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こうせん!  作者: なつる
第3話  人はそれを本気とよぶ(5月:体育祭編)
12/71

 バスケ、フットサル、綱引きはトーナメント方式。一位に五十点、二位に三十点、ベスト四に二十点、ベスト八に十点が入る形式だ。

 この三つのうち、どれか一つで優勝できれば、決勝のメドレーリレーへの道筋が見えてくる。最低でもベスト四に入りたいところだ。準決勝と決勝は明日行われる。


 バスケはハーフコートでの五対五、一試合十分。同点の場合はフリースロー対決となる。

 北都も最善を尽くそうと、昔履いていたバスケットシューズを持ち出していた。組み合わせには恵まれたようで、一つ勝てばベスト八には入れる。

「しかも相手は一年電気(一E)……ふふふ」

 初めての体育祭で右も左もわからない、格好の餌食だ。こっちの思惑など知らずに、和気藹々とした雰囲気でのほほんとしている。

 初戦はバスケ部の船橋、バレー部の江角えすみ、北都、元バレー部の火狩、帰宅部の佐倉さくらという、三Eの長身トップ五を集めた布陣となった。


「よし、今日二つ勝って、明日につなげるぞ」


 北都の言葉に、皆無言でうなずいた。賞金の力があるとはいえ、チームが一丸となるこの感覚が心地いい。

 ハーフコートに入り、三E先攻で試合が開始された。



 ────完勝。


 

「ふっ……手ごたえもなかったな」

 完敗し、愕然となる一年生を前に、北都は勝ち誇っていた。相手にほぼボールを渡すことなく勝ってしまった冷酷非情ぶり。その中に入っていた火狩でさえあきれ顔だ。

「お前、年下相手にえげつないな」

「キレイごとなんて言ってられないんだよ火狩くん!」

「次はどうするんだよ」


 コートの中では次の試合が行われている。この試合の勝者が次の対戦相手だ。

「お、四年建築(四A)が勝った」

 四Aで一番動きのよかった男は、バスケ部の元部長だそうだ。一際背の高いその男は、コート横で自分のクラスを応援していた芹沢希と何やら話しこんでいる。

 四Aは三分の一が女子で、希を筆頭にそのレベルも高いとの評判だ。今、この学校で一番恵まれているクラスといっても過言ではない。

 希と話すバスケ部元部長の楽しそうな横顔を見て、北都はふとひらめいた。


「よし……佐倉、ちょっと」

 北都は近くにいた佐倉を呼び寄せ、耳打ちした。

「え? マジで?」

「いいからいいから、早く」

 佐倉は怪訝な顔をしながらも、体育館を出て行った。

 十五分後、四Aとの試合直前になって、佐倉が連れて来たのは。


「急に呼ばれたんだけど……どうかしたの? 応援?」


 困惑顔の諏訪だった。

 体育祭で授業も実験もないと言うのに、今日も白衣姿だ。北都はその背中を両手で押した。

「はい、諏訪先生。あっち行って」

 戸惑う諏訪を無視し、四Aの女子学生が集まるところまでずんずん押していく。


「きゃあっ、諏訪先生!」

 希が黄色い声を上げると、他の女子もいっせいに諏訪に注目した。

「諏訪先生、こっちに座ってくださいよー」

「じゃあ、あたし諏訪先生のとなり!」

 諏訪はコートサイドのベンチに強制的に座らされ、両脇を四Aのキレイどころで固められる。

「え……いや、あの……僕は三Eの……」

「一緒に観戦しましょうよー」

 右側に座った希が諏訪の腕に自分の腕を絡ませた。Fカップの胸が押し当てられるその様に、周囲の男たちの悲哀と殺気が混じった視線が突き刺さる。


「あ、先生ジュース飲みます?」

「諏訪先生、白衣似合うー」

「今度、建築棟にも来てくださいよー」

 あれよあれよという間に、プチキャバクラの出来上がり。

 自分たちを応援してくれるはずの女子学生が諏訪をちやほやする様は、四Aのバスケチームの士気を見る見る下げていった。


「これでよしと」

 立ち直るヒマも与えず、試合開始。

 試合そっちのけで諏訪と戯れる女子学生に気を取られ、四Aの男子はゲームどころではない。メンタルズタボロの弱気になったところにつけこんで、三Eは見事勝利した。

「鯨井……男の純情を踏みにじりやがって……」

 今度ばかりは三Eの男子もヒキ気味だ。だが北都は開き直る。

「兵器を兵器として使って何が悪い」

「お前、やっぱえげつない」

「使えるものは先生でも使うんだよ火狩くん!」

 ともあれ、これで準決勝進出決定。二十点以上は確保できたことになる。





 バスケのベスト四が決まったところで、グラウンドで行われているフットサルと綱引きの様子を見に行った。

 だが北都を出迎えたのは、フットサルチームの沈んだ表情だった。


「あぁん? 三Mに負けたぁ?」


 聞けば、準々決勝で三Mと当たり、大敗してしまったそうだ。

「だって……あっちはフットサルのジュニアユース代表だったってヤツがいるんだぜ。そんなのとマトモにやって勝てるわけないよ」

 サッカー部の堂本どうもとがやってられないとばかりに首を振る。

「なんでそんなヤツがこの学校にいるんだよ……」

 北都は思い出した。去年も一昨年も、フットサル優勝は確か今の三Mだった。スゴイヤツがいると一時期ウワサになっていた。

「まあ、負けてしまったものはしょうがない……お疲れさん」

 フットサルチームをねぎらい、残る綱引きに望みを託すことにした。


「綱引きは? 全員集まってる?」

「次、ウチの番だな」

 火狩と共にサブグラウンドに行くと、ちょうど準決勝進出をかけた試合が終わったところだった。

「勝った……みたいだな」

 綱を引いてホコリまみれになった二十人だったが、その表情は皆明るかった。柔道部やラグビー部の重量級を中心に構成した布陣が功を奏したらしい。これで綱引きも優勝への希望を繋ぎ、明日へ持ち越しとなった。


 午後からは駅伝。玄関前からスタートし、学校の周りを一周する約一.六キロのコースを一人一周、十人が走る。一人のみの陸上部枠には長距離専門で、高専の全国大会でも結果を出している相馬を入れた。

 結果は三位。優勝には届かなかったが、三Mは五位だったのでまずまずの結果だろう。






 一日目の競技が全て終わって、売店の自販機でスポーツドリンクを買っていると、火狩もやってきた。

「そういえば、今日ってヲタ三兄弟来てた?」

 火狩も自販機のボタンを押す。出てきたドリンクを取り出しながら彼は答えた。

「いや……見てないな」

「そうか……」

 キャップを捻り、ドリンクを一気にあおった。冷たい液体が喉を流れていく感覚が爽やかだ。


「明日……あいつら、来るかな」

「弱気だな。お前らしくない」

 火狩の小ばかにしたような物言いに、北都は口を尖らせた。

「そりゃ信じてるけどさ……」


 信じているけど、不安になる。

 今日が比較的うまくいった分、明日にその反動がくるのではないか、と。皆の努力が実を結んでメドレーリレーにまで進んだその時に、あの三人が来なかったら──

「お前が決めたことだ。信じて待つしかないだろ」

 そう言って自分を見つめた火狩の目は怒っているようにも見えた。

「オレに愚痴るなよ。じゃあな」

 買ったドリンクを手に、火狩は去っていった。

「愚痴ってなんかねーよ!」

 遠ざかる背中に捨てゼリフを吐く。


 愚痴ではないけど……でも確かに。なんで火狩にこんなこと話しちゃったんだろ。

 ちょっと前までなら、こんな風に自分の弱いところをクラスメイトに見せるなんて考えられなかった。それだけ、自分もあのクラスの中で強がっていたということなのだろうか。

 そんなことに気づいたからといって、しおらしくなるわけではないが……

 何だか急に火狩に対してイライラが募り出して、北都はやけくそ気味にドリンクを一気飲みした。







 二日目。今日もいい天気だ。今日はまずバスケ、フットサル、綱引きの準決勝、決勝が行われる。

 最初はバスケの準決勝。三Eの対戦相手は……因縁の相手、三Mだ。

「ちっ……三M相手じゃ、諏訪先生を使った作戦は使えないな」

「やめろ……あれは諸刃の剣だ」

 青ざめる佐倉をよそに、北都は本気で悔しがる。

「真っ向勝負しかないか」

「そういうことだな」

 こちらは最初からベストメンバーで挑むことにした。

 試合開始。最初のうちこそ均衡を保っていたが、敵もさる者。さすがに準決勝まで上がってきたことはある。高身長に加えてガタイのいい者をそろえてきた三Mが相手では、力では負ける北都は分が悪い。

 それでも追いつ追われつの展開で競り合い、同点のまま延長にまでもつれ込むかと思われた終了間際、高らかな笛の音が鳴り響いた。


「やべっ」


 ファウル──北都がシュート体勢に入った相手の手を叩いてしまったのだ。シュートは外れたが、ファウルにより一点が追加されてしまう。

 試合はそのまま終了し、結局、その一点の差で三Mに負けてしまった。


「悪い……あたしのせいで」

 責任を感じ、うなだれる北都の頭を火狩が叩いた。

「一人で空回るからこうなるんだろ。お前が行かなくたって、船橋が防いでいたよ」

「いや……あれはオレでも叩きにいってたかもしれない」

 その声に船橋を振り返ると、彼は苦笑いを浮かべていた。

「まあ、負けたのはお前だけのせいじゃないってことだ」

 こちらに気を遣ってくれているのがよくわかる。ささいなことだが、今はそれがうれしかった。


「船橋……お前カッコイイなー」

 率直な感想を口にすると、船橋の顔が青ざめた。

「鯨井、変なこと言うなよ!」

「今度、女子寮でお前のこと褒めとくよ」

「ぜひ希先輩の前でお願いします!」

 船橋の顔色が一転してバラ色になる。

 それに対し、火狩は苦りきった顔だ。

「なんだよ、オレが悪者みたいじゃないか」

「まあまあ火狩くん、君も不器用な男だね」

 慰めるように火狩の肩を叩いたが、逆効果だったようだ。

「お前に言われたくないよ!」



 いじける火狩を放って、外で行われている綱引きを見に行った。既に準決勝は終わったようだが……

「えっ、決勝進出!」

「おう」

 結果に驚く北都に、綱引きチームのリーダーで、アンカーを務める柔道部の植村が得意げに答えた。

「練習したからな」

 聞けば、ネットで調べた【綱引きの必勝法】を元に、短期間で対策を練ったらしい。二十人をまとめて指導するのは大変なことだったろう。北都は密かに植村を尊敬した。

 そして迎えた決勝戦。相手は優勝候補の一角、四年機械(四M)だ。

「引けっ……死ぬ気で引けっ!」

 並び方から綱の持ち方、体勢に視線の方向、果てには靴まで、植村の指導に従ってきた二十名が、必死の形相でじわりじわりと綱を引いていく。

 相手チームは、たかが体育祭の綱引きと何の対策もしていなかったのだろう。そのバラバラなフォームに比べたら、三Eのフォームは見事に統一されている。運動部も文化部も帰宅部も、いろんな人間が入り混じったチームではあるが、一つの目標に向かうその力は体力の差などものともしなかった。

 四Mはなす術もなく引きずりこまれて、決着の笛が鳴り響いた。


「よっしゃあっ!」

「やったっ……優勝だ!」


 勝利に興奮する二十人。横で応援していた北都も火狩も、そしてその他のクラスメイトも、皆一緒になって喜びを爆発させている。

 同じクラスにいながら、まったく接点がなかった者、まともに話したことがなかった者、互いに何となく嫌っていた者まで──今この瞬間は、ハイタッチしたり、肩を寄せ合ったりして、はにかみながらも同じ喜びを分かち合っていた。

 こうやって皆が同じ感情を共有していることが、なんだか信じられない。

 この感情を忘れたくない──少なくとも北都はそう思った。

 皆もきっと──そう思いたかった。





 その後の玉入れは六位。なんとか十点は確保したものの、正直微妙なところだ。

 二日目の午前がこれで終了。午後のメドレーリレーに出るためには、これまでの総得点で上位六位以内に入らなければならない。

 グラウンドの実行委員会のテント前、実行委員が拡声器で発表する順位に耳をそばだてた。

『一位、三年機械』

 横で三Mが歓声を上げた。三Mはフットサルとバスケで準優勝、その他の競技でも着実に点数を稼いでいる。悔しいが、一位通過は当然の結果だろう。

 ふと、周防と目が合った。

 勝ち誇った目でこちらを見てくる。自分より背が低いのに、見下ろされている気分にすらなる。北都は一歩も退かず、思い切り睨み返した。

『二位、四年機械、三位、四年化学……』

 だがなかなか名前が挙がらず、気をもんでしまう。


『五位、二年機械、六位、三年電気』

「よしっ」

 北都は拳を握りしめた。ぎりぎり滑り込みで何とか決勝には残れたようだ。

『以上のクラスは、一時からのメドレーリレーに出場してください』

 メドレーリレーに出られるとなったら、残る問題は一つ。


「なあ、上田と長居と矢島、見なかった?」


 北都はクラスメイトに聞いて回った。

「見てないよ」

「誰か見てない?」

 だが誰も見てないと首を横に振る。まさか──


「あいつら、来てないのか」

 火狩に答えるより先に、北都は走り出した。


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