帰省の段取り
さて、論文の増刷製本をアル君に頼んで、帰省の段取りに入る。
セバスに7月1日発で客人2名と騎士8名及び馭者2名が同行する旨を伝え、同時にリンツ家の旗を10枚こちらに送るよう依頼した。
実際は6月30日の終業式終了直後に出発するが、万が一、手紙が検閲された場合を見越した措置である。馬車は学校に迎えに来る。
公爵を含めた一行は、帝都東門から脱出し、テーレ川を渡り衛星都市プロッツェまで同一行動を取る。
この町の中心にある交差点が東部街道と南部街道の双方に繋がっているので、ここで公爵とは別れることになる。
まだ帝都にある4つの門の警備は通常どおりとのことだが、これから公爵家の人員が南部を目指し始めたら、警備が強化されるだろう。
よりにもよってだが、警備責任者は我が父である。
その後はボーエン家が指定したルート、宿に宿泊しながら14日かけてロスリーを目指す。
今回は途中で馬を交換しながら先を急ぐ、などということができないので、この日数は仕方ない。
「まあ、アナスタシア様とアルマ様もロスリーに来られるのですね。」
「きっと楽しい旅になるよ。でも彼女は時の人だ。このことが知れると混乱が大きくなったり、余計な勘ぐりをする者が現れるかも知れない。だから、誰にも言っちゃいけないよ。」
「分かりました。誰にも言いません。」
「ロスリ-に行ったら、ローサに二人の世話をお願いするよ。」
「はい、もちろんです。」
「屋敷も新しくなったそうで、人も増えたそうだよ。」
「初めての方は、少し緊張します。」
「大丈夫だよ。ローサの方が先輩なんだから、堂々としていればいいんだ。それに一人はマリアさんの娘さんだしね。」
「まあ、お噂はかねがね伺っております。」
「また一人、妹ができたくらいの感覚でいいと思うよ。まあ、マリアさんによると、アイリーンさんを小さくしたみたいな子、らしいけど。」
「きっとお可愛いんでしょうね。みんな、元気かなあ。」
「もう少しで会えるよ。さて、旅の準備は進んだかな。」
「はい、でも馬車に4人乗られるんですよね。荷物はできるだけ少なくします。」
「荷馬車が1台付くよ。公爵令嬢ともなれば、荷物は多いんだ。」
「そうですか、アナスタシア様って、とても上品でお優しい方ですよね。」
「ああ、さすが皇太子妃に選ばれるだけのことはあるよ。」
「でも、婚約は破棄されるのでしょう。」
「決まった訳ではないんだ。それゆえ、こんなに揉めている。」
私だけが公爵の思惑と覚悟を知っているせいか、町が普段と違って見える。
ざわめきというか、地鳴りというか、静かに震える空気というか・・・




