真実の愛に夢見る幼馴染の婚約者選びに、なぜか付き合わされる令嬢の話。
なんでもあり。
「真実の愛は君だけなんだっ!」
幼馴染の女友達がババーンと両手を広げて、高らかにそう言ったので、苦笑いしか出ない。
「……今度は、どの小説?それとも劇の話?」
「って、実際に現実で起こったら素敵なのにな〜って」
「……馬鹿に見えるから、今すぐにやめた方がいいわよ」
はああ、と深いため息を吐いたけど、我が家の応接間だから許してほしい。
「ええっ、いいじゃないの!最近だって、王子殿下がそうやって婚約したじゃないの!」
たしかに、王家主催の夜会で大々的に発表されたばかりだ。
もちろん、浮気相手などにではない。
これ、本気で言っているのよね…?
もう、どこからツッコんだらいいのかしら。
「あれはパフォーマンスでしょ?」
「違うわよ!愛の表明よ!」
「って、隣国で派手に婚約破棄した馬鹿王子がいたから、我が国の若者も煽動されないように、正規の婚約者相手にわざわざそんなことをしたっていう、王子殿下の涙ぐましい努力を無駄にするのはどうかと思うわよ」
「ちょっと言っていることがわからないわ」
「ええ、あなたはいとも簡単に煽動される側の人間だってことが、よくわかったわ。友達付き合いは、選ばないとね。私としたことが迂闊だったわ」
「ひどく私が悪く言われているのだけは、わかったわ」
「あら、付き合いが長いだけあるわね」
「もう〜、少しは夢見ようよ〜〜〜!」
「そんなことしてたら、すぐ没落するわよ。本当にあなたのご両親は、胃が痛いでしょうね」
「また悪口だあ〜!」
わああっと言いながら、ソファーに突っ伏した。
これもいつもの奇行なので、今更驚いたりはしない。
幼馴染は貴族令嬢にしては、実に伸びやかに、元気よく育った。
これで勉強や実務は人よりできるのだから、事実は小説より奇なりの生き証人みたいな人だ。
私と違ってご実家の跡取りなのだから、もう少し落ち着いてくれたらいいのに、と幼馴染としては思う。
彼女らしさが死ぬと言われたら、それまでだが。
「それで、我が家に来た理由は、そんなどうでもいい話をしに来たわけじゃないんでしょう?」
「どうでもいいって言った〜!」
「本題に入ってよ」
はあ、ともう一つため息をついてから、紅茶を飲むことにした。
幼馴染に付き合っていたら、喉も渇くというものである。
「……した」
「ん、何?ごめん、聞こえなかったわ」
「…明日、とっても大事な日なのっ!」
「…続けて」
「だから、あなたにも立会人っていうか、一緒にいてほしいっていうか」
長年の付き合いにより嫌な予感しかしないが、話を聞くしかない。
「何が大事なのかも知らずに頷けないでしょう?」
「明日…、婚約者候補の方とお会いするの」
「どう考えても、私が同席していい案件じゃないわよねっ!?」
「だってえ、心配なんだもん!私のところに婿入りするってことよ!?どうやって決めたらいいの!?」
びえええんと泣きついてくる幼馴染を、引き剥がしてもいいだろうか。
「人柄で決めたらいいじゃないの。家柄やその他諸々は、おうちの方が調査済みでしょう?それで会うってところまで来ているんだろうから、何も迷うことないじゃないの」
「そうなの!お父様が私の好きにしたらいいってえぇ!」
「なおさら、いいじゃないの。娘の意見を尊重してくれる家がどれだけあると思っているのよ」
「そうなのおお、お父様私に甘いのおおぉ…」
「自覚あったのね」
グリグリくっついてこないでほしい、ドレスが涙で濡れるわ…。
それにしても、何が嫌というのだろう。
いい条件の話にしか、聞こえないのだが。
「何をそんなに心配しているのよ?」
「……私、真実の愛がほしいじゃない?」
「なに、そこ確定だったの…?」
「……かなり高望みだし、そもそも私って令嬢らしくないじゃない?」
「ええ、否定はできないわね」
「それなのに、相手が私と結婚生活を一緒育んでくれるのかなって」
「それ、は…」
「結婚だって、領地経営のようなものなのに、私は誰かとそういうふうになれるのかしら……」
こういうところが憎めないところであり、彼女の一番いいところと言ってもいい。
「結婚がうまくいかなくても、愚痴くらいは聞いてあげるわよ。ついでに私の愚痴も聞いてほしいわ」
「そんなのやだよ!始まる前から、うまくいかない方向を考えるなんて!」
「今、あなたが言ったんじゃないの」
「だから、明日一緒にいて!それで、一緒に見極めてほしいのっ!!」
「無理無理無理。いくら幼馴染だからって、人様のお家のことに首突っ込んでいけないわよ」
「お願いっ!一生のお願い!」
彼女のご両親が甘いように、また私も彼女に甘い自覚があって……。
「はーーーーーーーーー。なんで、私来てるんだろう…」
私は額を抑えながら、婚約者候補の方よりも早く、幼馴染の家に来ていた。
すっかり顔色のいい幼馴染に満面の笑みで迎えられた。
「ありがとう!大好き!持つべきものは友達!」
「私、今日はあなたの侍女のフリをして部屋に立っているから、話しかけてこないでね」
「ええええっ、そんなあ!?」
「いるだけでも、相当な譲歩でしょ!?」
「どうやってアドバイスもらったらいいのよお〜〜!!」
「自分の直感でも信じなさい」
「わあ〜〜〜ん」
いつも通り、ぎゃあぎゃあ言い合ったあと、幼馴染は借りてきた猫のように大人しくなった。
応接間に通された青年は、特段美青年というわけでもなければ、屈強な男というわけでもない、普通の青年だった。
好みは分かれそうだが、派手さが好みの人には物足りないだろうし、身分の高い人からは眼中に入らなそうといった感じの、無遠慮に言うのなら、私や彼女の身分によく合う感じの人だった。
「今日はお会いできて嬉しく思います。よろしくお願いします」
「…はい、いえ、…こちらこそ」
さっきまで私に泣いて縋っていた彼女と同一人物と思えないくらい、縮こまっている。
緊張しすぎではなくて…?大丈夫かしら。
「今回このような場を設けていただいてありがとうございます」
「いえ…、一度お会いしてお話ししなければと思っておりましたので…」
外ではちゃんとできるのだから、感心してしまう。
ここは家の中だけど。
「何か婚約や結婚にあたり、僕個人に求められているものはございますか?」
「求めるもの、でしょうか?」
「はい。できる限り、あなた様の要望に応えられるように努力したいと思っております」
「そうなのですか…?」
「婿に入れていただけるのかもしれないのですから、それくらい当然です」
幼馴染はぽーっと目の前の婚約者候補を見ていた。
な、なんかこの男、胡散臭くない…?
白々しいっていうか、芯が見えないっていうか。
婿になるためにゴマすっているというか、いや、それは正しい姿勢なのだけれど。
こう、都合のいいようなことを言って、あとで手のひら返しにして威張り腐るタイプに見えて、しょうがないんだけど。
ええ…、私が疑いすぎかしら。
一緒に見極めてなんて言われたものだから、どうも味方が歪んできているようにも感じる。
いや、今日は見守るだけ、見守るだけ…。
「真実の愛は、存在していると思われますか?」
あっ、被っていた猫が逃げた。
「…真実の愛、ですか?」
婚約者候補の方は、硬かった表情から戸惑っている表情へと変わっていった。
それに関しては、すごくよく見えた。
ようやく、人間らしさがかい見えた気がしたからだ。
案外、向こう様も緊張されているだけかもね。
「そうですね、それ自体がどのようなものかは把握できていないのですが、この前の夜会で王子殿下がお披露目になったもののようなこと、ですよね?」
「そう、なり、ますね」
歯切れの悪い言い方に、相手はますます戸惑っていく。
幼馴染からしたらあれはパフォーマンスではなく、本物の愛だと思いたいのだろう、それで言いにくそうにしているはず。
だが、
一般的に見れば、あれは紛れもなくパフォーマンスであり、『真実の愛とは?』となってもしょうがない気がする。
それこそ、小説や劇の中ではないのだから。
「真実の愛かはわかりませんが、愛はこの世に存在していると思いますよ。それこそ、男女の関係だけでなく、家族や友人や、自領の領民など、いくつもの形が存在していると考えます」
「そうですね、私もそれはそう思います」
「それでいて、真実の愛というものもあるとしたら、それは今すぐわかるものではないのではないでしょうか?」
凛とした声に、私も幼馴染も惹きつけられるようだった。
何かが、動いた気がする。
少なくとも、私の彼への印象が変わっていく。
「これが真実の愛だったとわかるのは、何年も経って、『ああ、これがそうだったのか』と気づくようなものな気がします」
「……あとから、気づく、ということですか」
「はい。それこそ、死ぬ時にわかるのかもしれません。自分にとって、真実の愛はこれだったと気づけるのかもしれません」
茶化すこともなければ、訝しむわけでもなく、しっかりと答える婚約者候補に好感を覚えていく。
それは、幼馴染もそうだったみたいだ。
「それはとても面白い解釈ですね。素敵です」
すっかりいつもの顔に戻った幼馴染は、気が緩んで、ふにゃあと微笑んでいた。
それは家族や私みたいに親しい人間しか知らないから、お相手がびっくりして固まってしまった。
なんなら、今ので惚れられた可能性がある。
気が緩んだ時に笑う彼女の顔は、庇護欲をそそられる幼い少女のような可愛らしさがあるからだ。
「私、真実の愛が羨ましいと思っていたのです。でも、それがどんな形なのかまでは、はっきり決めきれていなかったので、今のお話はとても素敵でした」
「それは、よかった、です」
今度は婚約者候補の方が、歯切れ悪くなったので、たぶん惚れたんだろう。
令嬢らしからぬ言動以外は、誰に求められてもおかしくない令嬢なのだし。
「私、あなたともっとお話ししてみたいのですが、婚約という形でもよろしいでしょうか?」
「もちろんっ…!僕の方は願ったり叶ったりです」
「ふふふ、ありがとうございます。真実の愛、死ぬまでにわかったらいいなと思います」
幼馴染がそう言うと、お相手は一瞬困ったような顔をしたあと、おずおずと手を差し出した。
緊張感が伝わってくるようで、私の方がゴクリと喉を鳴らしてしまった。
「えっと、では、僕と真実の愛になるように、生涯を一緒に歩んでくださいませんか?」
「…っ! ええ、ぜひ、ぜひ…!お願いいたしますわっ」
この人、いい方だわ。
決まりよ、決まり!
疑ってごめんなさい、彼女に対してそんな返しができるなんて、とてもお任せできます。
これから私の分まで、どうぞ奇行を受け止めて差し上げてくださいませ!
……それにしても起きちゃったわよ、別バージョンの『真実の愛は君だけなんだっ!』。
やっぱり、事実は小説より奇なりだわ…。
これだから、彼女の近くにいるのはやめられないのよね。
幼馴染の婚約者も決まったことだし、よかったよかった。
了
お読みくださりありがとうございました!!
237日目。




