悪い予感が帝都を包む
公爵家の屋敷からは多くの家人が帝都を去った。
護衛は全員残っているものの、公爵とアナスタシア以外の家族も既に領地に帰っている。
陛下側もこれに感づいたか、町の警備は強化され、近衛はおろか、陸軍兵の姿さえ見かけるようになった。
もちろん、これは示威行動だろうが、市民もこの空気に敏感に反応し、これまでの浮ついた雰囲気は一掃され、息を潜めているかのようだ。
まさに開戦前夜である。
そんな中、学年末試験も終了し、いよいよ終業式を迎えるのみとなっている。
普段なら楽しみでワクワクしている時期なのだが、緊張を押さえることができない。
「して男爵、戦になったら貴殿はどうする。」
「いろいろ考えては見ましたが、出陣命令が出れば、これに応じざるを得ません。恐らく戦闘に参加することはないでしょうが、他の東部諸侯と同一行動を取ることになるでしょう。」
「無理はするな。いざとなればアナスタシアを差し出しても構わん。そちにそこまでの忠誠を求めるつもりはない。だが、可能なら最後まで守ってやって欲しい。」
「もちろんです。それで、敵味方はどのような分布になるでしょうか。」
「中央、西部、東部、イシュファハーンの兵と我々南部と北部が対峙することになる。敵は約35万、こちらは20万弱だ。」
「周辺国はどうでしょう。」
「エル=ラーンに援軍を送る余力はあるまい。送ってきてもほんの申し訳程度だろう。マルチン=ユグノーは北部諸侯と裏で繋がっておる。彼らがどう動くかは未知数であるが、敵国の騒動に乗ってくる可能性は十分考えられるな。」
「では、状況次第で取るべき選択肢が変わりますね。」
「選択肢があるのか?」
「ええ、でも、その場合はエルリッヒ伯を説得しなければなりません。私のような若造では難しいので、その場合は公爵家の後押しをお願いしたいのですが。」
「ほほう、聞いてもよいか?」
「フフン、なかなか大胆な策よのう。あの風見鶏が靡くかは大きな賭けだが、上手く嵌まる可能性はある。いざという時の策の一つとして考えておこう。」
「伯は良い方とお見受けしたのですが。」
「ハハハ!貴殿にはあれがそう見えたか。まあ、頭が切れるのは間違いない。何せあれだけ怪しい動きをしながら、いけしゃあしゃあとしておる。何より寝技が得意な御仁よ。ただし、その政治的感覚と潮目を見る勝負勘は本物と言えるな。」
「私も、臆病者の風見鶏でございます。」
「男爵、覚えておくといい。頑固者は風見鶏にはなれん。どんなに臆病でもな。そちがなれるとすれば桃の種だ。意味はよく考えると良いが、知って怒るなよ。」
いい意味じゃないんだ・・・




