一つだけ足りないモノ
リンツ家は大変立派な貴族である。
もとい、立派かどうかは別にして、貴族としての体裁は保っていると思う。
いや、多分・・・
ほんの数年前までは、それすら怪しく「ちょっとマシな庶民」程度の生活水準であったことを除けば、どこからどう見ても貴族であったはずである。
しかし、ここ数年で莫大な富と、先進的な生活を手に入れ、借財も減り、その姿を大きく変えたことは事実である。
しかし、屋敷がボロい。
市内の民家がどんどん綺麗になってくると、そのみすぼらしさが際立ってくる。
いとあはれなのである。
ということで、屋敷内を改めて点検してみる。
決して暇なのでは無い。
冬になると視察も減るし、事務仕事や開発も部下がやってくれるようにはなったが、今でもたいへん多忙の身である。
まずは1階から。
「玄関前ホールは・・・暗いね。昼でもお化けが出そうだ。」
「ええ、私もよく躓きます。」
「右手の廊下は特に暗いね。」
「朝の時間は反対に、左手が暗いです。」
「応接室のソファー、穴、空いてるね。」
「ええ、ネズミさんがかじったのでしょうか?」
「やっぱり出るの?ネズミ。」
「前に一度だけ。ジョセフさんが食べ物はしっかり管理して下さっています。」
「そういえば、調理場も狭いしね。大体、何で竈が2つしかないんだ。次の屋敷は竈は4つ、石窯を別に作ったからいいけど。」
「食堂に来ましたね。」
「ここも暗いね。夜と変わらないよ。」
中央ホールの西側は、執事執務室、オルガさんやローサの個室、広間があるだけなので2階に上がる。西側は客間というか、客人の宿泊用の部屋が並ぶ。
「廊下の奥は雨漏りするんだよねえ。」
「ええ、お掃除が大変です。でも、雨漏りはどこのおうちでもするものでは?」
違うよ。
「でも、修理しようにも、取り壊した方が早いって言われるから、未だ手つかず。」
「東側はどういたしますか。」
そこには私の部屋と執務室、父の部屋と寝室があるが、そこは別にいい。
「一応、裏手も見てみようか、車庫とか馬小屋とか・・・」
結局、良いところなど、一つも無いことだけは分かった。
まあ、どうせ数年後には取り壊すことだし、直す価値もないので、騙し騙し使って行こう。
今日も異状無しだ。




