大水晶の在処
幸いにも。
水鏡の連絡役とは、治療院長プラーセンのことであったから、接触することは難しく無かった。昼は時間が取れないと言われたことを幸いに、一行は夕方までたっぷり休息して元気を取り戻した。
「それじゃあ、行きましょうか。」
ぐるぐると右腕を回しながら、リアネスが言った。滞留していた力を取り除いたあと、ラウラは他の不調箇所についても治療を施してくれた。お陰で、第一大陸で刺されて違和感が残っていた右肩も、すっかり動きが良くなっている。イルアンとリアネス、それにネリネの三人は、細長い聖堂の通路を進み、プラーセンの私室にたどり着く。入室の許可を得て扉を潜ると、安楽椅子に深々と身を預けた老人が、香木を齧りながら出迎えてくれた。
「扉ぁ閉めて、近こう寄りんさい。」
言われるがまま三人が近づいて床に腰を下ろすと、プラーセンは香木を机の上に置いて、空になった手を胸の前でポンと打った。すると、急に森の中に居るようなざわめきが聞こえてきたではないか。イルアンとリアネスは首を巡らしてその音源を探したが、四隅に置かれた燭台の火が揺れている以外に、部屋の中で音を発しそうなものは見当たらない。
「患者の事情は、他に聞かれんよう配慮してやらにゃ。」
ネリネが頷いて、イルアン達に説明を試みる。
「彼は、草木の治癒師。いまなら、普通に話しても、漏れない。」
なるほど、盗聴を防ぐために音を鳴らしても、治癒師であれば不自然ではない。しかし、そこそこに大きな音だが。
「周りに響いているんじゃないのか?」
「近くに居る者の精神に干渉して、錯覚させているだけじゃ。ゆえに、同じ術を使う者が居れば、音は重ならず強い方だけ残る。」
さて、本題じゃと言って、プラーセンは皺の奥からリアネスを見据えた。
「水鏡の首領ヨルマーは、ここより遥か北西、黒の森に潜んで活動を続けておる。」
「黒の、森。」
イルアンとリアネスが息を呑んだ横で、ネリネが淡々と言った。
「白の森を抜けないと、黒の森に行けない。」
プラーセンが頷いて言う。
「その白の森の前には、三都市連合の大軍が駐留しておる。白の森に立てこもった王国軍の残党を攻略しようと、もう一年もそこに張り付いておるのじゃ。」
「全ては、黒の森にあるという大水晶を破壊するため、か。」
大陸に着いたときに、ネリネが説明してくれた通りだ。イルアンは腕組みを解き、後傾してさりげなく床に手を付いた。あのとき感じた違和感は、そのままだ。やはり、太い竜脈の流れは、黒の森がある北西になど向かってはいない。その指す方角は、南西。
「あの、」
言いかけたイルアンを、リアネスの声が遮った。
「ねぇ、大水晶って南西の山奥にあるんじゃないの?」
バクン、と心臓が跳ねた。リアネス。何も知らないはずの少女が、どうやって竜脈を辿れる自分と同じ結論にたどり着いたのか。まじまじと振り返ったイルアンに、少女は手元の本を掲げて見せた。魔女の館で入手した、曰く付きの本だ。
(まさかそれで、あのときも。)
ネリネから初めて大水晶の位置について説明を受けたとき、既に、リアネスは妙な反応を見せていた。そういえば、連絡船の中で、「ようやく読めるわ!」などと言って表紙をめくっていたような気がする。
「何を言っておるんじゃ。」
プラーセンが咳払いをして、リアネスに言った。
「大水晶が黒の森に鎮座しておることは、大昔からの伝承で良く知られておる。どこで聞いた話か知らないが、今さら他のところに大水晶があるなどということは、ありゃあせんよ。」
「実際に、大水晶を見た人はいるの?」
食い下がるリアネスに、プラーセンは自らの衣服をはだけさせると、露出した胸元、首飾りに光る水晶を手に取って前に突き出した。それは、極めて高い純度を持った光水晶で――イルアンは思わず、背筋を伸ばして、前のめりに覗き込む。
「大水晶は黄昏の民と呼ばれる黒の森の住人が管理しておる。その姿を見た者は無いが、こうして力を持った魔水晶が彼の森から排出されてくるのも確かじゃ。」
「これだけの魔水晶が作られるのだから、大水晶があるに違いない、という推定から伝承が生まれている?」
イルアンの確認に、プラーセンは肩をすくめて首を横に倒した。
「多くの者にとって、そこに大水晶が存在しているかは問題ではなかろう。魔水晶や地竜を安定供給できるほど、竜脈に恵まれた地であることに変わりは無いのじゃから、な。」




