思い溢れる
ご主人様が無事に帰って来られました。もう、嬉しくて堪りません。
毎日欠かさずお祈りをしていましたが、願いが通じたのですね。
明日はお礼の礼拝です。
ご主人様は戦場と長旅でとてもお疲れですので、何かお役に立たなければなりません。
「ご主人様?何か、私にご用命ください。」
「ありがとう、そうだね、じゃあ、少し側にいてくれるかい?」
「はい、ご主人様。」
「こんなに長く離れていたことなんてなかったよね。」
「はい、離れる時はいつも戦です。ですから戦は・・・嫌いです。」
もちろん、それは私だけではありません。
「これからはたくさん時間があるから。たくさん話そう。私の事も、ローサの事も。」
「はい。とても楽しみです。」
ご主人様は私に決して無理をおっしゃいません。
いつも私を大切にし、愛し、可愛がってくれます。今だってそうです。
本当は私がお役に立つ番ですのに、真綿のようにフワフワとした、柔らかく温かい空気に包まれ、とても甘えてしまいます。
でも、人は移ろいゆくものです。
いつか、このご寵愛もアナスタシア様に移られるのでしょうが、それまでは、いいえ、せめて今だけは独り占め、いいえ、少しだけ居させてください。
オルガさんも、人生は流れる木の葉と教えてくださいました。
淀みに迷うことも、激しく浮き沈みすることもあるけど、その先にもまだ流れは続くと。
そしてそれからが人の本当の価値だと。
そう考えているうちに心は深いまどろみに落ちていきます。
そして、どれだけの時間が過ぎたことでしょう。ふと、目が覚めます。
目はつむったままですが、ご主人様が頭を撫ででもくれているのが分かります。
「ローサ、いつもありがとうね。ホントは私なんかでは勿体ないほど素晴らしい女性なのは分かってるんだ。でも、私は欲張りだからどうしても側にいて欲しいし、迷惑だと分かっていても毎日求婚してしまう。もし、まだ我慢できるなら、出来なくなるまでは許して欲しい。好きだよ、ローサ。」
ご主人様が私の額にキスしたのが分かります。
「おやすみ、ローサ。」
もう、溢れる思いを抑えることができません。
瞑った目から涙が止めどなく流れます。違うのです。私が悪いのです。
そして、ご主人様を苦しめている申し訳なさで一杯になります。
私は、このご恩と借りを生涯かけてお返ししなくてはなりません。
たとえ、時の流れがどう移ろい、二人がどこに行き着こうとも、今のお言葉だけで十分です。
そのような思いが、頭をグルグルを駆け巡る中、起きていることがバレないように、じっとしているのが大変でした。
やはりご主人様は、少しだけ意地悪です。




