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錫の寿々に鈴はない   作者: 藤野葵
千嵐ー断裂
9/69

8 枯野と若

星樂街(せいらくがい)

神戯樹、知恵の伽藍、それら最重要機関が揃い踏む”シーンツァ”中央都市一等地

人口が多く、これら以外にも宗教施設、娯楽施設らも軒を連ねるが、人々の主な使用方法は酒場である。

隣町の常冬都下(じょうとうとか)の名産品が酒であるためか、最大人口を抱える星樂街には数々の有名酒場があります。

ちなみに寿々のお気に入りは”夜提(やちょう)酒場”というおみせ。餃子が旨い。

カラカラと足下についた鈴を鳴らしながら1つの足音が通り過ぎた。

それを追っていくと、とある教会に入る。

教会の重いドアをまるで空気を押すかのように手で退けると、それは中の適当な席に腰を下ろす。


閑散とした無人の教会だった。

彼の履く靴には2つの小ぶりな鈴があしらわれていた。

いや、鈴は確かに靴のそばに存在しているが、接着はしていない。


ほんの数ミリをあけて、その鈴は中に浮いていたのだ。


しかし、まるで靴という強力な磁石に引かれるように鈴はその場を離れない。


彼は背もたれに体を預けながら正面にある神像を見つめ、そして視線をこちらをチラリと見た。


私達の視線は何故か、足下から彼の顔へと持ってこられた。

――――強制的に。


「これは、枯野(かれの)の持ち物だから」


そう言って、鈴の靴を履く青年、枯野はくすりと笑った。


――――――――


「しょうねーーーーん!私を救出してくれーーー!!!」

「なんか、そのダルがらみ待っていたような気がします……」


(はなだ)の予想はあっさり的中。

課長室から四時間を経て出てきた寿々は、課長室の扉を閉めるや否や、ずっとこちらに向いていた視線、柳の元へと駆けた。


「聞いてくれ少年!私はまた面倒くさい()()を請け負ってしまったのだ!!」

「それ言っても大丈夫なんですか……」


柳は静かに言った。

その不自然な様子に、寿々は少し距離を取って柳を観察する。


「少年……」

「……」

「貴様いよいよ受動喫煙にやられて」

「今更なるわけないでしょ!!!」


壊滅的に的外れな返答に、柳は投げやりに叫ぶ。


「唯彩人はみな強靱な体を持っていると思っていたが、まさか違うのか?」

「それは多分寿々さんの同期だけっすね」


そのまま話題に興味をあてるので、驚きを抑えて彼女の誤解を正す。



「寿々っ。ちょっと老けた??」


足音の一つもなしに、背後から声がかかった。


「!その失礼な発言は。おかえり」


声にピタリと動きを止めた寿々だったが、声色だけで人物が特定できたようで、一瞬こわばった表情を瞬時に緩めた。


柳がその表情に驚くのもさておき、背後からはもう1つ新しい声がかかる。


「そんなことより、ちょっとジジイ臭くなったよね」

「はいはいおかえりおかえり」


変わらず不躾な発言に、緩んだ表情のまま同じく「おかえり」との言葉をかけた。


寿々が振り向くと、そこには二人のスーツの男女。

片方はすらりと背が高く、高身長を誇る柳と良い勝負のスタイルのいい身なり。

八重歯とパーマのかかった金髪が目立つ。

もう片方はスーツというよりも給仕服に近いようなふんわりと広がった黒スカートを身につけ柔らかく微笑む。

濃い紫色の髪を一房、さらりと音を立てて肩から滑り落とした。


枯野(かれの)(つばた)


柳は息を呑む。

目の前にいたのは、寿々の同期である残華(ざんか)の一員だった。



********


若「()()()面倒見が良いんだよね」

枯「せっせと子供育ててるからでしょ~暇人はんたーい」

寿「お前ら揃いもそろって一言多いな」

縹「暇人反対ー」

寿「お前まで便乗するんじゃねぇよ」

若「あははっ」


扇琉浜(せんりゅうはま)地下にあるシェルターへの調査隊が今日無事に全員帰還したとのことで、第一課は総動員で酒場にやってきていた。


?「ねぇ~??今日は枯野くんが払ってくれるのかな~??」

枯「えー無理♡」

?「じゃあ若ちゃん?」

若「無理ー」

?「そんじゃやっぱり――

縹「無理」

寿「つべたっ」


毎度のくだりも、もうこのメンバーでは慣れたもの。

誰も寿々の酔っ払いには引っかからず、容赦なく媚びる顔面を手で押さえ込む。


「銀朱、元気にしてる?」


(つばた)は焼き鳥串片手に寿々と縹をみやった。

馬鹿みたいに酒に強い若はこのメンバー1のザルである。


「知らん」

「今日は伽藍の八階で見たぞ」


ジョッキに夢中で微塵も興味を持たない寿々に拳骨を落としながら縹が代わりに答える。


「なんで八階っ?」

「さぁ。あいつの趣味なんて考えても分からないしな」


枯野の問いに今度は縹もぶっきらぼうに返す。


「ねーえー縹くんが枯野には冷たい~(つばた)ちゃん助けてー」

「えーやめて暑い汚い汗付くー」


ちなみに、枯野が酔っているのか素なのかの判断はしようがない。



***


「分からないよねー」

「分かんねーな……」

一同の感想が被る。


新人2年目組は残華組から離れた卓を囲んでいた。

唯彩警察に入って一年と少し。既に入署当時より同期は様々な事情で減りに減り今では七人になっている。

寿々らが何年ここにいるかは知らないが、柳の世代の減少具合を見るに、五人残っていることはかなり特殊だろう。


そんな七人は残華組の卓を観察していた。

長らくお目にかかっていなかった枯野と若のシェルター調査隊組、署でたまに本気で怖すぎる縹、いつも通りの寿々。


彼らから銀朱と呼ばれる警官のことは柳は目撃したことがあるが、下手をすれば長期間ここを離れていた枯野や若以上に謎の多い人物だ。

男性という話だが、とてもそうは見えない容姿をしている。

さっと1つに結ばれた銀色の髪は背中に到達するほど長いのに、まるで不潔さを感じない。

切れ長の目は洗礼され、長いまつげに覆われている。

いっそのこと女性と紹介された方が違和感がなかったが、寿々は彼のことを一匹狼とのみ称した。


一般の評価と寿々の意見が一致することはまぁまずないので、実は寿々ら同期も彼のことは詳しく知らないのではないかと感じる。


「柳?」

「ん?あぁ石榴(ざくろ)

ぼーっと鬼才組の卓を見つめていると、同期の石榴が柳の顔を覗き込む。

「やめてやれよ。寿々先輩だろ?」

同じく同期の淡黄(たんこう)が冷やかす。



「おーごーれっおーごーれっ!」

「なんで俺に頼むんだよ」

「え?」

「今日はもっと金持ちがいるじゃねーか」


不敵に笑う縹に数瞬思考を回すと、意図に気づき寿々も口の端を持ち上げる。


「かちょーーーっ!今日奢って~」

「おー」


一人カウンターでゆっくり酒とつまみを楽しんでいた課長に寿々はペロリと舌を出して媚びる。

意外にあっさりと快諾され、同期たちに喜びの視線を向けると縹はグーサイン、若は「おぉー」と素面で拍手を送っている。


と、急に話は変わり。

「ぬるい」

「ぬるいねー」

「おい店員!ビールぬるい!!こんなんビールじゃねぇ!!」

「も、も申し訳ございません!!すぐに作り直します!!」

「早くしろよー空気壊れんだろうがーこっち金払ってるんだぞー」


意外に酔いと怒りを混じらせて叫んだのは寿々だった。

同期らも便乗して野次を飛ばす。

珍しい。

寿々は繊細な心の持ち主で、柳は彼女に、礼儀正しいという印象がとても強い。

同期と久しぶりに会えて気持ちが高ぶっているのだろうか。それにしてもおかしいが。




「俺も寿々先輩に落とされてー」

新人のうちは自身の師匠以外と交流が少ないため、柳以外は寿々と会う機会はあれど言葉を交わしたことは少ない。

「あの人はそんなんじゃないぞ」

柳はその軽い言葉に静かに返す。


「……なによ、柳。過激派?」

「言ってやるな。取られるのが嫌なんだって」

「柳のビジュアルで失敗はしないでしょー」

「けど相手があの寿々先輩だぞ?柳も既にやられてるかもしんねーぞ」

「きしょ」


同期らは柳のローなテンションを大して真に受けずに酒を流しこむ。

柳は同期らの会話から外れ、また一人遠くの卓を見つめる。


「いらっしゃーい!1名様ですか?」

「あ、あ、いや……あの、そこの団体と……一緒で」

「!」

「かしこまりましたーお席どうぞー」


ちょうど視線の先にあった店の入り口から、全身黒のファッションに身を包んだ来客が目に入る。

異様な辿々しさと、フードから僅かに覗く銀色のまつげには見覚えがあった。


その客は入り口からすぐの騒がしい卓に近づく。

唯一素面の紫髪が黒客に驚きながら軽く手を挙げ、向かいの席で揃って「生ビール30分で50杯飲みきりチャレンジ」で競争する二人を指し微笑む。

黒客は紫髪に促されて、先ほどまで金髪が座っていた席に座す。

取ったフードから見えた、照明を反射する銀髪と朱眼で、柳はやはりと察す。


ジョッキを掲げる約二名に軽く声をかけると、礼儀正しくカウンターの課長にも挨拶をしている。


「来たのか」

「若から、馬鹿達の面白い姿が拝めるよと言われて」

「ちゃんと連れ帰ってくれよ」

「はい。今日ご馳走になります」

「……何でお前まで知っているんだ」

「若がビール片手にさっき」

「余計なことしか口にしないなあいつ」

「そうですね」


「だって」

丸眼鏡がぎょろっと柳に向いた。

「盗み聞くなよ」

「柳くん聞きたそうだったから」

曰抽(いわぬ)は真面目そうな身なりで光る目を閉じた。


「柳くん、寿々先輩好きなの?」

曰抽は酒場らしくない麦茶のグラスをクルクルと揺らしながら尋ねた。

コーンスープのようなマイルドな黄色のボブカットをもち、どこか小動物のような雰囲気を纏う彼女もまた同期だが、どこか変わった性格をしているので柳はまだいまいち彼女を分かりきっていない。

「……悪いかよ」

「そうなんだ」

自分から尋ねたにしては抑揚のない返事をそのまま続ける。


今の寿々は、えらい度胸のある(寿々の一個下だった気がする)桃髪の美人後輩からのお酌に鼻の下を伸ばして応じている。

あれのどこに好意を感じているのか、自分でもたまに不思議に感じるがそんなことも総じてだろうなと毎回解決する。


「不思議な魅力のある方だよね」

「あぁ」


ただ馬鹿にされているだけかもしれないが、柳ははっきりと頷く。

その姿に、曰抽は不動の表情筋を珍しく動かした。


「いいね。寿々先輩は」

「?」



彼女の言葉はいつも分かるようで理解できない不思議さがあるが、今日は一層顕著だった。

杜若(かきつばた)という花と色があります。若のつばた読みはここから。

曰抽(いわぬ)不言(いわぬ)という色から。当て字です。


どこまで読み仮名付けようか割と悩んでおります。

読めるわけないです。こんな漢字!(よく作者に読み方忘れられる若氏)

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