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第七話 蘇る炎

 ——そういえばこの話は、一体何がきっかけで始まったのだったか?


 首を傾げている僕に、清三さんが口を開く。


「吉美ノ村は確かに消滅した。だけどね、村に住む者全員がその災害によって亡くなったわけではないんだよ」

「そうなんですか? ……ああいや、でもそうか」


 そういえばあの歪んだ儀式が行われる以前、定期的に巻き起こっていた大厄災に対してなす術がなかった時代も、村は壊滅したのち見事に復活していた。だからその厄災は必ずしも住民を全滅させるものではなかったのだろう。

 死者は多数に及んだが、全てではなかった。限られた者たちでまた、吉美ノ村は再建される。


「それじゃあもしかして、吉美ノ村ってまだ山奥にあったりするんですか?」


 僕の問いに、清三さんは首を振った。


「いいや。吉美ノ村という村はさっきいった厄災によって、完全になくなってしまったよ。ただ——」


 清三さんはもう一度、薄い笑みを浮かべていう。


「なんとか命からがら生き延びることができた数人は別の地方へと移り住んだんだ」

「そうだったんですか。それならよかったですね」

「うん。そうだね……。本当によかった。本当に……」


 ——ん?


 僕へそう語る清三さんの様子が、少しおかしいことに気がついた。

 なんというか、こう……どこか寂しげで、それでいて安心しているような、そんな雰囲気が……。


 僕は清三さんの顔を覗き込もうと体を傾ける。すると同時に彼はいった。


「しかしまだ、あきらめてはいないんだ」

「あきらめていないって……何をですか?」

「吉美ノ村をだよ。彼らは今でもその逃げた青年を探し、もう一度あの日をやり直そうとしているんだ」

「…………」


 あの日とは……あの、泉一郎くんが人柱となったあの儀式のことを指しているのか。


「で、でもそれが起こったのって遥か昔なんですよね。それじゃあもう泉一郎くんは亡くなっているんじゃあ」

「そうだね。いくらなんでも彼が生きているとは思えないよ」


 清三さんは下へ俯きいった。


「本当に君には申し訳ないことをしたと思っているよ」


 急に話が変わり、僕は何のことだかさっぱり理解できなかった。


 ——申し訳ないこと? 一体何のことを言っているのだ。


「別に騙そうとしていたわけではないんだ。ただどうしても隠しておきたかったんだ。君はどうしても必要だったから……」

「何を、いっているんですか……」


 清三さんはもう何度見たかわからない、あの薄気味悪い笑みを作った。


「さっきの話に出てきた男の子の名前。泉一郎くんといったが、彼は本名は不知火(しらぬい)泉一郎というんだ」

「え……」


 不知火、泉一郎……。

 不知火……。


 僕はその苗字に聞き覚えがあった。いや、それどころか僕に取っては最も親しみ深い……。


「吉美ノ村は古くから大火事が多かった。だから彼らは厄災を鎮める意味も込めて、村で生まれてくる子供には必ず水に関する漢字を入れるしきたりとなっているんだ」


 水に関する漢字……。


 そうか——。あの時、清三さんの口から三人の名前を聞いた時、一瞬だけ感じた違和感。


 あの時はただの気のせいだと思っていたが、今ならはっきりとわかる。

 彼らの名前には皆、水に関する漢字が含まれていた。

 泉一郎くんには泉、洋介くんと洋蔵さんには洋という字が……。そして凪子ちゃんには凪が……。


 ——それだけじゃない。

 ここにいる清三さんにも、清という漢字が含まれていることに、僕は今更ながらに気がついた。

 そしてそれは、隣に座る渚にも……。


 ——ああ、僕はもしかすると、とんでもないところへ足を踏み入れてしまったのかもしれない。


 今にして思えば全てが変だった。


 突然渚に名前を聞かれたあの日、彼女はそれ以降、積極的に僕へ話かけるようになった。そして僕たちはともに家庭の事情を打ち明け、親睦を深めた。——深めたと思っていた。

 だがもしかするとそれすらも、全部この日のために……。


 僕が彼女の手を取った時も、渚はこの瞬間をどこか待ち侘びていたような顔をしていた。


 あの時も、そしてあの時さえも……。

 振り返れば、何もかもが不自然だった。


「私たちはね……」


 清三さんがおもむろに口を開く。

 酒に酔っていた雰囲気はもう微塵も感じられない。

 その声はどこか粘っこく、まるで壊れかけのラジオから流れる雑音入りの音のように、僕には聞こえた。


「ずっと……ずーっと探していたんだ」


 ——ああ、そう……そうだ。


 僕こそ、彼らが長年探し続けていた存在……。

 こんな苗字、ほかを探してもそうそう見つかるものじゃない。それに何より僕の名前にも、彼らの歴史は深々と刻み込まれている。


「だから私たちは君に、とても感謝しているんだ……」


 清三さんの声が不意に近づいたような気がして、僕は視線を声のする方へと委ねた。


不知火優雨(しらぬい ゆう)くん……」


 僕の名前をつぶやく彼の両目には、今にも飛び出そうな勢いで見開かれた二つの目がくっついていた。真っ白な目には血管が浮きだし、黒目の奥には……。


 僕は震える手を必死に押さえ込みながら、いつの間にか静かになっていた室内を見渡した。


 そこには清三さんと同じような、まんまるな眼球を曝け出したみんなの姿が……。

 僕は慌てて顔を背け、隣に座る渚へ逃れようとする。だが、そこにも……。


 彼女の瞳の奥には恐れに顔を歪ませた僕の姿が映し出されていた。


 その姿はまるで、あの時の彼と同じような……。


 古くから受け継がれてきた燃え盛るような赤——。

 憎しみに揺れる残火の気配は、彼女の中でメラメラと荒れ狂いながら、僕の身体を骨の髄まで焼き尽くしていくのだった。

 小説家になろう春季企画『春の推理2024』ということで書かせていただきました『いにしえの残火』いかがだったでしょうか。

 このお題について考え始めたのが、既に開始日の二日前でした。

 なかなか今季のお題が発表されないので、もう今回はないのかなと諦めていたんですが、まさかこんなギリギリに気がつくとは……という感じです。

 それに物語もなかなかいいものが決まらず、やっとの思いで絞り出したのがこのお話でした。

 このお話の中で最初に思いついたのは手紙のあたりからなんですが、書き上げるにつれて段々と『メッセージ』というワードよりも『炎』の方が強くなってしまいました。

 でも思いついてしまったからには書くしかない。と、この物語が完成しました。いつか『炎』というお題が来たら、これをこのまま流用もありかもしれません(たぶん来ないと思いますが……)。

 題名に関しても、少しばかり仰々しい名前になってしまった感は否めないのですが、これ以上この物語に合う名前が思いつかなかったのでこのままでいきました。


 まだまだ稚拙ではありましょうが、最後まで読んでくださりありがとうございました。今後とも適宜ミステリーは書いていこうと思っていますので、その時はまたよろしくお願いいたします。

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