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十三の陸と一つの海 ~竜脈争奪戦を終わらせた英雄たちの旅について~  作者: 十方歩
第一章 第一大陸編 上・小勇者の旅立ち
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授けられた力

 岩壁に設けられた横穴状の通路は徐々に登り始め、やがて明確な石段となった。石段は大きく弧を描いているらしく、数段以上先は壁に阻まれて見通しが利かない。


「驚いたわ、獣と意思を通じるなんて。私の故郷『黒の森』の長老さまも色んな獣と会話していたけれど、それ以外で見たのは初めて。」

「私もびっくりよ。さっき、広い所に出るまえの坂で『危ない!』って聞こえた気がしたの。そうしたら、そこから狼の言葉が少しわかるようになったみたい。」


 声を潜めながらも止まない二人の会話に、その実イルアンも聞き耳を立てている。


(言葉に苦労している様子が無かったのは、本当に魔女の恩恵だったわけだ。)


 イルアンは実のところ、結局リアネスは第一大陸のどこかの村からはぐれた娘なのでは、という疑念を捨てきれずにいた。飛竜に乗って中央大陸からやってきたという話も眉唾ものであったし、彼女の『第一大陸言語』は、苦労して身に着けたイルアン達のものなどより、よほど流暢なものだったのだ。


「リアネス。ここの言葉は、魔女が授けてくれたと言っていたね。」


 もしかして。何事か思いついたイルアンは、ついに足を止めて少女の方へと向きなおった。


「ええ、気づいたら、彼女の言葉がわかるようになっていたわ。」


 イルアンは意味ありげにセテに向かって頷くと、懐かしの『第十二大陸言語』で語り掛けた。


『狭い村の中で違う言葉を使っている奴がいるのは、あんまり気持ちの良いものではないと思ってね。セテと俺は、出来るだけこの大陸の言葉で話すようにしていたんだ。』

『え、イルアン、突然どうして、こっちで話すのよ?』


 慌てて言葉を合わせたセテの問いが答えを得るより早く、変化は起こった。

 急にイルアンが掲げていた水晶の光が強まったと思うと、それと前後してリアネスが頭を抱えてうずくまったのである。


『まさか、という感じだよ。もちろん期待はしていたけれど。』


 そう言って、イルアンは目をつぶって意識を集中した。


 地下深くから、一直線にリアネスへと流れ込む光の筋を感じ取る。やがてそれはリアネスの胸のあたりに集まったと思うと、ぱっ、と全身に散開し、その輝きを浸み込ませて消えた。


 瞼の裏で光水晶が通常の明るさに戻るのを感じて、イルアンもまた竜脈から意識を戻した。


 さて、と。


「これで、言葉が通じるようになっていたりするのかな?」


 まじまじとリアネスを見ると、少女は戸惑いながらも頷いた。


「え、ええ?どういうこと?ちゃんと説明してほしいんだけど。」


 もの知り顔をしているイルアンが、実に腹立たしい。頬を膨らませたセテを横目に、イルアンは石段の続きに足を運び始める。


「詳しいことは俺にも判らないよ。だけど、どうやらひねくれの魔女がリアネスに授けたのは、知らない言葉でもすぐに理解してしまう超能力なんじゃないかな。しかもそれは、人間の言葉に限らない。」


 目の前で故郷の言葉を再現されてなお、現実味が感じられない。まるで夢の中にいるような浮遊感が、イルアンを包んでいた。


「…そんなことができるとして、その魔女はいったい何者なのかしら。」


 セテの疑問はもっともだが、建設的なものでは無かった。彼女もまた、動揺しているのだ。


「わからない。わかるのは、一介の水晶工には荷が重いってことくらいさ。」


 そこからさらに十段ほど登ったところで、一行は前方の壁に射す淡い橙に気づいた。光水晶を懐にしまい、足音を消しながら注意深く残りの数段を登り切る。

 地上に、戻ってきた。


「まあ、なんてこと。」


 思わず、感嘆する。


 階段が導いたのは、この大陸に似つかわしくない庭園だった。

 夕陽に照らし出された色とりどりの草花は、はち切れんばかりの生気を主張しており、寒さへの恐れというものが感じられない。


 そのまま数歩、庭園を満喫して進んだところで、リアネスは違和感を覚えた。


「なに、かしら。」


 背後から感じたのは、生ぬるい風だった。思わず振り返った先には、今しがた後にしてきた石造りの通路が口を開けているだけだ。背筋に、ひやりと汗が垂れた。


「明らかに人工物だ。あの階段も、この道も。どこから何が飛び出てくるか、わかったもんじゃない。気を付けて進もう。」


 立ちすくんだリアネスの肩に、イルアンが手を置いて耳打ちした。


 現在立っているのは、階段を上り終えたまま正面に進んだ通路だ。それなりの頻度で通行があるのか、この直線上だけは妙に足元が整理されている。

 警戒からだろうか、気づけばセテも手負いの左手に弓を取っていた。


「恐ろしい猛獣より、素性の知れない人間のほうがよほど気味が悪いわ。」


 ここの住人からしてみれば『素性の知れない人間』は俺たちの方だろうとは思ったが、セテの気持ちもわかる。それほどに、この庭園は外の氷の世界からは異質なものであったのだ。


「もしかしたら伝説の()()()()()()()に会えるかも知れないぞ。セテ、会いたがっていただろう。」

「やめてよ。あ、『怖いから会いたくない!』なんて言ったら、逆に出てきちゃうのかしら。」

「そんなに扱いがわかりやすい魔女なら、怖くも無いんだが。」


 不安を振り払うように、努めて軽口を掛け合う。その軽快さに気を紛らわしたリアネスも、何とか会話に復帰した。


「絶対、絶対、あの魔女に会って、エマーヴァの氷を解いてもらうわ。さあ、こっちで良いのかしら?」


 やれやれ。イルアンは頷いて、彼方の点を指さした。

 懐から伸びる竜脈は、整理された道の先、島の中心に見える建屋の方へと向かっている。ふと見渡せば、島を囲うように漂う霧の上辺、そこに夕陽が触れて、橙の線が空と地を分けるように広がって行くところであった。


「急ごう。」


 日没まで、およそ一刻。

 その間で竜脈の先を確かめ、岸に戻る方法も見つけなければならない。

連絡船の出航まで、あと二十五日

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