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こうせん!  作者: なつる
第3話  人はそれを本気とよぶ(5月:体育祭編)
13/71

 学校中を回って三人の姿を探す。携帯電話の番号を知っていればよかったのだが、クラスの誰も、三人の電話番号を知らなかったので、電話で呼び出すこともできない。

 結局、学校中駆けずり回っても、三人の姿を見つけることはできなかった。


「逃げたな」

 火狩の冷淡な言葉が胸に突き刺さる。認めたくはないが、三人が学校に来てないのは確かだろう。

「どうするんだよ」

「もう少しだけ……待ってくれ」

 そう答えるのが精一杯だった。

 だが、待てども待てども三人は姿を現さない。

 十二時半を過ぎて、メドレーが始まるまで三十分を切った。痺れを切らして、北都はくるりと踵を返した。


「どこ行くんだよ」

「先生のとこ行って、あいつらの住所、聞いてくる!」

 走り出そうとした北都の腕を、火狩がつかんで引き止めた。

「お前、バカか? 上田と矢島は市内だけど、長居は通学に電車で三十分かかるって聞いたぞ。どう考えたって間に合わないだろ」

「でも……」

「信じるのも結構だけど、現実も見ろよ。あいつら自身が賞金いらないって言ってたんだろ? やる気のないあいつらのために、他のヤツらの努力ムダにするのかよ」


 腹が立つくらい、火狩の言うことは正論だ。

 ここまで皆で頑張ってきたその努力を、あの三人のためにムダにしてしまう──それが果たして正しいのか正しくないのか、今の北都にはわからない。

 悩めども、時間は無情に過ぎていく。

 決断するなら早いほうがいいのはわかっている。だが、あの三人を信じる気持ちを捨てられず、決断できない。


「……お前が決められないなら、オレが決めるぞ」


 火狩の声に、北都はうつむいたまま顔を上げられなかった。

 情けない──重要なこと一つ決められない自分より、火狩のほうがよっぽど冷静で級長らしい。

 火狩はしばらく北都の反応を待っていたが、答える意志がないと思ったのか、北都に背を向けて皆のほうに向き直った。

「先生にはなんとかごまかすとして、誰か三人四脚に出てくれるやつ……」

「もう一回……もう一回だけ、あいつら探してくる!」


 あきらめきれなくて、北都は走り出した。

 もしかしたら、三人はここに向かっている途中で、トラブルに巻き込まれて遅くなっているだけかもしれない。学校の周囲も見てみよう。

 グラウンドに集まってくる人々の流れに逆行して、進みを速める。

「おーい、鯨井。どこ行くんだ?」

 通りすがりに暢気な声をかけられて、北都はキレ気味に返した。

「どこって、お前らを探しに…………って、あれ?」

 声をかけてきたのは、今まさに探しに行こうとしていたその人物たち。

 上田、長居、矢島の三人組だ。


「おおおお前ら!」


 思わず足を止め、目を見開き、指を差して叫んでしまう。それに気づいた火狩たちも駆け寄ってきた。

「悪い悪い、遅くなったでござる」

「今日発売のゲーム買いに行ってたんだ」

「薄い本とフィギュアも買ってたら、こんな時間になっちゃってさ」

 学校指定ジャージ姿の三人は、言い訳しつつも屈託のない笑顔だ。その理由だけでも、開いた口が塞がらないと言うのに。

「ホントは今すぐ開けたいの、ガマンしてんだから、さっさと終わらせようぜ」

 矢島の一言が、北都の逆鱗に触れてしまった。

「……ゲーム? 薄い本? フィギュア?」

 北都の片頬がピクピクと引きつる。


「てめーらあああああああ! 人がどんだけ心配したと思ってんだよおおおおお!」


 矢島の襟首を捻り上げ、ガクガクと揺らした。

 本気で事故を心配していたのもあって、ホッとするよりも遅れてきた理由に腹が立ってしょうがない。

「なんだその理由は! 来るのが遅いんだよ!」

「ひいいいいいいい」

 三E総出で、怯える矢島から北都を引き剥がした。

「まあまあ。来たからいいじゃん」

 佐倉になだめられて、肩で息をしていた北都もようやく落ち着いた。


「……しょうがねぇな。約束どおり来たからよしとするか。練習はしてきたのか?」

 北都の問いに、三人はコクコクとうなずいた。

「早く走るのは無理ゲーだけど」

「転んだら痛いし、みっともないしな」

 そう言った上田と矢島のジャージをよく見ると、あちこちが砂埃にまみれていた。練習してきたと言うのは本当のようだ。

「約束と言えば、優勝できなくてもオレたちのせいにするなよ」

 念を押してくる長居に半ば呆れながらも、北都はしっかりと答えた。

「ったく……わかってるよ。その代わり、お前らはお前らの全力を出し切れ。いいな」

 三人はうなずいて、ホッとしたように互いの顔を見合わせた。

 これでなんとかクラス全員がそろうことができた。レース前最後の準備運動を始めた三人を遠目に見つめながら、北都もホッと胸をなでおろしていると。


「ったく、あいつらも人騒がせだな。またオレが悪者になるところだったよ」

 後ろで火狩が腕組みして、憮然となっていた。

「そんなことないよ」

 北都は笑顔でそう言った。

「あたしが甘っちょろいからさ、冷静沈着な副級長がいてくれて助かるよ」


 決してお世辞などではなく、本心からそう思う。

 理想ばかりを追う自分を、現実を冷静に見つめながら諌めてくれる重要な役割。それが火狩──この優秀な副級長がいなかったら、自分ひとりでは空回りしてひんしゅくを買うばかりだったかもしれない。

 彼は何も言わず、プイと顔を背けた。その頬がほんのり赤くなっていたところを見ると、まんざらでもなかったらしい。可愛いところもあるものだと、北都はあらためて火狩を見直した。


「よーし、絶対優勝するぞ!」

 




 メドレーリレーはその名の通り、様々な種目をこなしながらリレーする競技である。

 三人四脚で始まり、数学問題、コーラ早飲み、ぐるぐるバット、パン食い競走、そして最後は──

「鯨井……お前、大事な問題を一つ忘れてるぞ」

 げんなりした顔で火狩が言う。北都も青色吐息で答えた。

「やめろ……人がせっかく忘れてたかったことを思い出させるな」

「アレが走るのか?」

「走るとは思えないけど……走らせなきゃだろ」

 皆が見たくないものを見る目で視線を送った先には。


「おー、メドレーまで来たか。感心感心」


 諏訪を連れてこちらにやってくる五嶋の姿があった。

 メドレーリレーのアンカー──それは各クラスの担任だった。

 つまり三Eの場合、いつも通りによれよれワイシャツとスラックス、そして足元はサンダルの、どう見ても走る気のない五嶋がアンカーとなるわけだ。

「せめて運動靴履いてきてくださいよ……」

 北都は盛大なため息をつき、そしてブチ切れた。


「せっかく全員が揃ったのに…………あんたが一番優勝する気ないでしょう!」

「話がうますぎると思ったんだよ……」

「賞金なんて都市伝説だったんだ」

 落胆の色を隠さない学生たちに、五嶋は心外と言わんばかりだ。

「オレがそんなセコいことすると思う?」

「思う!」

「まあまあ。こんなこともあろうかと、ちゃんと秘密兵器を用意してあるんだよ」

 得意げな顔の五嶋に対し、北都たち学生はいっせいに首をかしげた。


「秘密兵器?」

「何それ……加速装置とか?」

「カタパルトとか?」

「ロケットブースターとか?」

「レールガンとか?」

「お前ら、オレを何だと思ってる」

 めずらしくツッコむ五嶋。


「これだよこれ」

 そう言って五嶋が差し出したのは。



「えっ……僕? 僕ですか!」



 横にいた諏訪だった。

 彼自身、何も聞いていなかったのだろう。前に差し出されて、学生以上に驚いた顔で五嶋を振り返る。

「そう。オレの代わりに走って」

「僕は副担任ですよ! メドレーは担任が走るルールでしょう!」

「大丈夫大丈夫。ちゃーんと実行委にルール確認してOKもらってあるから」

 五嶋の言葉に、実行委員会のテントを見やる。

 実行委員の一人がこちらの視線に気づいたかと思うと、サッと目を逸らした。妙におどおどとした雰囲気。

 あれは……脅したな。

 五嶋のいつもの手口で、ムリヤリルールを変えさせたのだろう。かわいそうに、人には言えない趣味の弱みでも握られたのだろうか。


「僕だって何の準備も……」

「官舎近いでしょ。そこで着替えてくりゃいいじゃん」

 まだゴネる諏訪に、五嶋はグラウンドの横、敷地内の隅っこにある三階建ての建物を指差した。あれは教職員用の官舎で、諏訪はそこから通っていると聞いたことがある。

「諏訪はスポーツも万能だよ。使わない手はないと思うけどな」

「おおっ、まさにチートキャラ」

 天が二物も三物も与えてしまった諏訪に、三Eの男どもがどよめく。


「確かに……」

 北都はあごに手をかけて考えをめぐらせた。

「五嶋先生よりも、ちょっとでも若い諏訪先生を走らせるほうが」

「優勝できる確率は高くなるよな」

 火狩がうなずく。


「他のクラスの担任は?」

「……全員四十代以上だな」

「ちょっとチートすぎねぇ?」

「けど順位でハンデつけられてるしな。そのくらいのアドバンテージがあってちょうどいいくらいだ」

「この際、キレイごとなんか言ってられねー」

「ちょっとだけイヤな予感するけど……」

「背に腹はかえられねーよ。賞金欲しいんだろ?」


 北都の言葉に、皆がうなずいた。

 多少強引ではあるが、ルール上の問題がない今、この最良の手段を使わない手はない。

 皆を代表して、北都は諏訪に言った。


「というわけで諏訪先生、走ってください」


 三Eの期待に満ちあふれた眼差し。

 諏訪はそれを一身に浴びてたじろいだが、やがてあきらめたように肩を落とした。


「着替えてきます……」




 十分後。


「諏訪先生……」

 白いTシャツにウインドブレーカーパンツ、そしてランニングシューズという姿に着替えてきた諏訪の周りには、三Eではなく、女子学生が群がっていた。

「やだ、すごい筋肉……」

「脱いだらスゴイんですってやつ?」

「着やせするタイプだったんですねー」


 薄着で露になった諏訪の身体は、いつもの貧弱そうな雰囲気からは想像もできない、ほどよく筋肉のついた均整の取れた身体だった。

 思っていたより肩幅も広く、Tシャツの袖からむき出しになった上腕は色白ながらも、ムダのない筋肉のつき方でうっすらと血管が浮き出ている。この分だと、衣服で隠れた部分もスゴイに違いない。

 これでは女子が騒ぐのもしょうがない。北都でさえも、甘ったるい顔とのギャップに思わず見とれてしまったほどだ。


「スーツ姿も白衣姿も、トレーニングウェア姿もイケてるなんて……」

 希が率先して諏訪の身体をぺたぺた触っている。

「あの……ちょっと……」

「私も触りたい!」

「私も!」

 辟易する諏訪をよそに、女子の手があちこちから伸びてくる。

 その様子を遠目に見て、三Eの男どもは今更ながら自分たちの判断を後悔していた。


「違う意味でチートじゃねえかぁっ!」

「くそっくそっ」

「ただしイケメンに限るのか……」

 怒り狂う者、地団駄を踏む者、膝を折る者と様々。

「勝利のためだ。ガマンしろ」

 男子の怒り、苦しみを理解しながらも、非情に徹する北都だった。


『メドレーリレーに出場する各クラスの選手たちは、それぞれのスタート位置についてください』


 アナウンスがあり、各選手たちが散らばっていく。パン食い競走に出る北都は移動する前に諏訪に声をかけた。

「諏訪先生、頼みますよ」

「あまり期待されても困るんだけど……」

 困惑して頬をかく諏訪。

「死ぬ気で走ってくださいね」

 ニッコリ笑って見せると、諏訪は引きつった顔でうなずいた。

「はい……」




    ◇




 五月の乾いた風が、グラウンドに砂ぼこりを立てて渦を巻く。

 メドレーに出場する選手たちがそれぞれの場所についた。

 三人四脚からのスタートだが、この第一区間だけ走るコースの変更が認められていない。最内から一位の三M、二位の四M……と並び、大外になる三Eは一番長いコースを走ることになる。これが順位によるハンデだ。

 スタート位置に並んだ上田、長居、矢島の三人は、互いの足を固定し、そして顔を見合わせた。

 クラスの中でも目立たず、隅っこでひっそりと生きてきた自分たちが、今、クラスメイトからの期待の視線を一手に集めている。こんなにも注目されたことがいまだかつてあっただろうか。

「ゆっくりでもいいから! 転ばないようにしろよ!」

 級長の北都が遠くから声をかけてくる。

『たとえお前らのせいで負けたって、あたしが文句言わせない』

 何の根拠もない自信。自分が二次元のヒロインになったと錯覚しているような、バカげたセリフだ。

 だが、その言葉に自信をもらったのも事実だった。

『待ってるからな』

 逃げ出してあの級長に追いかけられるくらいなら、負けて怒られるほうがまだマシと思ったのもまた事実だった。

 三人はガッチリと肩を組んだ。ヲタク同士、培ったチームワークを今こそ見せるときだ。

 いよいよ今年の体育祭の総合優勝をかけた、メドレーリレーのスタートである。全校が注目する中、スターターが台に上った。


「位置について、よーい……」


 発砲音と同時に、各クラスの三人組が走り出した。

 といっても、三人四脚なので歩くのと大して変わらないスピードだ。どのチームも掛け声と共に一歩一歩足を進めていく。

 そんな中で頭一つ抜け出したのは、やはりインコースの三Mだった。同じくらいの身長の三人で揃えてきたあたり、戦略を感じる。相当練習したのだろう。速さも軽い駆け足程度はある。

 二位から五位はほぼ横並び。カーブに差し掛かり、徐々に差がついてきた。


 三Eの三人は──ダントツのビリだった。けっしてチームワークは悪くないのだが、一歩一歩が恐ろしく慎重なのだ。それでも転ぶことなく、着実にゴールへと進んでいく。

 早くも一位の三Mが第二区間へとバトンを渡した。遅れて二位、三位と次々に続いていく。

 五位の二Mがバトンを渡したころ、三Eはようやくリズムを掴んでスピードアップしてきたところだった。足元ばかり見ていた視線が前を向き始め、カーブを曲がりつつある。

「もうちょっとだ、がんばれ!」

 北都の声がしっかりと届く。三人は大地を踏みしめ、ゴールまであと少しの距離にまで差し掛かった。


 第二区間は数学問題。

 コースの途中に設置されたテーブルの上で、数学問題を一問解かなければ先に進めない。

 だが、北陵高専が誇る数学教授陣がこの日のために特別に作成した珠玉の一問のため、解けなくてここでギブアップしたクラスが出たほどの難問ぞろいだ。

 ゆえにこの区間は、各クラスのエース(成績首位)がそろう花形区間でもある。

 三Eはもちろん、火狩の出番だ。




「火狩!」

 長居が持っていたバトンを、待ち受けていた火狩にしっかりと渡す。

「あとはまかせとけ」

 三人にそういい残して、火狩は走り出した。


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