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非正規司書の俺が、規格外の【目録作成】スキルで世界最強の偽造師(フォージャー)と呼ばれるまで

全ては、あの日に閉架書庫で見つけた一冊の『本』――いいや、一冊の『本』の形をしたダンジョンへの入り口から始まった。



「佐藤くん、この返却図書、棚に戻しておいて。あと、こっちの予約本も探しといてくれる?」

「……はい、分かりました」


パートの主婦である鈴木さんから投げられた指示に、俺、佐藤健太さとうけんた、28歳は曖昧に頷いた。

公立図書館の非正規職員。それが俺の社会的地位だ。手取りは月15万にも満たず、実家暮らしで何とか生活している。大学を出てから正社員の道を掴み損ね、気づけばこんな年齢になっていた。


やりがい? そんなものはない。ただ、決められたルールに従って本を分類し、配架する。その機械的な作業だけが、唯一、俺の性に合っていた。世界は混沌としているが、図書館の中だけはデューイ十進分類法という絶対の秩序に支配されている。それが心地よかった。


その日も残業だった。正規職員が帰った後、閉架書庫の整理を一人で任されていた。ひんやりとした空気と、古い紙の匂いが満ちる静寂の世界。ここが俺の聖域であり、同時に牢獄でもあった。


「……ん?」


一番奥の、何年も誰も触っていないであろう古びた郷土史の棚。その裏に、何かがある。普段なら見過ごすはずの違和感。だがその日は、何故か無性に気になった。重い本棚を力任せにずらすと、そこには壁と同じ材質でできた、取っ手も何もない一枚の扉が埋め込まれていた。


設計図にもない謎の扉。

好奇心が、いつもは臆病な俺の背中を押した。扉にそっと手を触れる。すると、扉はまるでそこにはないかのように、俺の手をスッと呑み込んだ。


「うわっ!?」


驚いて手を引こうとしたが、逆に強い力で引きずり込まれる。視界がぐにゃりと歪み、平衡感覚が消え失せる。

次の瞬間、俺は立っていた。

さっきまでの閉架書庫ではない。石造りの壁と天井、そして松明の淡い光に照らされた、明らかにファンタジーな空間に。


そして、目の前に半透明のウィンドウが浮かび上がった。ゲームでよく見る、アレだ。


《ようこそ、未知なるダンジョンへ》`

《あなたは覚醒しました》`


-----------------------------

名前:佐藤サトウ 健太ケンタ

年齢:28

職業:司書

レベル:1

HP:80/80

MP:120/120


スキル:

目録作成カタログ・クリエイト

-----------------------------


「……マジか」


10年前に世界各地に突如出現したダンジョン。そして、ごく一部の人類に発現した超常の力を持つ『覚醒者』。

テレビの向こう側の話だと思っていた非日常が、今、俺の目の前にあった。20代後半での覚身は極めて稀だと聞く。なぜ、しがない非正規司書の俺が?


混乱する頭でスキル欄を凝視する。【目録作成】。

いかにも司書らしいスキル名だが、あまりにも地味すぎやしないか。剣術だの魔法だの、そういう分かりやすい強さとは無縁そうだ。


`キシャァァッ!`


思考は、甲高い鳴き声によって中断された。通路の奥から現れたのは、緑色の肌をした小鬼――ゴブリンだ。ただし、その手には粗末な棍棒ではなく、分厚いハードカバーの本が握られている。


「ひっ……!」


腰が抜けて、その場にへたり込む。死ぬ。覚醒初日にゴブリンに殺される、最弱の覚醒者としてニュースにすらならずに死ぬんだ。

恐怖に支配された俺は、しかし、無意識にゴブリンを観察していた。長年の司書としての癖だったのかもしれない。分類し、理解しようとする本能。


その瞬間、スキルが勝手に発動した。


《スキル【目録作成】を発動。対象の情報を記録します》


脳内に、直接情報が流れ込んでくる。


-----------------------------

名称:ライブラリ・ゴブリン

種族:亜人種

特徴:音に敏感。知性は低いが、本のインクの味を好んで食す。視覚はあまり良くない。

弱点:強い光。大きな音。

ドロップ:魔石(小)、ゴブリンの古本

-----------------------------


弱点、強い光……。

俺は震える手でポケットからスマホを取り出し、渾身の力でライト機能をオンにした。最大光量のLEDが、薄暗いダンジョン内で強烈な閃光を放つ。


`ギィィッ!?`


ゴブリンが目をおさえて怯んだ。その隙を、俺は見逃さなかった。恐怖を振り払うように立ち上がり、近くにあった本棚 なぜかここにもあるから一番分厚い『世界大百科事典』を掴み、ゴブリンの頭部に思い切り振り下ろした。


ゴッ!という鈍い音。ゴブリンは白目を剥いて倒れ、やがて光の粒子となって消えた。後には、小さな青い石と汚れた本が残されている。

俺は、ぜえぜえと肩で息をしながら、その場にへたり込んだ。


「……やったのか、俺が」


ステータスを見ると、レベルが2に上がっていた。

命からがらダンジョンから脱出し、見慣れた閉架書庫に戻った俺は、もはや以前の俺ではなかった。

退屈で、無価値だと思っていた俺の人生に、『ダンジョン』という名の新しい本棚が追加された瞬間だった。



あの日以来、俺の世界は一変した。

仕事が終わると、俺は閉架書庫の奥にある秘密の扉を通り、ダンジョン――俺が勝手に『アルカトラズ図書館』と名付けた――に潜るようになった。


【目録作成】は、戦闘には直接役立たない。だが、最高の攻略本だった。モンスターの弱点、罠の配置、隠し通路の場所。視認しさえすれば、あらゆる情報が俺だけのデータベースに蓄積されていく。

俺は強力なLEDライトと、ホームセンターで買った金属バットを手に、ゴブリンを狩り、スライムを叩き、着実にレベルを上げていった。


そして、探索を始めて一週間が経った頃、俺は一つの宝箱からアイテムを手に入れた。


《下級回復ポーションを手に入れた》


ガラスの小瓶に入った、赤い液体。覚醒者向けの通販サイトで見たことがある。一本三万円はする高級品だ。

俺はこれを、いつものように【目録作成】で記録した。


-----------------------------

名称:下級回復ポーション

種別:消費アイテム

効果:HPを少量回復する。

主成分:ラズベリー、精製水、微量の魔力

構造情報:記録完了

-----------------------------


その日はそれで満足して家に帰った。自室のベッドに寝転がり、今日の成果を脳内目録で確認していると、あることに気づいた。

ポーションの項目に、見慣れないサブコマンドが表示されている。


【構造再現】


「……構造再現?」


好奇心に駆られて、そのコマンドを意識してみる。すると、新たなウィンドウが開いた。


《【構造再現】を発動します。対象:下級回復ポーション》

《代替可能な素材をスキャンします……》

《推奨素材:水、ミントの葉、砂糖少々》

《実行しますか? Y/N》


「は?」


代替可能な素材? 水道水と、ベランダで母親が育てているミントでいいのか?

半信半疑のまま、俺はキッチンへ向かった。グラスに水道水を注ぎ、ミントの葉を一枚ちぎって浮かべる。そして、祈るようにコマンドの実行を念じた。


すると、どうだろう。

グラスの中の水が、ふつふつと淡い光を放ち始めた。ミントの葉は溶けて消え、ただの水道水が、見る見るうちに鮮やかな赤い液体へと変わっていく。

数秒後、光が収まったそこには、ダンジョンで手に入れたものと寸分違わぬ『下級回復ポーション』があった。


ゴクリと喉が鳴る。

俺は震える手でそれを飲み干した。ほんのりミントが香る甘い液体が喉を通り過ぎると、体がじんわりと温かくなり、日々の疲れが霧散していくのを感じた。


「……とんでもない、スキルだ」


これは、ただの記録スキルじゃない。

錬金術だ。いや、オリジナルのレシピすら無視し、手近な素材で全く同じ効果を持つモノを『偽造』する力。

俺のスキル【目録作成】の真価は、そこにあった。


俺の人生の歯車が、この瞬間、凄まじい勢いで回転を始めた。

俺は非正規の仕事を速攻で辞めた。裏の覚醒者向けサイトにアカウントを作り、「自家製ポーション」と称して偽造したポーションを売りさばいた。相場の半額でも、原価はほぼゼロ。瞬く間に大金が転がり込んできた。

安アパートを引き払い、タワーマンションに引っ越した。もう、金に困る生活とはおさらばだ。


だが、好事魔多し。

俺の「規格外の安さと性能を誇るポーション」は、当然のように、ある組織の目に留まることになった。

政府の対ダンジョン組織――ダンジョン庁だ。



その日、俺はタワマンのラウンジで、一人の女性と向き合っていた。

スーツを完璧に着こなした、氷のように怜悧な美女。彼女は手帳をテーブルに置くと、自己紹介を始めた。


「はじめまして、佐藤健太さん。わたくしは内閣府ダンジョン管理庁、監視課の橘凛たちばなりんと申します」

「……どうも」


心臓が早鐘を打つ。ついに来たか。

橘と名乗る女性は、単刀直入に切り込んできた。

「あなたの販売しているポーションについてお伺いしたい。あの品質と価格は、常識から逸脱しています。一体、どうやって製造しているのですか? あなたのスキルは何です?」


「さあ……企業秘密、とでも言っておきましょうか。偶然、ダンジョンで特殊なレシピを拾っただけですよ」

俺は用意していた嘘で応じる。スキルのことは絶対に明かせない。


橘は表情一つ変えず、俺の目をじっと見つめてくる。

「レシピ、ですか。我々の分析では、あなたのポーションは既存のどの製法にも当てはまりませんでした。まるで……無から有を生み出したかのような、不可能な製法です」


図星だった。だが、ここでボロを出すわけにはいかない。

沈黙が続く。先に折れたのは橘の方だった。


「……分かりました。これ以上は詮索しません。その代わり、あなたに一つ、取引を持ちかけたい」

「取引?」

「ええ。我々と協力していただきたいのです」


彼女が語った内容は、こうだ。

俺がいつも潜っているダンジョン『アルカトラズ図書館』。その中層のボスが、ごく稀に『賢者の頁岩けいがん』という特殊なアイテムをドロップするらしい。

それはあらゆる解析を拒む謎の物質で、ダンジョン庁はその構造を喉から手が出るほど知りたいのだという。


「あなたのスキルが何であれ、それが『対象を深く理解する』類のものであることは想像がつきます。その力で、『賢者の頁岩』を解析していただきたい」

「俺に、ボスを倒せと?」

「いえ、討伐は我々のチームが行います。あなたは、我々と共に中層まで来て、ボスが倒された後にドロップ品を『解析』するだけでいい。もちろん、危険は伴いますが」


報酬は、俺のポーション販売を公式に黙認し、ダンジョン庁の保護下に置くという破格の条件だった。

それは、俺の裏稼業に公的なお墨付きを与えることを意味する。リスクは高い。だが、リターンも計り知れない。何より、俺は自分のスキルの限界を試してみたかった。


「……分かりました。その話、乗りましょう」

俺の返事を聞くと、橘は初めて、ほんの少しだけ口元を緩めた。



数日後、俺はダンジョン庁の精鋭チームと共に、『アルカトラズ図書館』の入り口――閉架書庫の奥の扉の前に立っていた。

リーダーである橘を筆頭に、屈強なタンク役の男、俊敏そうなアタッカーの男女、そして後衛のヒーラー。全員が一流の覚醒者だ。場違い感は半端じゃない。


「佐藤さん、絶対に我々から離れないでください」

「わ、分かってます」


橘の鋭い視線に頷き、俺たちはダンジョンの中層へと足を踏み入れた。

上層とは比較にならないほど、モンスターは強く、数も多い。だが、チームは完璧な連携で敵をいなしていく。俺の出番はない。

……いや、あった。


「右の通路、罠があります。床の色が僅かに違う。不可視のワイヤーが張ってあるはずです」

「次の部屋、アウルベアが潜んでいます。音を立てずにやり過ごしましょう。弱点は……」


俺の【目録作成】で得た情報が、チームの進軍を劇的にスムーズにした。初めは訝しげだったメンバーたちも、俺の的確なナビゲーションに次第に信頼を寄せるようになっていく。

橘も、驚いたようにこちらを見ていた。


そして、ついに俺たちは最奥の巨大なホールにたどり着いた。

そこにいたのは、何万冊もの本が寄り集まって形成された、高さ10メートルはあろうかという巨大なゴーレム。中層ボス、『ブック・ゴーレム』だ。


「総員、戦闘準備!」


橘の号令と共に、激しい戦いが始まった。

タンクがゴーレムの注意を引きつけ、アタッカーがその巨体を斬りつけ、魔法が炸裂する。

だが、ブック・ゴーレムはあまりにも強大だった。自己修復能力があるのか、ダメージを与えてもすぐに周囲の本を取り込んで再生してしまう。戦いは膠着し、次第にチームは疲弊していく。


「くっ……回復が追いつかない!」

ヒーラーの悲鳴が響く。


俺は後方で、ただ固唾を飲んで見守ることしかできなかった。

無力感に苛まれながら、俺は必死に戦況を目に焼き付けていた。橘が放つ、氷の槍。アタッカーが繰り出す、音速の剣技。その全てを、無意識に【目録作成】で記録していた。

もしかしたら、何かヒントがあるかもしれない。そんな藁にもすがる思いで。


その時だった。

アタッカーの一人が、渾身の力を込めたスキルを放った。


「喰らえ!奥義――『断空閃だんくうせん』!」


空を断つほどの、まばゆい一閃。それはゴーレムのコアらしき部分に直撃し、大きな亀裂を入れた。

だが、反動でアタッカーは吹き飛ばされ、戦闘不能に陥る。


俺はその一撃を、確かに『記録』した。

脳内の目録に、新たな項目が追加される。


-----------------------------

名称:スキル『断空閃』

種別:現象

効果:魔力を刃状に変換し、高速で射出する。

現象情報:記録完了

-----------------------------


そして、その項目にも、あのコマンドが灯っていた。


現象再現スキル・リプレイ


MPの大半を消費する、という警告文が見える。だが、迷いはなかった。

俺は叫んだ。


「橘さん! 俺が隙を作る! そこを狙ってくれ!」

「佐藤さん!? あなた、何を――」


橘の制止を聞かず、俺は前に出た。金属バットを構え、大きく息を吸う。

そして、スキルを発動した。


「――【現象再現】!」


俺の右腕に、膨大な魔力が集束する。体が軋むほどのエネルギー。金属バットが触媒となり、まばゆい光の刃を形成していく。

それは、先ほどのアタッカーが放ったものと全く同じ、いや、それ以上の輝きを放っていた。


「断空閃ッ!!」


俺が放った光の刃は、ブック・ゴーレムの亀裂が入ったコアに、寸分の狂いもなく吸い込まれていった。

`ゴゴゴゴゴ……!`

ゴーレムの動きが止まる。その巨体を構成していた本が、一冊、また一冊と崩れ落ちていく。

やがて、轟音と共にブック・ゴーレムは完全に崩壊し、後には静寂と、キラキラと輝く一つの石板だけが残されていた。


『賢者の頁岩』だ。


俺はMP切れで膝をつきながらも、すぐにそれを【目録作成】で記録した。

チームの誰もが、呆然と俺を見ていた。特に橘は、信じられないものを見る目で俺を凝視している。


「……あなた、一体何者なの?」


その問いに、俺は不敵に笑って見せた。もう、卑屈な非正規司書の俺はどこにもいない。


「ただの司書ですよ。世界中のあらゆる情報を分類し、記録し、そして……必要とあらば『再現』する」


ダンジョンから帰還した俺を待っていたのは、莫大な報酬と、ダンジョン庁との強固な協力関係、そして畏敬を込めて呼ばれる新たな異名だった。

誰が呼んだか、『偽造師フォージャー』と。


図書館の片隅で埃を被っていた俺の人生は、一冊の『本』……いや、俺だけの『目録』によって、ようやく貸し出し中の人気作になったのかもしれない。

そしてこの物語は、まだ序章に過ぎないのだ。

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図書館の非正規職員だった佐藤がダンジョンと目録作成スキルで人生を大きく変えていく物語に私も一気に引きこまれました。地味だと思われたスキルがまさかポーションの構造再現やスキルの現象再現に繋がるとは驚きの…
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