逃亡者と救助者
「おい、お前たち、次の授業はアウラーの歴史だ、遅れると五月蠅いぞ!急げ!」
「あの、お待ち下さい殿下!お嬢様は。」
「知らん!庭園の中で急に用事が出来たと言ったので別れた。俺は急ぐ、ほらお前たち、行くぞ!」
殿下たちは足早に去って行きましたが、次の授業に遅れてはならないのは、お嬢様だって同じです。
しかし、お嬢様がこちらに来る気配は一向にありません。別の出入口から出られたのでしょうか。
でも、私を置いてどこかに行かれるなど、普段のお嬢様ではあり得ません。
どこに行かれたのでしょう、もしかしたらまだ中に?
しかし、ここは皇族の許可を得た者以外が入ることを許されない場所です。
仕方無く、私は衛兵の元に駆けます。
「もし、そこの衛兵の方。」
「はい、何でございましょう。」
「私は、アナスタシア・ボーエン公爵令嬢の従者、アルマと申します。先ほど、お嬢様があそこの皇族専用区画に入ったきり出て来ないのですが、どうしたらよいでしょうか?」
「何か御用があって、まだ出て来られないのではありませんか?」
「いえ、16時から礼法の授業を控えております。何があっても出てくるはずなのです。」
「そうは言われましても、あそこは我々でも立ち入ることができませんので・・・」
「出入口はあの1カ所ですか?」
「いえ、北側にもう1カ所ございますが、常に施錠されております。」
そうこうしているうちに、お嬢様付きの女官に方もこちらにやって来ます。
「アルマ、アナスタシア様はどこですか?」
「申し訳ございません。あの皇族専用区画に入ったまま、出て来られていないのです。」
「殿下はすでに次の授業に向かわれました。アインツホーフェン子爵夫人もお待ちです。あなたがしっかりしなくてどうするのですか!それで一人前の女官になれるとでも思っているのですか?」
「大変申し訳ございませんでした。すぐに探して参ります。」
皇族専用区画に許可無く入ることは厳罰を意味します。
もしかしたらお役御免で城に居られなくなるかも知れません。
でも、躊躇する訳にはまいりません。
「アルマ!どこに行くのです!」
先輩女官の制止を振り切って中に入ります。
お嬢様に万が一の事があったら、私もグライリヒ男爵家もそこで終わりです。どうせ同じことなのです。
そして、忌々しい迷路を抜けた先に・・・お嬢様の変わり果てたお姿が・・・
「お嬢様!お嬢様!しっかり!誰か!誰か来て下さい!」
と言ってもここに誰かが来ることは絶対にありません。
私はお嬢様を背負って来た道を引き返します。
時間を巻き戻せない激しい後悔とともに。
そしてやっとの思いで出口にたどり着いた時、お嬢様はたった一言おっしゃいました。
「アルマ、このことは誰にも一言も喋ってはなりません。主の厳命です。」
それだけ言うと、お嬢様は力尽きたように気を失われました。




