ご隠居、アスペル商会に現る
さて、ご隠居には結構余裕がある。
もちろん、業務量はとても多いし、昨年後半はほとんど仕事を溜めていたから、フランシスはその後遺症に今も苦しんでいる。
だが、ご隠居様はだいたい若手に任せてのんびりしている。
何せ、これを目指して四十有余年頑張って来たのだ。
そして今日ものんびりアスペル商会にお邪魔する。隣の教会ではローサがいつもの礼拝を行っている。
「いらっしゃいませ。ご領主様。」
「支店長はいるかい?」
「はい。では応接室までご案内します。」
政庁に負けないくらい広い部屋には豪華な調度品や装飾がこれでもかと飾られる。
さすがは大陸三位の大商会。しかも各国から商談に訪れる海外事業本部を兼ねる中枢だけのことはある。
「やあエル君、ここに来るのは珍しいね。」
「そうだね。来てもらうことが圧倒的に多いからね。」
「呼んでくれれば顔を出すのに。」
「残念だったな。ローサは教会だ。」
「じゃあ、エル君が足を運んでくれ。」
「随分不敬じゃないか。」
「まあまあご領主様、何とかうちの主人だけはお助け下さいな。」
「ヒルデ夫人も先日はありがとうございます。」
「いえ。私たちもそういう年になったのかと実感したところです。」
「いえ、私が特別早かっただけで、経営判断の一環にすぎませんよ。」
「では、お茶とお菓子をどうぞ。」
「夫人もよろしければご一緒しませんか。」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて。」
三人でお茶会が始まる。来客が無ければ、アル君も比較的余裕がある。
「ああそうだ。随分前のことだけど、帝都でクラウディアさんに会ったよ。とても元気だったし、ラウル商会でも上手くやってるそうだよ。」
「ありがとうございます。娘から手紙が来てました。何でも、皆さんの絵に入れていただいたそうで。」
「はい。知人はみんな入って欲しくて。」
「エル=ラーンの国王陛下までいたそうじゃない。」
「親しくさせてもらってるし、王妃殿下がアーニャさんの妹君だからね。」
「ホント、錚々たるメンバーだよ。ラウルでも大騒ぎになってたようだよ。」
「まあ、大商会の会頭でも滅多に会えないだろうからね。」
「こういうことがあると娘も大事にされるだろうし、ホント礼を言うよ。」
「なあに、お互い様だよ。そう言えばブルクハルト君は?」
「彼には海外事業部を継いでもらいたくて今、南大陸に出張中だよ。マティアスには大陸中央の事業を任せたくて教皇国の調査に行かせてる。」
「みんな頑張ってるねえ。」
「まあ、目指せラウル超えだし、あくまで会社の主流は兄貴の系統だから、僕も頑張って存在感を見せないとね。」
「確かに次男坊っていつまでも安泰とは無縁だからね。」
「そうなんだよ。別に兄貴と仲が悪い訳じゃ無いし、派閥争いをしたい訳じゃ無いけど、うちみたいな巨大な商会は貴族社会と似たようなものだからね。」
「ああやだやだ。」
「でも、僕には辺境伯家も公爵家もバックにいるからね。みんな僕にはビビってくれてる。」
「見てくれも強そうだしね。」
「ああ、中身はともかくね。」
「まあ、商売が順調なら何も言うこと無いね。」
「ありがとう。それでどうよ。隠居生活。」
「アル君達も早く隠居できるように後進を育てた方がいいよ。先年亡くなられたロスリー商会長だって晩年はとても穏やかだったし。」
「そうだねえ。早くエル君に追いつきたいねえ。」
「待ってるから。」
「キースのヤツが引退したら考えようかな。」
「そうだね。それがいいかもね。」
アル君夫妻も山を幾つも超えていい顔をするようになった。
またいつか、学生時代のように、心置きなく毎日を楽しめたら良いなと思う。
それまで、もう少しの辛抱だ。




