異端審問官
帝国歴255年6月
私の名は、ガブリエリ・チッコリーニ。
栄えあるサン=マルコ皇国の神聖教総本山にて教皇より大司教を賜る者。
そして今回、神聖教に不敬を働いた大罪人、グラーツ帝国リンツ辺境伯領の領主代行、エルハバード・リンツの異端審問を命ぜられし者である。
その罪状は、教会の古くからの権利である、魔女狩りの邪魔をした事、つまり不可侵たる教会の権利侵害の罪と、ロスリー教区司教ら4名の不当逮捕・監禁、つまり宗教弾圧に対する罪である。
罪状は既に明らかであり、破門は確実であるが、我ら神聖教は秩序と理性、慈悲に溢れる教団なれば、一応の手続きは踏む必要がある。
その上で必要があれば、エルハバード・リンツを逮捕・連行し、あるいは大司教権限で処刑することも十分にあり得る状況である。
つまり、私の任務は非常に重大なのである。
先月初めに総本山を発ち、商業ギルド港経由でスーディルというリンツ領の港町に到着したが、ここで検疫などという迷信がかった儀礼のため、何と一週間も足止めを喰らうはめになった。
のっけからこの地の異常さを垣間見た思いである。
しかも、本国から連れて来た騎士たちは入国できないと、港に押しとどめられ、現地の騎士団と衝突した結果、4名が重症を負ってしまった。
これだから未開の野蛮人どもは!
お陰で護衛無しという、到底納得いかない状態になったが、しかし、現地の教会の協力により、何とか入国を果たし、ついに領都ロスリーの町に到着する。
さあ、ここからが本番だ!
「こ、ここがロスリーの教会、です・・・」
「廃墟ではないか!」
「とにかく、現地の者を呼んで参ります。」
「何だ、ここでは紅茶すら出さんのか!」
「申し訳ございません、大司教様。実は、魔女裁判の容疑者が商店主の娘で、あれ以来、どの店でも何も売ってもらえないのです。おかげで朝早くから使用人が近隣の町に行き、食料などを手に入れておりますが、さすがに茶は入手できません。」
「ああ分かった。それでこれは一体、どういうことだ。」
「はい、ここの市民に焼き討ちされたものでございます。」
「神聖なる教会の焼き討ちなど、異教徒以外、領主の企てとしか考えられん。今から辺境伯の屋敷に行く。誰か案内せよ。」
「はい。畏まりました。」
「それと、ここには辺境の聖女がおったな。」
「はい。ここの領主の第二夫人です。若く、大変見目麗しい方です。」
「ほう、それは楽しみだな。」
こうして、異端審問官ガブリエリ・チッコリーニは屋敷に向かう。




