五嶋とちがうのは、黒川はそれをペラペラとよくしゃべるところだ。

「あいつ、ゲームアプリ作って金稼いでるらしいぜ。寮の部屋、パソだけですごいことになってるって

さ」

「そういや、あいつプログラミング実習は一番に終わらせるもんな」


 火狩の言うとおり、週に一回のプログラミング実習では早く終わった者から帰ってもいいことになっているが、いつも野々宮が一番に電算室を出て行くのだ。

 パソコンが得意なのは知っていたが、自分で金が稼げるほどの腕を持っていたとは知らなかった。


「このクラスで勉強なら火狩が一番だけど、情報処理の実技的な面では野々宮が一番だろうな」

 C班のまとめ役・甲斐が当たり障りのない話でまとめてきた。

「それで元フィギュアスケートの選手で、好きなものはおばけ屋敷? 見事なまでに取り留めのない趣味嗜好だな」

「だから変人っていうんだよ。しかもあいつ、面と向かって【変人】って言われても、顔色一つ変えないんだぜ」

「まあ確かに、感情の薄いヤツだけどな」


 そんなこと、面と向かって言う方も言う方だが、確かに野々宮が激昂したり、爆笑したりするところを見たことがない。

 何を考えているのかわからない──という点では、【変人】という言葉がピッタリと当てはまる。

 それでも、体育祭のメドレーリレーでは彼なりに必死に走ってくれたし、今回の件もこちらが困っているところに助け舟を出してくれた。感情がまったくないというわけではなさそうだ。


「あいつ、この学校で勉強する意味あんのかな?」

 万年底辺の黒川なら、そう言いたくもなるのだろう。野々宮にとっては、プログラミング実習など小学生の算数みたいなもので、退屈でしょうがないのではないだろうか。


「意味なくはないだろ。少なくとも高専卒の学歴が得られるわけだし、何よりそっち方面の就職だってしやすいだろ」

「好きなことやって単位もらえるんだからいいよなぁ」

「お前はもっと勉強しろ!」

 黒川にどなったその瞬間、手元が狂ってヘンなところにハンダがついてしまった。

「ああっ! やりなおしだよこれ……黒川、てめーのせいだぞ!」

「えー、オレのせい?」


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