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こうせん!  作者: なつる
第3話  人はそれを本気とよぶ(5月:体育祭編)
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「えっ……賞金?」


 朝のHRで五嶋が発した言葉に、クラス全員が騒然となった。

「そう。体育祭で、お前らが優勝したら賞金出してやるよ。一人五千円」

「五千円!」

 ずいぶんとまた思い切ったことをする。手を貸してくれると言っても、五嶋のことだからロクなことはしないとは思っていたが、まさかこんな飛び道具を出してくるとは。


「しょぼい気もするけど……」

「ないよりはマシか」

「お前らね……全員分だと十五万になるんだよ」


 まったく、そんな大金があの風体のどこから出てくるのだろう。相変わらず不思議な男だ。

 北都たちのお年頃にとっての五千円は大金ではないが、決して小さい額でもない。放課後のバイトなら二日分くらいにはなる。ブツクサ言ったところで、みんな欲しいに決まっているだろう。


「ただし条件がある。クラス全員が競技に参加することだ」

 五嶋の出した条件に、クラス中がまたざわめいた。


「全員……ですか」

「そう。じゃないと不公平でしょ?」

 確かに、五嶋の言うことには一理ある。

「金が欲しかったら、みんなで力を合わせろって事だよ」


 クラスメイトを見渡すと、俄然やる気に満ちてきた顔のヤツもいれば、そうでないヤツもいた。主に帰宅部の、どちらかといえば運動が苦手そうなタイプの奴らだ。

 ご褒美は用意してもらったものの、全員が納得する形で参加させるのは一筋縄ではいかないかもしれない。とりあえず五嶋には感謝しながらも、体育祭に向けて頭の痛い思いをしそうだなと、北都はため息をついた。




    ◇




「五嶋先生……今年の一番人気は?」

 五嶋の部屋にて、中年男が神妙な面持ちで何やら話しかけている。諏訪の記憶が正しければ、この男は建築科の高橋教授だ。


「三Mですかね。ついで四M、四Eってところです」

「では、三Mに」

 そう言って、高橋教授は五嶋に一万円札を差し出した。

「お預かりいたします」

 五嶋が札を押しいただくと、高橋教授はそそくさと部屋を出て行った。


「……こんなことだろうとは思ってましたがね」

 高橋教授を見送った諏訪が大きくため息をつくと、五嶋は金を引き出しにしまいながら笑った。

「まあいいじゃない。先生方も刺激に飢えてんだよ。それにあいつらの賞金代も稼げるし」

「だからって……体育祭で賭博だなんて。違法行為もいいところですよ」


 体育祭の優勝はどのクラスか──五嶋は胴元となって、学校内の教職員相手に賭博行為を繰り広げていたのだ。しかも胴元としての取り分を、三Eに約束した賞金に充てるつもりらしい。

 書類を届けにきただけなのに、とんでもない場面に遭遇してしまったものだ。しかもこの感じ、今年が初めてというわけではなさそうだ。

「鯨井さんに知れたら、怒られますよ」

「お前がしゃべんなきゃバレないよ」

 この人のことだから今更と言う気もするし、あきれて誰かにしゃべる気にもなれない。


 書類を置いて帰ろうとすると、また新たな客が来た。

「お、永野さんいらっしゃい」

 ノックと同時に入ってきたのは、学生課の男性職員・永野だった。高橋と同じく、一瞬諏訪の姿を見てたじろいだが、これまた同類と思われたのだろう。すぐに五嶋に近づいてきた。

「五嶋ちゃーん、今年はどう? 穴党のオレにオススメなとこってない?」

 同年代で付き合いが長いのか、ずいぶんとなれなれしい。


「なら……三Eかな」


 聞いていた諏訪は吹き出しそうになった。

「三Eって、自分のクラスじゃない」

 永野の言うとおりだ。本命というならまだしも、自分のクラスを穴と言ってしまうとは。

 五嶋は永野に顔を近づけ、心もち声をひそめた。


「永野さんだけに教えるけど……今年は結構な秘密兵器があんのよ」

「秘密兵器? そりゃいいね。じゃ三Eに」

 永野は財布から二万円も出した。彼も相当な博徒らしい。

「勝たせてくれるんだろうね」

「八百長は一切ナシがウチのモットーですよ。でも、倍率からいってもいいとこだと思うよ」


 永野は五嶋に金を渡すと、上機嫌で帰っていった。

 帰るタイミングを逃してしまった諏訪だが、どうしても聞かずにはいられない。

「五嶋先生……秘密兵器って……なんですか?」

「教えなーい」

 そう言ってこちらを向いたいたずらっ子のような目は、やはり何かをたくらんでいる目だ。

 何かが犠牲になる予感──けど恐ろしくてそれ以上は聞けない。

「お前はどうする?」

 五嶋に聞かれ、諏訪は考えた。

 ここまで見聞きしてしまった以上は一蓮托生。賭け事はあまり好きではないが、乗らないのもなんかちょっとくやしい。

 覚悟を決めて、諏訪は自分の財布を取り出した。


「……じゃあ、僕も三Eで」

 財布から一万円札を出して渡した。五嶋が目を丸くする。


「お前も意外とギャンブラーだね」

「応援の意味をこめてですよ」

 これが本当に応援になるとは思わないが、担任がこんな調子なので、一人ぐらい本命扱いする人間がいたっていいではないか。

 そりゃあ──優勝してくれれば、財布にも優しいけど。




    ◇




 体育祭が一週間後に迫った頃、授業が終わった直後の時間を利用して、北都は黒板を背にして全員に声をかけた。


「誰がどの競技に出るのか、今のうちに割り振っておきたいんだけど」


 去年まではその場その場で出場する人間を決めていたが、今年はそういうわけには行かない。

 人員の効果的な配置については、北都がするより運動部の人間のほうがうまくできると考えたので、事前にバスケ部の船橋と陸上部の相馬そうまに話を通しておいた。全体での話し合いはその二人に任せて、北都は輪の外から全体を見渡すことにした。

 まず駅伝は十人。これは順位が点数に直結するので、普段から走りこんでいる運動部で決定。

 バスケとフットサルは五人ずつだが、それぞれバスケ部とサッカー部は一人までしか出場できない。交代要員も含めてそれぞれ八人、現役や経験者を中心に構成した。北都も経験者ということでバスケのチームに組み込まれた。

 綱引きと玉入れは二十名ずつ。駅伝もバスケもフットサルも苦手という者は、この二つに出てもらう。

 誰がどっちに出るのか、喧々囂々と議論が行われる中、北都はふと、視界の端でうごめく人影を捕らえた。コソコソと教室を出て行く三つの人影。


「……ちょっと待てコラ」


 北都はすぐさま廊下に出て呼び止めた。

 ギクリと振り返った三人。ずんぐりむっくりとした上田うえだ、ひょろひょろと背ばかりが高い長居ながい、ニキビ面の矢島やじま。そろいもそろって眼鏡をかけた、皆から【ヲタ三兄弟】と呼ばれている三人組だ。

 確か、この三人の名前はまだ上っていなかったはず……


「お前ら何帰ろうとしてんだよ」

 三人のうち、一番後ろにいた矢島が先に口を開いた。

「オレたちが出たって、負けるだけだろ?」

「そうそう。そういうのは得意な彼らに任せるであります」

「出たってことにしといてくれよ。金はいらないからさ。五千円なんてエロゲの一つも買えないもんなー」


 開き直った上田の言い草に、北都はカチンときた。

「そんなウソがあの五嶋先生に通用すると思ってんのかよ。つか、お前らの基準はエロゲか」

「だって、優勝できなかったら、オレらのせいになるじゃん!」


 長居が強い口調で言った。

 体育の授業でもいつも積極的には参加せず、隅っこに固まっておしゃべりに興じているような三人だ。運動がニガテなのは確かなのだろうが、北都としては優勝よりも全員に参加してもらうほうが重要だ。


「そんなこと、させねーよ。万が一、お前らのせいで負けたって、あたしが文句なんか言わせない」


 三人は虚をつかれたように驚いていた。

 だがそれでもヒソヒソと「だって」とか「でも」とか、否定的な言葉を口々につぶやいている。イライラして、北都は叫んでしまった。


「グダグダいってんじゃねぇ! もういい、わかった。お前ら、メドレーリレーの三人四脚な」

「ええっ」


 級長からの一方的な上意下達に、三人組は揃って非難の声を上げた。だが北都はその声も無視し、ギロリと上からにらみつけた。

「三人、仲はいいんだろ? 本番までに死ぬ気で練習してこい。待ってるからな」

「ひっ」

 北都のあまりの剣幕に、怯える三人。

 不安そうに互いの顔を見ながらも、三人は逃げるように帰っていった。


「……いいのか、あいつらに任せて」

 気がつくと、後ろのドア口に火狩が立っていた。全部聞いていたのか、あきれ顔だ。

「あの調子じゃ、バックレるかもしれないぞ」

「そん時は意地でも探し出して連れてくるよ」

「またそれかよ」


 またと言われても、今の北都にはそれしか方法が思いつかないのだからどうしようもない。

 しかし、これは皆が結束できるかもしれないせっかくの機会。クラスの雰囲気を変えることができる、またとないチャンスなのだ。

 どんな形であれ、どんな結果になるのであれ、全員に参加して欲しい。子どもっぽい考えかもしれないが、北都は強くそう思っていた。







 あっという間に一週間が経ち、体育祭本番の日がやってきた。

 新緑の季節にふさわしい、抜けるような晴天だ。

 女子寮では、皆日焼け対策に余念がない。女子は出場しない者も多いので、運動よりも応援に力が入ってそうな服装ばかりだ。

 それに対し、男子は見るからに気合が入っている。やはり男たるもの、スポーツで目立ってナンボ。体育祭というのは、男女共に自分をアピールできる絶好の機会なのかもしれない。


 一日目は午前に体育館でバスケ、メイングラウンドでフットサル、サブグラウンドで綱引きのそれぞれの予選、そして午後からは駅伝が行われる。

 グラウンドでの開会式を終え、体育館に行こうとした北都の前に、三Mの級長・周防が立ちはだかった。


「鯨井、お前が三Eの級長なんだってな」


 周防は、火狩の言葉を借りれば「中学では相当ヤンチャだった」という男だけあって、後ろに三Mの男たちを従えているその姿には風格すら感じられる。

「こりゃ、今年の優勝はもらったな」

 周防は後ろの男たちと一緒になって笑った。もちろん、これに怯むような北都ではない。

「あぁん? 去年、タッチの差で四位だったからって、偉そうに言うなよ。こっちだってな、去年までとは違うんだよ。今年はウチが優勝をもらう」

 北都と周防、真正面からのにらみ合い。視線がバチバチと音を立ててぶつかりあう。


「遊んでる場合かよ。バスケの試合始まるぞ」

 せっかくバトルマンガみたいに盛り上がっていたのに、火狩によって雰囲気をぶち壊された。襟首を掴まれて、引きずられる。


「せいぜい決勝まで上がってこいよ。メドレーリレーでブッちぎってやる」

 遠ざかる周防のケンカの売り文句に、北都は引きずられながらも答えた。


「てめーらこそ、負けて決勝に上がれないなんてことになったら、思いっきし笑ってやるからな。覚悟しとけ!」


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