第六話 届かなかった思い
これはとても喜べるような話ではないな……。
こんな若き生命を粗末にするような狂った住民の住む村など、消滅した方がいいに決まっている。——最初はそう思った。けれど、凪子ちゃんを生贄にしたことによって厄災が発生したということは、やはりあの人柱が掟通り正しかったことになってしまう。
吉美ノ村の儀式は意味のある行為だと認めることになってしまう。
それともこれすらも、単なる偶然と片づけてしまっていいのだろうか。
もちろん無理矢理にでも奇跡の一致として片付けることは簡単だ。
偶然の火災によって亡くなった青年。その翌年、村は厄災を逃れ、それ以降人柱を立てるようになった村は、その儀式通り何事もなく安寧を手に入れることができていた。
そして今回人柱となるはずだった青年を取り逃がし、さらには女の子を生贄に捧げ、そののち村は消滅した。
あまりにも受け入れ難い真実に、僕の思考は暗澹たる闇の中へと囚われてしまう。見たこともない映像が、頭の中をタイムラプスのように繰り返し映し出されていく。
これらの一致が、果たして本当に単なる偶然なのだろうか……。
これほど連続した偶然が起こり得るものだろうか……。
重い表情で黙り込んでいた僕に気を使ってか、清三さんは少し話題を切り替えた。
「ところで、例の手紙についてだけれど……」
「手紙?」
「そう。儀式が行われる前に泉一郎くんが受け取った手紙だよ」
「……ああ、そういえば」
儀式が行われる数週間前に、泉一郎くんの自宅へ届いた封筒。中には折り畳まれた手紙が入っており、村を出ていくよう要求する内容が書かれていた。
泉一郎くんは最初これを無視することにしたが、それ以降手紙は毎日届くようになった。
今更だがあの手紙は一体なんだったのか、結局分からずじまいだった。
——しかし、今にして思えばあれは、間違いなく……。
「彼を救うためのものだったんですね」
清三さんは声には出さないが、首を縦に振った。
「ひょんなことから泉一郎くんが人柱に選ばれたことを知ったために、その人は彼を助けたい一心で村から出ていくように要求したんだ。手紙という、少しばかり回りくどい方法を使ってね」
「でもどうして、わざわざそんな方法を?」
「他の住民に知られるわけにはいかなかったからだろう。吉美ノ村は小さな村だ。誰がどこで聞き耳を立てているとも限らない。だから直接、本人に知らせるのは控えたんだ」
「それじゃあ、手紙にその内容を書かなかったのは、なぜ?」
清三さんはしばし迷った末に答えた。
「おそらく、後々になって手紙が見つかった際、誤魔化せるようにしたかったのかもしれないね。筆跡では分からなくとも、人柱に選ばれたことをあらかじめ知ることができた人物。そして村のしきたりを破ってまで、彼を助けたいと願う人物。
その二つがあれば、この手紙を書いた人物はすぐに特定できるだろうから」
「そうじゃあ、この手紙を書いたのは……」
泉一郎くんを大切に思っていた人物はそれなりに多くいただろう。だが、長らく続いていた掟を破ってまで助けようとする人は、ほとんどいなかったはずだ。
それに清三さんの話では、泉一郎くんは結局蔵の中へ入るその瞬間まで、自分が人柱に選ばれたことに気づいていなかった。それどころか、この儀式の存在すらも知らない様子だった。
だからおそらく、この炎神さまを祀る儀式はおおやけには伏せられていたのだろう。このことを知れば、儀式が始まる前に逃げ出そうとする子が出てくるかも知れないから。
吉美ノ村の住民は万が一に備えて、人柱になり得る人物には徹底して隠していたのだ。
——ヒントはそれだけじゃない。
儀式が行われる直前、泉一郎くんの家にやってきた村長と地域住民の人たち。彼らは自分たちを出迎えた母に何かを伝えていた。そしてそのすぐあと、彼女は泣き崩れた。傍らに寄り添った父も拒むようなことなく全てを受け入れている様子だった。
そのことから彼の両親はこの時初めて、自分の息子が人柱に選ばれたことを知ったのだろう。
おそらくそれも、逃亡や情報漏洩を避けるためだと考えられる。
ならば手紙が送られてきた時点で、人柱が誰なのかを知ることができた人物はかなり絞られてくる。
その人は村長や神主と近しい存在だった。そして村の掟を破るほどに、彼を助けたいと願うような人物。
——そんなのもう、一人しかいないじゃないか。
「あの手紙を送ったのは洋介くん、だったんですね」
僕は自分の考えを整理してから清三さんに言った。
彼はニコリと笑顔を作ると、
「正解だよ」
と答えた。
吉美ノ村の中で数少ない泉一郎くんの幼馴染。彼は村長である洋蔵さんの息子であり、神主ともそれなりに交流があったはずだ。
果たしてどちらが洋介くんに知らせたのかは、今となってはもう知る術はないが……。
ただ彼は儀式の最中、泉一郎くんを助けるために凪子ちゃんとともに命を張った。これはまごうことなき事実。
そして彼らはその後、あえなく地域住民の手によって捕まってしまったが、泉一郎くんを救い出すという使命だけは無事成し遂げた。
もしかすると彼らはわざとそうしたのかもしれない。
自分たちが順番に捕まることによって、少しでも泉一郎くんの逃げる時間を稼ごうとしたのではないか。
仮に捕まったとしても、自分自身は村長の息子であるため人柱には選ばれない。それに凪子ちゃんに関してはそもそも女性であるため選択肢に存在しないと……。
だが結果的に洋介くんの起こした行動によって、本来失われるはずではなかった凪子ちゃんの命を落とすこととなってしまった。
数少ない幼馴染を助けるために起こした反発が、最終的にもう一方の命を落とすことにつながってしまったのだ。
果たしてこの時の洋介くんはどのようにして、この結末を受け止めたのだろうか。
自分の選択によって本来はあったはずの命を、憎しみの炎によって燃やされてしまった。その後行われた儀式を、彼はどんな気持ちで迎えたのだろうか。
憎かっただろう……。
悔しかっただろう……。
悲しかっただろう……。
頭が沸騰するほどに、憤ったことだろう……。
正直僕なんかでは想像するだけで、少し気が重くなってしまう。
もし人柱を知った段階で、直接泉一郎くんに伝えていれば……。もしくは彼から手紙の相談を受けた際にもっと強く説得していれば、この話はこんな結末を迎えることはなかったのかもしれない。
——いや、そんなあったかもしれない話を今ここで僕がしたところで、100年以上前の歴史を覆すことなど出来はしない。
でも……。でもどうしたって、僕は考えてしまうのだ。
それはまるでこびりついたカビのように、頭の奥深くに根を生やし決して落ちてはくれない。
「怖い話でしたね……」
僕は畳の目を見下ろしながら、ボソリとつぶやいた。
「そうだね」
清三さんの声もいくぶん小さくなっている。
しかしそう思ったのも束の間、彼は先ほどとは正反対に気分を明るくさせ、
「ごめんね。急にこんな話を聞かせて、ただ君にはどうしても知って欲しかったんだ」
申し訳なさそうに眉を八の字にして、微かな笑みを見せた。
「いえ、そんな……」
僕は恐縮して少し身をひいた。
そして湯呑みに入ったお茶を飲もうと手を伸ばす——が、その中にはもうお茶は一滴も残されてはいなかった。




