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十三の陸と一つの海 ~竜脈争奪戦を終わらせた英雄たちの旅について~  作者: 十方歩
第一章 第一大陸編 上・小勇者の旅立ち
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十二の時、十二の陸

「これで、湖と同じ大きさの円が描ける。」

「ええ、まあ、そうね。」


 まだ、わからない。何をやっているのだろうか。


 イルアンは続けて、その薄い円と最初に描いた太い円との交点に帯紐の端を動かして、そこを中心とする薄い円をもう一つ作った。さらに、また新しく描いた円と最初の太い円の交点を中心として、もう一つ。そうして次々に六個の薄い円が描かれると、最後の円を削りだす小刀は、二番目に描いた円、すなわち最初の薄い円の中心の付近を通り過ぎていった。


「惜しい。最初の円がもっと綺麗だったら…!」


 イルアンがセテに目配せすれば、


「中心と決めた場所がずれていたんじゃない?職人さん。」


 セテが肩眉を上げて応じる。


 不思議そうにしたリアネスに、イルアンが苦笑交じりに説明する。


「精度を上げてこれをやると、最後の線と最初の中心がぴったり重なるんだ。で、この薄い円同士が交わっているところに濃い円の中心から線を引けば、と。」


 濃い円を中心に規則正しく散らされた六つの円。それを貫くように次々と線が引かれ、平面が十二個に分割された。


「まあ、綺麗な模様ね。」


 リアネスの感嘆に、イルアンが満足そうに頷いている。


挿絵(By みてみん)


「初めて見たら、そう思うわよね。何度も見させられていると、だんだん飽きてくるものだけど。」


 村の子供たちに、毎年のように繰り返してきた話だ。退屈そうにしたセテを置き去りに、イルアンは言葉に熱を込めた。


「こういう奇跡を人間が見つけて、上手く使っているんだと思う。中央大陸の周囲に十二の大陸があるのも、きっと偶然じゃないよ。創造主なんてものがいるとしたら、きっと今の俺たちと同じように円を描いたに違いない。」


 はああと、リアネスは目を輝かせた。

 目の前に現れた対称な模様は、不思議な力を感じさせるものだったのだ。よくわからないが、要するに。


「これが湖の中心にたどり着くのに役立つのね?」


 期待の声に、セテがばつの悪そうな表情を作った。


「一周するのに六十日掛かるなら、岸から湖の中心までは十日くらい、と言うことになるのかしら、イルアン先生?」

「そうなるね、セテ研究員。」


 十日と聞いて、リアネスが抗議するように首をすくめて顎を上げた。僅か半日でこんなにもクタクタで物資も尽きかけているというのに、そんな長い間、この殺風景な空間を歩き続けられるわけがない。


「ああ、こんな残酷な真実、むしろ知りたくなかった…」


 降りかかった絶望に喘ぐリアネスを執成す(とりなす)ように、イルアンが慌てて手を振った。


「今のは中心を目指す場合の話さ。俺が言いたかったのは、ある程度目的地までの距離は計算できるってことなんだ。」


 氷の空間に入って以降獣の気配はなかったが、それでも暗闇の中で光水晶を灯すのには抵抗がある。一行は日暮れを前に大きな氷柱に寄ると、そこで朝まで休息を取った。


 イルアンによれば、半日進んでみて目的地までの距離が概ねわかってきたらしい。


「おそらく、明日の夕方には翼水晶が真下を指す場所までたどり着ける。きっと、そこが飛竜の居場所だろう。」


 曰く、岸辺では四歩先だった竜脈線の沈み先が、今は二歩の位置まで迫っているらしい。イルアンはこれも氷に絵を描いて説明をしてくれたが、リアネスには良くわからなかった。


「稜線を渡り、時に廃鉱に潜る水晶工にとって、測量術は嗜みなのよ」


 とセテが慰めてくれたが、彼女こそ『薬師の嗜み』として達人級の弓術を身に着けていることを考えれば、水晶工の嗜みとやらもどこまで一般的な話なのかは怪しいところだ。セテはイルアンの説明を理解している風なのもまた、リアネスの焦りを募らせてくる。


「イルアン、あれ!」


 日の出と共に歩き出した三人の前にそれが現れたのは、昼を回る少し前であった。


 リアネスの指の先、上下平行に走る氷の板の奥、彼方に光る点。竜脈と気流の方向を確認しながら近づけば、それが湖の底から立ち上がった大岩であることがわかってくる。空間の上面を貫いた岩は、湖面上では島のように見えていることだろう。


「良かった。何もなかったら、どうしようかと思った。」


 イルアンの間抜けな声に、セテがぎょっとして振り返る。


「何もないかも、って思っていたの?」

「半々。でも、他に行く当ても無かったし、たどり着いたから良いってことで。さ、あと少しだ。」


 そう言って、イルアンは翼水晶を掲げて見せた。

 生きて帰れる。そう思った途端、気にしないよう努めていた左腕が急に痛みを主張し始めた。


(まだ、安心するには早い。)


 セテはそう自分に言い聞かせると、緩みかけていた包帯の端を噛んで、きつく締め直した。

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