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十三の陸と一つの海 ~竜脈争奪戦を終わらせた英雄たちの旅について~  作者: 十方歩
第一章 第一大陸編 上・小勇者の旅立ち
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リアネスの旅立ち - 飛竜の巣 -

 寝床にした暗がりは、大樹の真下の土が掘り出されて作られた空間であった。前夜の暗闇では何一つ認識できなかったが、こうして今では全てが克明に見える。


 そう、日が昇っているのだ。


(どうしよう、ぐっすり寝てしまった)


 目を開き、視線を方々にやって数拍。慌てて寝床を飛び出したリアネスは、太陽の高度を確かめる。まだ、夜明けからそう経っていない。


「行くだけ、行ってみよう。」


 マイキーに言いつけられた日の出には間に合わなかったが、森を抜けて、北方のジェクマス城塞を目指そう。幸いにも十分な休息を取れたので、足も軽い。

 一刻ほど歩くと、西の方、森の奥から流れ出てくる小川にぶつかった。持っていた飲み水はとうに尽き、喉はカラカラだ。


「マイキーおじさんは、上手くやっているかしら。」


 四方が囲まれている岩陰に入って一息つくと、左手の親指から掌に掛けて引かれた赤い線が鈍く痛んだ。リアネスは目を瞑って味わうように痛みの脈動を聞いていたが、意を決して両手を水へと差し入れた。


(んっ!?)


 激痛が走り、反射的に尻餅をついて水面から手を引き抜く。一拍遅れて脳内に入り込んで来たのは、鮮明な視覚情報であった。


(マイキーおじさん!?)


 降り注ぐ岩に、大口を開け牙を剥きだしにする巨大な熊。それらを避け、掻い潜り、水中を進んでいく見慣れた筋肉質の背中。その映像はまるで、傷口から腕を伝って眼球に叩きこまれたかのようだ。


「今のは、きっとこの川のどこかだわ。しかも多分、そう遠くない。」


 エマーヴァの鱗が、それを持ったマイキーが、この川の水を伝った先にいる。自分の直感を確かめるため、リアネスはもう一度手を水面に差し入れようと身を屈めた。


 だが、その時。


「おい、気を付けろ!」


 川の対岸、北側から、岩が転がり落ちるような音と同時に怒声が鳴り響いた。慎重に岩陰から片目を出してみると、崖上に三騎、川面を見下ろしている者たちが見える。その腕に巻かれた白い腕章に、リアネスは見覚えがあった。


(無謬の使者…追手だわ!)


 慌てて視線を切って、岩陰に戻る。やはり、夜のうちに森を抜ける必要があったのだ。


 そのまま息をひそめていると、時折聞こえるガラガラという岩の落ちる音が、徐々に下流側へ移動していくのが判った。即、岩陰を飛び出して、対岸へ駆ける。追手の所在を一方的に掴んでいるこの機を逃しては、北へ向かう道は閉ざされてしまうだろう。

 崖下にたどり着くと、下流からの視線を避けられる窪みから、何とかよじ登ろうと試みる。あと体一つで崖上に手が掛かる、そこまで来た時だった。崖上で再び騎馬の足音が複数聞こえたと思うと、


「まだ、彼らは見つかっていませんね?」


 聞き覚えのある女の声がした。あの日、書の砦に現れた白装束の女だ。なぜ、広い大陸のまさにこの場所に、父を連行した女が再び現れるのだろうか。リアネスはじっと息を潜め、耳をそば立てた。


「クレーベル卿は、遊学時代に北方の有力者たちと友誼を結んでいます。行方不明の部下たちが森を抜けようとした際、何らかの理由で昨夜の竜鳴を引き起こしてしまったのかも知れません。私はこれよりこの小路に天幕を張り、簡易の関を設けます。昨夜遅くに南方で足取りを掴んだといいますから、まだここまでは辿り着いて居ないはず。増員を寄こすよう、連絡鳥を飛ばしてください。」


 ここを抜けるのは、無理だ。足音が遠ざかったところを狙って、リアネスは谷底に舞い戻った。


(先行していた三騎は、下流に向かったはず)


 上流側に目をやると、蛇行している川は幾らも姿を見せてくれない。しかしそれは、逃げる身にとっては好都合に思えた。


「川を遡って、登れる場所を探さないと。」


 無傷の右手で水を掬い、口に運ぶ。リアネスは頭上から狙われる恐怖に耐えながら、北側の崖に沿って遡上を始めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 マイキーは、したたかに打ち付けた肘をさすりながら呻いた。


「で、蛇行する川を登るうち、雲に日が遮られて方角を見失った、と。」

「ええ。」

「仕方なく、傷口を川に浸すと何となく判るという方向を辿って、俺を探し当てた、そう言うわけだな。」

「そうね。他に方角の当ても無かったものだから。なによ、遭難するよりはましでしょ?」


 盛大にため息をついて、マイキーは肩を落とした。


 鱗が照らす光の道は途中で北に曲がっていたらしく、実は目的地により近かったのはリアネスの方だった。合流しようと決めてからは、切傷が教えてくれる鱗の動きを先回りし、別の支流を登ってくるマイキーが川の分岐点にたどり着くのを待った。内心、これでマイキーが現れなければどうしようかと思ってはいたが、勘が当たったのだから問題無い。


「そんな得体のしれない感覚で動いて、本当に合流できるとも限らんだろう。魔獣の誘いかも知れん。」

「はいはい。」


 リアネスの顔を見るなり、あまりの驚きに足を滑らせて転んでしまった男は、


「いいか、天候が悪い時は、木を見て方角を探れ。普段から日が当たっている方向は、苔もきのこも生えん。」

「はあい。」


 自らの威厳が失われてしまったことに、また一つ肩を落とした。


 二人は谷底から上がると、森に入って鱗の道を辿った。まだ日没までは間があり、鱗から放たれる光は無いも同然であったが、マイキーは鱗を布袋に出入することで雰囲気の変わる方向を見出すという術を身に着けていた。


「言われてみれば判るけど、良く思いついたわね。」


 目の前で転んで以来、リアネスが良く話しかけてくるようになった。妙に上から目線なのは気になるが、悪い傾向ではあるまい。やがて、


「どうやら、着いたな。」


 最後の目印を超えた二人の前に現れたのは、巨大な窪地であった。中央には見たことも無いような大樹がそびえ立っており、その先端は窪地の外にある木にも劣らないほどの高さに達している。


「なるほど、この場所が知られておらんわけだ。上空から連絡鳥の目で探したとしても、これでは他の場所と見分けが付かん。」


 大樹の周りでは、複数の飛竜が悠々と飛び回り、時にじゃれ合っている。背景となっている木が大きすぎて目測が難しいが、


「あの表情豊かな軌跡は、間違いなく中型の飛竜だ。まさか、群れることがあろうとは。」


 と、マイキーが教えてくれる。


「中型の飛竜は、人を脅して食料を巻き上げるんでしょう?この窪地でエマーヴァを見つける前に、私たちが彼らに見つかってしまうわ。何か、身を隠せるものを探して来ないと。」


 そう言ってリアネスが歩いてきた森を振り返った、その時。


「ん…?」


 近くの草むらが一瞬、音を立てた。続いて訪れた静寂は、二人の毛を逆立てるのに十分すぎるほど不自然だ。


「…走れ。できるだけ、姿勢を低くしろ。」


 ぽん、と背中を叩かれたのが合図だった。二人は窪地の縁から飛び降りると、そのまま滑るように底部へと疾走を開始する。侵入者に感づいた飛竜たちが、遠くで離陸するのが見えた。


「やはり、付けられていたか。」

「うわわ、前からも来るよ!」

「後ろの方が近い!」


 マイキーの叫びが終わらないうちに、等身大の狼が一匹、頭上を飛び越えて目前に躍り出る。背後からさらに二匹が迫り、リアネスは金切声を上げた。


「た、たすけっ」


 ぐしゃ、と音がして、まさにリアネスに飛び掛かろうとした前方の個体の顔にマイキーの靴裏が食い込んだ。


「速度を落とすな、追いつかれるぞ!自分より下に来たら踏んでやれ!」

「そんな、簡単に言わないでよ!」


 二人は息を切らして何とか窪地の底に辿りついたが、二匹の狼は先回りして進路を塞いでいる。


「仲間がやられて、坂の途中で仕掛けるのをやめたか。賢いな、犬っころ。」


 命じられたのは、足止めなのだろう。リアネスを庇うように前に出たマイキーに対し、狼たちは距離を確保したまま威嚇を続けている。マイキーは息を整えながらじりじりと横に移動し、手近な木の幹を背にした。


「ここなら、上の追手から見えないわね。」

「ああ。だが、狙いはそれじゃない。」


 そう言った直後。マイキーが勢いよく一歩踏み出すと、狼たちは反射的に後ろへと飛んだ。すると、上空から一直線に降下した小型の飛竜が、狼の腹に爪を立て、圧し掛かり、あっという間に白目を剥かせて連れ去ってしまった。


「助かった、と思うか?」


 振り返った髭面に、リアネスは言葉を返すことができなかった。飛竜たちから見れば、自分たちも追手も関係ない。排除されるべき侵入者なのだ。

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