6 灰皿
司書と警官
寿々属する唯彩警察には実は大量の唯彩人が働いています
一応その全員が司書として働く義務がありますが、実際ここに誠心誠意勤めているのは、閑散期の寿々かとある暇人の多い課の連中くらいです。
「少年。元気してる?」
「……暇」
「本、面白くなかった?」
「読み切った」
「おやそれは優秀」
玄関の扉を閉めながら、寿々は部屋の中に声をかけた。
朝と変わらない様子でけだるそうに転がる少年を見下ろす。
寝ていたのか瞑っていた片目だけを開きこちらを確認する少年に、寿々はビニール袋を掲げた。
「弁当買ってきた。食う?」
「……食う」
「よし、いい子いい子」
ベッドの隣のちゃぶ台に二人分の弁当を置くと、寿々は荷物を解きに立つ。
少年には先に弁当を勧めたが、少し悩んだ後、箸を持つことを止めた。
その様子に顔を綻ばせると、一人動きながら少年に話す。
「少年、今更だけど名前は?」
「知らん」
「そっかー。歳は?」
「多分14」
「ピッチピチだな。羨ましい」
「何が。大人の方がいいだろ」
少年は鼻を鳴らして顔を逸らす。
「お前……社会人舐めんなよ。昨日の夜勤見ただろ?あの意味のない仕事といったらもうほんと」
「暇にしてるだけで給料貰えるんだろ」
「……鋭いところを突くじゃあないか少年」
脱いだジャケットをベッドに放り投げながら寿々は動きを硬くする。
「悪いな待ってもらって」
「買ってもらった」
寿々が謝るが少年は思ったよりも義理人情なようだ。
感心。
ワイシャツとスカートをぽいぽいと脱ぎ捨てると、代わりにオーバーサイズのパーカー一枚を着る。
「はいはいお待たせ」
あまり待たせてはさすがに悪いと、さっさとちゃぶ台に戻ってきた寿々を少年はじぃっと見つめた。
「…………えっ―」
「どこでそんな単語覚えるんだよ」
食い気味に寿々が少年を覗き込むが彼からその答えは聞けない。
「その足で街歩いてるとかやば」
「思考の偏りが著しい。マイナス3点」
「何がだよ」
「私の趣味なんだよー。じゃ、いただきます」
どうでもよさそうにいなされ、少年もこの話題を諦めたようで箸を手に取る。
「……い、いただきます」
「えらーい」
さてどこまで常識のない子かと伺ったが、しっかり箸は持つし挨拶もする。
逆に出自が探りづらくなったのは黙っておき、この様子には寿々も顔を綻ばせる。
「タバコ臭い」
「キセルだよ。もっと洒落た言い方をしなさい」
「ニコチンだろ」
「またまた~少年、23のOLを舐めすぎさ」
「酒飲んでんの?」
手をヒラヒラと振り机に肘をのっける寿々に、少年は冷静に問い詰める。
「いいや?子供の前で酒は呑まない」
「先に受動喫煙の心配しろ」
「少年!やっぱり知識人
「本の中に『受動喫煙の恐ろしさ』ってのがあった」
「……縹?いや奴は同志。少女か……」
誰から持たされた本だったか記憶を辿る。
少年は懐疑的に寿々を見つめる。
寝言のうるさいこの人だが、この短い時間の間だけでも、知らない名が多く上がっている。
「こう見えても、君くらいの年頃の子供を沢山知っていてね」
その視線に、寿々はストレートな言葉で答えた。
「あんた、あそこの司書なんじゃなかったの」
「おやおや、知らないふりは結構だよ」
既に司書モードで部屋を出、帰りには警官モードの服装で帰っている姿を晒している。
図書館が全面禁煙なのは当たり前であることを踏まえると、そもそも常に灰の匂いを纏わせている寿々は、あの空間に異質ともいえる。
「少なくとも、少年に害を成す所属ではないから安心して」
複雑な表情を浮かべる少年に、寿々は先に口を開いた。
唯彩警察の仕事は名の通り唯彩の絡んだ事件の解決、そして一般の警察では対処しきれないような面倒事の解決にも向けられる。
時にその対象が子供になることもしばしばだが、少なくとも今すぐ少年にどうこうしなければならないことはない。
「話を飛躍させてしまうかもしれないが、今後君が望むなら正式な教会を紹介することもできる。年齢を考えるとまだ就職は叶わないだろうから、そうするのが懸命だろうけどね」
教会は、国の子供たちが通い、時に暮らす場となる教育機関だ。
名の通り宗教的な役割も果たすが、教会と言うと大抵はこちらのイメージを思い浮かべる。
「いや、それはいい」
しかし、少年はそれに首を振った。
「邪魔なら出て行く」
「そうとは言っていないだろ」
寿々はキセルを灰皿に置く。
「あんたは、俺がどうしてあの日、図書館にいたか聞かないのか」
「聞く理由はあるが欲はない」
ある意味まっとうな答えに、少年は更に口元を歪めた。
「俺だって、好きであんたに迷惑かけてるんじゃないよ」
「私は好きで君の面倒を見ている」
「孤児助けて何の得があるんだよ!」
少年の口ぶりから、本当に図書館にいた理由を話すつもりはない。
それなら、寿々が深く聞きたいと思うことはない。
しかし彼からすればその気遣いは余計、孤児を助けるような、見方によっては雑観になるかもしれない。
寿々はおぼろげに口を開いた。
「言ったでしょ」
少年は歪んだままの顔をあげる。
「好きでやってるんだって」
その寿々の表情は、悲しいものでも寂しいものでもなく、ただ温かなそれだった。
寿々さんもとい柚葉さん(逆か)は表情管理が得意です。