セードルフとラーヘル
「そうですか、アーニャが病に。」
「まあ、そう心配するな。少し待てば回復するだろう。」
ここは皇族専用の休憩室。今は皇帝夫妻しかいない。
「しかし、私たちがもう少しクリスハルトを押さえておけば、このような事にはならずに済んだと思うと・・・本当に悔やんでも悔やみきれません。」
「それは余の責任だ。ラーヘル、お前は何も悪くない。」
「いいえ、そればかりか、クリスハルトも随分甘やかしてしまいました。そのクセ、乳母や教育係に任せっきりで。」
「いや、それは皇族なら皆同じだ。現に他の者はアレほどおかしくない。アレが我らの手に負えなかっただけだ。」
「フランが同じように育たないか、そればかりが心配で。」
「ハハハ!彼奴は大丈夫だ。そなたによう似ておる。まあ、少しばかり物足りんが。」
「それで、次の皇太子は。」
「フランカイザーしかおるまい。許嫁がエル=ラーン王女であったことは不幸中の幸いだった。」
「ヴォルフガングは候補にならないのですか。」
「今回、彼奴は北部の連中に担ぎ上げられてしもうたからの。彼奴に非はないが、道義的な責任は残るし、母があれではのう。」
「では、ヨゼフィーネ妃も」
「まあ、連座してもらう必要はあるだろう。それだけの事をした。しかし、10才の子供に罪を問うのはさすがの余でも気が引ける。皇位継承権剥奪に止めるよ。」
「それでも十分に重いと思います。」
「仕方あるまい。クリスハルトはあれでも皇太子としての立場だけは安泰だった。長男で早くに立太子し、何よりボーエン家の後ろ盾があったからな。しかし、フランは違う。余計な争いを避けるためには、ヴォルフガングに退いてもらわねばならぬ。」
「では、フランカイザーが次の皇太子なのですね。」
「フランもお前の子だ。むしろアレよりは安心だろう。」
「はい、でも私はやっぱり。」
「アーニャのことか。」
「はい、今更どうにかなることではありませんが、せめて、あの子の行く末だけは、お慈悲を頂戴できればと思います。それが叶わずとも、一目くらいは・・・」
「まあ、そこはラルフ次第だ。もう、一介の公爵家令嬢となったからには、我らの勝手であれこれ口を出す訳にはいかんし、周囲の目もある。城に召すことも難しいであろう。」
「それではあの子があまりに不憫でございます。」
「まあ、新たな相手が見つからんとなれば、いつでも協力はするし、余の名を使っても構わぬ。だが、ラルフはそれを受けぬであろうな。」
その日、ラーヘルの顔が晴れることはなかった。




