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十三の陸と一つの海 ~竜脈争奪戦を終わらせた英雄たちの旅について~  作者: 十方歩
第一章 第一大陸編 上・小勇者の旅立ち
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迷いの霧

 気流を辿って歩き出してまもなく、明るかった氷の空間は徐々に暗転していった。湖上に立ち込めた深い霧が陽光を遮ってしまったのだ。


「この深い霧が、『霧の母』と呼ばれる所以なんだ。これまで幾人もの探検家が氷上を渡ろうとしたんだが、歩き出してしばらくすると、どういうわけか出発した岸に戻ってきてしまうらしい。」


 頭上を振り仰ぎながら、イルアンが説明を入れてくる。幸いにも氷の床は平坦で歩きやすく、恐ろしい言われのある霧も、この空間にまでは侵入してきていない。


「少し先までは見えるんだから、何か目印を置きながら進めばいいじゃない。そうすれば、迷わずに探検できるのに。」


 強気に鼻を鳴らしたリアネスに、イルアンが困ったように眉を寄せた。


「もちろん、歴代の探検家たちも色々試してみたそうだよ。だが、腕利きと目された者ほど、行方不明になってしまうんだ。そうして『霧の母』は、もう三百年以上も前から探検家を飲み込み続けている。正直なところ今回も『霧の母』に挑まないで済むなら、その方が良いとは思っていたのさ。竜脈を辿るからと言って、迷わない保証は無いからね。」


 そのまましばらく、一行はイルアンを先頭に歩を進めた。イルアンは翼水晶(リアネスが名付けた)を露出させながら、竜脈の方向を見ているのだという。彼にだけわかるその向きと実際の気流の方向はおおむね揃っていたから、彼を先頭に立たせることで逐一気流を確認しながら進む必要がなくなる。


 やがて何度目だったろうか。

 念のため、とセテが気流を確認しようと隊列を少し離れて、ふと上を見上げたときである。


「…あちゃぁ、見つけちゃったわねぇ。」


 濃霧の下でなお陽光を遮る人間大の影。氷の天井越しでは外套と思しき布地の内側を確かめる術はないが、その表面は厚く氷におおわれて湖面の氷と一体化している。それは、『彼』がその場所に存在し始めてからの長い年月を示す装いであった。


「わ、私たちは大丈夫、よね?」


 少し声を震わせたリアネスに、セテが大きく息を吐いて応えた。


「逃げ帰ってきた男の伝承というのもあってね、霧の中で途切れた目印を探すのを諦めて、半狂乱で泣きながらまっすぐに走ったら、元の岸へ帰って来られたんですって。その男が言うには、通り過ぎたはずの目印が何度も足元に現れたのだとか。この霧には、迷いの呪いが掛けられているんでしょうね。でも、私たちは霧に触れていないから、きっと大丈夫。」


 そう言いながら、むしった外套の毛を投げてみる。想像していた湖中央の方向と、気流に流された毛の向かう先が一致していることを確かめ、セテは自らを奮い立たせた。


 イルアンは二人の肩に手を置き、努めて明るい声を出した。


「翼水晶が指す方向が、どんどん深くなっていってる。進んでいる方向は間違っていないよ。俺たちは()()()の中心にたどり着いた、最初の探検家になるんだ。」


 目を輝かせたイルアンに勇気づけられて、セテは微笑で応じた。


「あら、私たちはいつから探検家になったのかしら。」


 栄誉が目の前にあれば、寄り道してでも集めていきたがる。男というものはいつも見栄っ張りで、セテには少し眩しい。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 裂け目から氷の空間に転がり込んだのは朝方だったが、時折霧越しに見える陽光は中天をとうに過ぎている。刻々と暗さを増す足元に焦りを得ていたのは、最初に音を上げたリアネスだけでは無かったろう。


「ねえ。」

「…どうした?」

「この湖はどれくらい大きいの?もうだいぶ歩いたけれど、ずっと同じ景色で嫌になっちゃう。食べ物も残り少ないし、また何かに襲われるかも。」


 少女の前で、二人の年長者が目を見合わせて嘆息した。


「少し、休みましょうか。」


 セテはそう言って腰を下ろすと、懐から小刀を取り出して足元の氷にガリガリと大きな円を描き始めた。


「まず、『霧の母』が迷いの霧を湛えているのは岸からある程度離れた場所だから、岸から少し内側の平坦なところであれば犬ぞりが使えるの。一周して同じところに戻ってくるのに、ざっくり二十日ほどと聞いたことがあるわ。」


 最初に削った丸の内側に、薄く小刀を走らせて犬ぞりの動線を示す。イルアンがそれを指でなぞって言った。


「犬ぞりは歩きの三倍は距離を稼げる。つまり、周囲を回って帰ってくるのには、徒歩なら六十日以上は掛かるというわけだ。」

「そんな。あ、でも、私たちは真ん中を突っ切っているから、そんなに時間は掛からない?」

「セテ、小刀を借りるよ」


 イルアンはそう言って腰帯を外し始めた。驚いたリアネスが首を背ける。


「え、ちょっと。やめてよ。」

「安心しろ、脱ぐわけじゃない。」


 イルアンは外した腰帯を指でつまんでセテの描いた円の中心に置き、その円周に合わせたところで小刀を縛った。


「なあ、リアネス。なぜ一日が十二刻で区切られているか、考えたことはあるかい?」

「え?」


 こんなときに、何を言っているんだろう。訝しむようにリアネスは首を振った。それに頷きながら、イルアンは帯紐の端をセテが削った円の線状で固定し、そこで紐を張って小刀で氷を弱く削った。

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