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錫の寿々に鈴はない   作者: 藤野葵
千嵐ー精良
12/69

11 遊夜散歩

唯彩『雪白』

雪の唯彩。

速算が可能な唯彩で、現在ではほぼ需要のない唯彩と虐げられる。

それは雪自身も理解していたが、意外にも研究で使える場面が多く、本人は満足してるとか。

分析課とは特殊な部署だ。

少数精鋭ながら仕事は多く、常に激務とプレッシャーと正当性に押されながら仕事をする。


「16歳の女の子?なんでそんなのをうちに」

「私の知り合いの子供です。(せつ)といいます。古語の知識があり解読も出来ます。唯彩は『雪白(せっぱく)』。速算の唯彩で……」

「速算?古語分かるのはいいけど、速算の唯彩なんて今需要ないしなぁ」


分析課課長は、話は分かるが合理的な人間だ。

「寿々が会話弾ませられない人とかいない」と陽キャ枯野からの定評はあるが、そんな寿々の苦手な人物である。


「彼女、こちらで働くことを目標にしていたんです。早く自立したいと日々勉強も頑張っていて

「けど、こっちも人選する権利はある」

「お願いします」


彼の言うとおり。今の社会で、速算の唯彩なんてほぼ意味をなさない。

電子卓上計算機、いわゆる電卓が開発されたことも大きく、また古語学科は数字を多用する学科でもないため、彼女の得意と相性が良いわけではない。


そもそも、この唯彩警察という機関の存在意義は唯彩を司法として存分に発揮することだ。

唯彩という希少性の高い能力を有し、更にそこから唯彩警察の多種な課と相性のよさを選別され、結果少数精鋭となる。

唯彩として価値のない人間を、ここに置く理由なんてない。

それこそ客観で述べさせてもらうなら、古語なんて知識がなくとも解読できるのだから、古語学科はさっさと学術学会にでもいけばいい。


しかし、雪はそうではない。

否、人の夢、目標はそんなのではない。


寿々は深く頭を下げた。


「お願いします。彼女の優秀さは私が保証します。地道に努力が出来て真面目に仕事もこなします。お願いします」

「……まぁ、あんたがそこまで言うなら。とりあえず、一旦預かるよ」

「!ありがとうございます!」

「あんたが珍しいね。人勧めるなんて」


分析課課長は話の分かる人だ。一度した約束を破る人ではないし、信頼もある。

雪の就職先として不自由はないだろう。


寿々は分析課メインオフィスのドアを丁寧に閉め、廊下で一人頷いた。



雪を引き受けた半年後、そして現在、この課長は既に故人となっているわけだが。

――――――――


「片方がコピー品っていう仮説で調べたけど、筆跡や表紙の腐敗からどちらも約2000年前のもの。接続詞として、普通の現代人では到底知らない言葉が使用されていたり、言い回しも現代人のそれとは若干異なる点がある」

「それって、2つとも内容は異なるってことか?」

「異なる、ってよりは所々言い回しが違うだけ」

「?じゃあ上下巻じゃないのか」

「いや、それは案外あり得る」

「というと?」

「どっちも、終わり方が中途。この二冊で上下巻を成立させてるんじゃなく、どこかに下巻があるって方が正しい」


スマホ越しの親子は報告を行っていた。

雪の方は分析課の自室に一人だが、寿々は第一課共有オフィスにて大声で電話をするため、他の警官からの微妙な視線と縹からのきっつい視線が刺さるが関係なし。


「てことは、結局その二冊の関係はー?」


中々難航する内容に、寿々は机に上に足をあげた。


「寿々。汚い」

「はなだーお前のかってぇとこ嫌いー」

「………………」

「いや落ち込まないでよ兄弟。やめて?大好きだって」


「……二冊の関係は仮説でしかおけない」

「その雪の仮説は?」


寿々は投げかけた。

電話越しにはしばし沈黙が流れる。

自信を失い欠けた者は自然と意見することをやめる。


雪の意志はそんなに柔いものだったのか。

そんなことを言いたそうに、寿々は声を出さずに電話の外で微笑んだ。


「2000年前の手記を、2000という数字を細分化することは難しい」


たとえ、2つが2000年前と2100年前のものだったとしても、そこまでの細分化は何か印がない限り人力では不可能に近い。

もし、二冊が2000年前と2001年前なんかの差であったとすれば、それこそ考えるだけ無駄だ。


「だとすれば、どちらか片方が本物のコピー品だと考えるべき」

「ふむふむ」

「強いていうのであれば、革製の方が腐敗が早いからこっちがコピー品と考えるのが自然だけど」


雪は電話越しに手記を見つめる。

二冊両方を解読するのにかかった時間は二週間。

頑張った、といえるだろう。


「私はここまで。内容は解読したから」

「ありがとう。手記、回収しても大丈夫?」

「うん。写し取ってるし解読もコピーで一枚刷ってる」

「ほいほい」


そこまで確認すると、雪の手元にあった手記がひとりでにどこかへ飛んでいく。

一見不可解なその現象を慣れたように見届けると、雪は手元に残った解読とコピーを見る。


やはり現代とはかなり異なる言語体系のため、翻訳するだけでは意味が分からない。

しかし、どうして近年に2つの、それも微妙に言い回しだけが異なる手記が生まれたのだろう。


雪は翻訳の内容を薄く見つめた。



******


「はいっ」

「はいはいどうも」


枯野から二冊の手記を受け取る。


平然とここより三階も下層から飛んできた手記は、綺麗に枯野の手の中に収まっている。

勿論、その過程で損傷はない。


「便利な唯彩だねぇ」

「どうもどうも」と言いながら寿々は手記を受け取る。


「で、内容どうだったの?」

「……お前関係ないだろ」

「あるよ。枯野が見つけたんだよ?」


いそいそと手近な椅子を引っ張ってくるとそのまま座り込む。


「解読読んで」

「あ?」

「読み聞かせ得意でしょ?」

「……はぁ」


寿々のように明確なゴールを持たない枯野は、銀朱レべルで解読の難しい人間だ。

今こそこうしてヘラヘラと内容を待っているが、彼にそれで起こる利益とは何なのか。

人間、利益なしでは時間を与えられない生物である。




寿々は手記と共に飛んできた解読の紙を手に持つ。

ゆっくりと口を開いた。



『マター・ホーミノウ女王に捧げる金色の棺には多くの国民からの貢ぎ物が入れられた。

 そのどれもがホーミノウ女王のお好きな品々であり、そして真っ白であった。


 ホーミノウ女王は晩年をご自身の部屋で過ごされていた。

 病状は良好であったが、日中はほとんどの時間を寝て過ごされた。


…… こんなのが永遠に続くけど」

「……まぁまぁ」


眠たくなりそうなほどに抑揚のない文章に、既に一呼吸置きたい。

枯野は音を上げるのが早い寿々に眉尻をさげる。


「出そうか?」


寿々はすっと右手を掲げる。

左手は手記の紙面の上。

残華組にとって、彼女のその姿が何を意味するかは明白。

枯野は自らその手を遮った。


「いや駄目でしょ」


いい眠気覚ましになるかと思ったが、いつも寿々と同レベルで馬鹿な枯野に素面で断られ、渋々文面に戻る。


『日中のほとんどの時間を寝て過ごされた。

 しかし深夜になると決まってお目覚めになり宮殿を練り歩かれる。

 薬師はこの深夜の女王の行動を前例のない症状だと言った。

 毎晩裸足で、足が寒さで青くなることも気にされず歩き続けられた。

 誰も女王を咎める権利はなく彼女の行動を止めることは出来なかった』


「どゆこと?」

「女王への意見権がなかったんだろ」

「ほぅほぅ」


『我々は女王の深夜の行動を遊夜散歩と呼んだ。

 あるときの遊夜散歩でのことである。

 女王は最上階の展望エリアへ立たれていた。

 毎晩の遊夜散歩は無論護衛が密かについて回っていたため、細心の注意を払っていた』


そこまで読み、不意に寿々の言葉が止まった。


「なに、読んでて自分が眠たくなっちゃった?」

「いや」

「枯野はまだ寝てないよ~」

「ここで途切れている」

「…………なにが?」


枯野は聞き返した。


「解読がここで途切れている」

「古すぎて娘ちゃんが読めなかったんじゃないの」


可能性はある。

が、その意見を耳に入れず寿々は解読ではなく手記本体の片方を枯野に投げやる。

もう片方を自分で持ち、ページをめくった。その様子に枯野も察し、同様の行動を取る。

時間をかければ古語の意味が分かる寿々が、今解読されていた部分までをめくり、

そして手を止める。


「何だこの文字」

「古語ってこんなのだったっけ?」


二人が共に静止してしまう。


解読が途切れたページから書かれていたのはまるで記号のような文字の羅列。

そして驚くべきことに、内容がほぼ一致していたはずの二冊で、書かれている記号、もとい文字の種類から、全く異なっていた。


途端に、寿々に悪寒が走る。



「おい!!課長はどこにいる!?」


オフィスの扉が乱雑に開かれた。

剣幕の表情で入ってきたのは、寿々らの先輩警官。


「か、課長は現在ご不在で……」

「すぐに呼べ!!」


嫌な予感が寿々と枯野の両方を貫いた。

課長を緊急で呼ぶ案件というのは常に決まっている。


藍鼠(あいねず)先輩!!何事ですか!!?」

寿々はキセルを口から落として叫んだ。

「寿々か!お前も早く来い!!」


 『分析課の一室で爆発だ!!!』

 


「銀朱!」

寿々が虚空に叫ぶと、ここにいなかったはずの輝く銀髪がどこからともなくやってくる。

「どうしたの」

「地下五階突き当たり!」

「!承知」


寿々の幽霊のような青白い肌が透けるほど白くなったのは言うまでもない。

息をするより先に、寿々の姿はそこから消えた。

まぁまぁ内容の詰まった話になってしまいました。

ちなみにですが、寿々とせっちゃんは本当の親子ではありません。

(16と23の親子とか何事)

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