一年で一番嫌いな日
一年365日。
12ヶ月に分けられた、いわゆる太陽暦。
これは、人類の発展に著しく寄与した発明に他ならないだろう。
この暦という概念は、様々な新たなる概念を生み、それらは経済の発展などにも多大に貢献しているのだ。
例えば、祝日や記念日などがそれにあたるだろう。
日にちに意味を持たせ、それに因んだ催し事を行うのだ。
それは、この日本においても、民俗文化として伝統的なものもあれば、輸入されてきているようなものも存在する。
近年輸入されたものとして代表的なのは、クリスマスやバレンタインデー、ハロウィンなどが挙げらるだろう。
輸入元での本来の意味合いとは異なろうとも、他国の神事ですらイベントととして定着しているのだ。
宗教観など、ところかわれば戦争の火種になりうる重大事項だ。
そんな重大事がすんなり受け容れられた理由としては、日本人の民族性、そして文化感覚が関わってくる。
日本は宗教という概念が発生し浸透した頃より、多神教国家として発展を遂げてきた。
それは現存する神話にも見て取れる。
その後の歴史的資料にも、宗教の輸入という政治戦略が幾度となく取られてきた記録がある。
結果的に日本人に於いては、全ての神様はありがたいものだという認識が次第に出来上がっていくこととなった。
催事、つまりお祭りごとを好む国民性になったのも、この辺りの事実が大きく影響しているのだろう。
かくして現代日本。
国家をあげて、企業も社畜も学生も、一年通じて記念日を利用し、経済を回しているのだ。
とはいえ、そんな日本人でも、祝日や休日、イベント事を張り切って全力で楽しむパリピばかりではない。
もちろん少数派にはなるが、拗らせ捻くれてしまい、楽しむ余地のない者たちも一定数いる。
かくいうオレもその内の一人だ。
オレには、一年で一番嫌いな日がある。
それは、"誕生日"だ。
誕生日を祝うという概念を創り出した奴を、一時間土下座させ、二時間正座させ、三時間説教したい。いや、暴言を吐き散らかしたい。
何故そんな概念を創り出しやがったのか。全くもって理解不能だ。
そもそも日本は、古来誕生日という概念がなかったというのに。
年始に一律一歳増えるという、なんとも平等極まりないシステムを採用していた江戸時代は、終焉を迎えて100年をとっくに経過したんだよなぁ……。
くそぅ。オレだけそのシステムに取り残されてやがる。
と、いうのも。
オレの誕生日は、12月31日。
そう、坊主も走る師走の末日、一年の最終日、年の暮れ、大晦日なのだ。
こんな日に生を受けたもんだから、ろくな思い出がなかったりする。
その、ろくでもない思い出話は割愛するとして……。
とにかく12月は、かの有名なクリスマスがある。オレの敵だ。
そして、大晦日といえば、年始を迎える為の日として、古から大掃除なんかをする慣習があるのだ。
なんでも、一年の穢れを落とすんだと。
そして、煩悩退散除夜の鐘やら、ハッピーニューイヤーカウントダウンだ。
オレの誕生日は、穢れとともに掃き捨てられ、鐘を打ち鳴らされながら花火とともに消えていくのだ。
毎年毎年嫌になる。
世界中から弾かれて捨てられて忘れ去られたような気分だ。
年末年始なんて、無くなってしまえばいいんだ。
幼い頃から、そんな風に思ってた。
そして、生きてる限りは毎年やってくる、一年で一番嫌いな日。
遂に今年も……来てしまった。
「はぁ……」
その日仕事を終えたのは、いわゆる午前様だった。
そりゃ溜息くらい出るというもの。
朝も早よから16時間労働。新年に向けての御節作りだ。
この商品。生鮮とまではいかないが、元来の御節料理ほど日持ちを考えたものではなく、高級感と味を追求したタイプなのだ。
だから、調理製造は29日と30日に集中して行う必要があり、毎年この二日間は必ずこうなる。
御節料理は近年、家庭で作る事が減り、デパートやスーパーなど、食品を取り扱う店舗で販売することが増えた。
なんならネット注文すらある。
"スカスカ御節"なんてニュースにも登場するくらいには、御節は買うものとして世間的に浸透してきているように思う。
そもそも御節料理は、年始三が日は必ずどの店も閉まるということから、保存の効く料理として、更には縁起物、験担ぎの意味合いを込めて開発された料理だ。
今の時代に自作する必要性はあまりないだろうな。面倒臭いことは、お金で解決出来るならすればいいんだ。
残念ながら、オレは安い給料で使われるだけの人間だから、そんなことは出来ないけど。
くだらないことばかり考えながら、駐車場まで歩く。
なんといっても、好きでもない楽しくもない仕事中に、一年で一番嫌いな日を迎えたのだ。
すっかり気分は滅入っている。もはや病んでるかも知れない。
ふと見上げれば、白い粉が空から落ちてきている。
頬に当たると冷たい。雪だな。粉による幻覚でなければ。
これ、クリスマスだったら、カップルは喜ぶのかね。知らんけど。
路地を歩き、駐車場に到着。さっさと帰路に着こうと、車に乗り込み、エンジンに火を入れる。
当然、車中は冷えきっている。
だが、オレの胸中と違って、時間が経てば暖まるのだ。エアコンがあるからな。
パーキングブレーキを解除し、ギアをドライブに入れる。
ちらりと目を向ければ、ナビの時計は既に1時4分。
帰宅までは、この時間帯なら30分というところだ。
これ以上遅くなると、雪も強くなるかもだし、路面も凍るかも知れない。
誰が待っているわけでもないけど、早く帰るか――
分不相応なファミリーカーを、暗澹とした道を走らせる。
正に人生そのものと自嘲したくなる。
この地方都市では、自家用車は必須。交通の便の悪さは、年間経費の上乗せを余儀なくされるのだ。
更には、乗っている車で価値を左右される側面もある。もちろん男としての、だ。
え? ファミリーなんぞ居ませんけど? なにか? という感じで、車選びをするのだ。
この車も、安月給で乗るタイプの車じゃない。つい魔が差したという感じだ。
ワンボックスの広々空間は快適だと思っていた時期が私にもありました。というやつだな。
でも実際乗ってみると、確かにウインタースポーツをしに行った時は便利だった。荷物がたくさん入るからな。
だが、7人乗りに、3人までしか乗せたことがないのは、なんででしょうね。
格好ばかりの無用の長物と成り果てつつある愛車は、持ち主とは違い、今日も快調である。
大きめの河を渡した橋は、結構な登り坂だが、流石は買ったばかりのスタッドレス。しっかりと路面を掴んで――
「ん?」
橋を登りきり、河上の路肩停車帯。
微妙な灯りに照らされて、闇から浮かび上がる何か。
人? に見える気が。
……こんな時間に?
付近に車が止まっている様子もない。
「は?! マジか?!」
次の瞬間、その人影は欄干に身を乗り出した。
オレは、慌てて急ブレーキを踏んだ。
だが、相手は橋の上の凍り付いた路面。ぐるぐると回る視界が、スローモーションに見えたのは、朧気な記憶。
その後は……どうなったんだろうな。
暗い……闇の中……遠く……音が聞こえた気はした。それくらいしか分からない。
ただひとつ言えることは……
オレの一年で一番嫌いな日は、揺るぎない……ということだ。