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第五話 生贄なき炎

「人柱、ですか。えっと……あまり詳しくはありませんけど、神の怒りを鎮めるために人間を生贄に捧げる儀式、ですよね……。まさかこれも、それと同じことが行われていたってことですか」


 清三さんは黙って首を縦に振った。


「今からおよそ500年ほど昔。吉美ノ村はある奇妙な大火事に悩まされていたんだ。火事の原因事態はありふれたもので、火の不始末だったり、人間の不注意による事故だったりね。

 だけれど、どんなに村人全員が注意していても火事は必ず起きた。ひどい時には落雷が原因で火事に発展するケースもあったそうだよ。

 あまりにも火事が多かったため、よその人からは吉美ノ村にちなんで、忌火ノ村(いみびのむら)なんて呼ばれるようにもなったんだ。

 大火事に見舞われた村はあらゆるものが焼け落ち、死者も続出した。

 しばらくすると火事は何事もなかったかのように落ち着くが、村の損害はほぼ壊滅的だった。しかし村人はめげなかった。火事から難を逃れ生き延びた人たちが、またそこでの暮らしを再開させたんだ。

 そしてそれから約100年後。また吉美ノ村では大火災が発生した。村を包み込むほどの災害。村はまたも崩壊し、死者はその数をさらに増やした。

 次第に村のみんなはこの厄災を神の怒りだと信じ込むようになった。神はこの村の存在を疎ましく思い、消滅させようとしているのではないか、とね。

 そこで村人は神の怒りを鎮めるため山の中に神殿を建てた。炎神さまと呼ばれる神を祀り、崇めることにしたんだ。

 しかしそんな方策は無意味に終わり、また数年後火災は起きた。村は壊滅、死者はあとを絶たなかった。

 そんなことが何十回と繰り返されたある年。とある民家でボヤ騒ぎが発生した。

 火事があったのは厄災が起こるとされる年の前年で、炎自体はすぐに消化されたが、それによって一人の青年が命を落としてしまったんだ。

 しかしこの出来事はその後、村の運命は大きく変えるきっかけとなったんだ。

 その次の年、村では厄災に備えて万全の構えを行なっていた。村から一時的に去る者。家をあらかじめ取り壊して火事に備える者。全てを諦め、死を受け入れる者までさまざまだった。だが待てども待てどもその年、大災害である大火事は起こらなかった。

 不思議に思った村人たちは皆で集まり何事かと話し合った。

 そして出された結論は、昨年亡くなった青年についてだった。彼は火事によって亡くなった。もしかするとその青年の命が、次の年に起こるであろう厄災を鎮めるきっかけになったのではないかと……。吉美ノ村は青年の尊い命によって、大厄災を免れることができたのではないかとね。

 炎神さまは青年という若い命を取り込むことによって、怒りを鎮めてくださったのだと……。

 ——それからのことは言わなくてもわかるよね。

 村人は厄災の前年になると、村に住む青年の中から一人を選出し、あらかじめ建てておいた蔵に閉じ込め火を放った。そしてその命を炎神さまへと捧げ、村の安全を祈願した。

 ——これが吉美ノ村で行われていた人柱の成り立ちだよ」


 清三さんは再び湯呑みを傾け、乾いた喉を潤した。ここまでかなり喋り通しだったこともあり相当喉が乾いていたのか、彼は湯呑みを逆さまにする勢いで中のお茶を一息に飲み干した。


 その姿を横目に見ながら、僕は彼の言った人柱について思いを馳せた。


 吉美ノ村で行われていた儀式。炎神さまの怒りを鎮めるために始まった慣わしは青年の若き命を捧げることによって、村を守ることが目的だった。

 あの吉美ノ村にあったという神社の荘厳な造りも、この狂ったような儀式を考えれば自ずと理解できる。


 だがしかし……。だがしかしだ——。


「本当に吉美ノ村の儀式には青年の命が必要だんたんでしょうか……」


 僕は吉美ノ村のことなどよくは知らない。だが、何故だろう。何だか無性に腹が立っている自分に気がついた。

 それは村のために命を散らさなければならなかった青年たちの思いを、僕は無意識のうちに感じ取っていたからなのかもしれない。

 この先も生きていればおそらく巡り会えたであろう幸せも、出会いも、喜びも——彼らは村の存続という住民たちのエゴによって、無慈悲にも奪い去られてしまったのだ。

 もし僕がその村に住んでいて、もし人柱に選ばれたとしたら、果たして僕自身、それを素直に受け入れることができただろうか。


 ——いや、できなかったに決まっている。


「確かにその時はたまたま青年が火事によって亡くなったことでその翌年、厄災は起こらなかった。しかしそれは必ずしも青年の犠牲によって免れたこととは限らないのではないでしょうか。

 その両者には何の因果関係もないと僕は思います。この年はたまたま事故で青年が亡くなっただけ。その翌年はたまたま厄災が起こらなかっただけなのかもしれない……」


 厄災は毎週期、必ず起こっていたという。それが呪いか、そうでないかなど正直僕にはわからない。けれどこの年だけは運良く、神の気まぐれで、本当に偶然起こらなかっただけということも十分に考えられるのではないだろうか。


 僕の真剣な解釈に、清三さんは少し鼻を擦り、困ったような顔でいった。


「君のいうことも一理ある。だけどね、その翌週期以降、この儀式によって厄災は一度も起こらなくなったんだ。

 今客観的に見れば君のいう通り、全ては偶然の産物のようにも見えるだろう。でも当時の人からすれば、それは奇跡のような出来事だったんだ。

 長年悩まされ続けた大火事。それによってもたらされた損害や死者。それが青年一人の命によって免れたことに、村人は大いに歓喜したんだよ」

「でも、それは……」


 それは果たして、正しいことなのか……。


 青年の命を文字通り燃やして得られた幸福に、村の人たちは素直に喜ぶことができたのだろうか。

 人柱となった青年の親は? 友達は? 誰も何一つ、悔しんだりはしなかったというのか。


「仮にそれ以降厄災は起こらなかったのかもしれませんが、それは単に本当に、厄災がなりを潜めたって可能性も十分あるような気がするのですが」


 清三さんはこの儀式が行われて以降、大火事は起こらなくなったといった。

 でもそれは人柱によってではなく、長らく原因不明だった厄災が消滅しただけなのかもしれない。儀式なんてものはそもそも必要なく、青年の命も無駄に散らすことはなかったんじゃないか。

 僕はそう感じずにはいられなかった。


 だが僕の意見に清三さんは一際渋い表情で、


「先ほど話した泉一郎くんの話だけれどね。実はこれにはまだ続きがあるんだ……」


 そういって、彼はまた一人思考の波へと身を沈め、遠い昔の出来事に思いを巡らせた。


「火に包まれた蔵。村長含めた地域住民たちはその光景を、村の平和という祈りを込めて静かに眺めていた。——だがそこへ、一人の闖入者が現れたんだ」

「闖入者?」

「そう。洋介くんだよ」

「洋介くん——」


 洋介くんといえば、数少ない泉一郎くんの幼馴染であり、村長の息子さんだ。先ほどは泉一郎くんの元へ届けられた妙な手紙——その相談役として登場したが、今回の彼は一体……。


「まさか友人である泉一郎くんを助けに?」


 清三さんは僕の言葉にうんと頷くと、


「そう、その通りだよ。彼は手にナタを持って、村長たちの前に立ちはだかったんだ」


 少しだけ眉間に皺を刻んだ。


「彼はナタの刃先を皆に向けながら、父である村長に逆らったんだ。——もうこんなことはやめてくれ。とね……」

「洋介くんは同時に、人柱の儀式を止めるために現れたんですね」


 洋介くんと泉一郎くんは吉美ノ村では数少ない幼馴染だ。幼いころから共に育ってきた泉一郎くんを、彼は見捨てることができなかったのだろう。

 彼は村長である父と、そして村人たち全員と対立してでも、親友の未来を選んだ。

 それが一体どれほどの覚悟なのか、僕には計り知れない。


 ——それにまだ、彼らにはもう一人、忘れてはならない存在がいる。


「それじゃあ、もしかして凪子ちゃんも?」

「そう。洋介くんに一歩遅れる形で、凪子ちゃんもやってきたんだ。彼女は洋介くんがみんなと正面切って向かい合っている隙に、蔵の裏手に回り込み、壁に大穴を空けたんだ。

 火によって脆くなった壁はいともたやすく空いただろうね。彼女は煙に包まれた室内から、泉一郎くんを助け出すことに成功した。

 そして凪子ちゃんは洋介くんに合図を送ると、三人はそのまま森の中へと逃げ込んだ」

「村の人たちはその光景を黙って見ているだけだったんですか?」

「いやいやまさか。それはもちろん、村人総出で捜索を始めたよ。森の中に逃げ込んだといっても、今は真夜中。それに子供の足で行ける範囲なんてたかが知れている。

 まず初めに、村長の息子である洋介くんが捕まり、その後すぐに凪子ちゃんも取り押さえられた。だが結局、いくら森中を探し回っても泉一郎くんだけは見つけることができなかった」

「それじゃあ泉一郎くんだけは逃げ延びることができたってことですか?」

「そういうこと、だろうね……」


 清三さんはタバコを吸う際に使っていたライターの火をつけたり消したりしながら、その明滅を繰り返す炎へと視線を投げていた。

 僕はその呆然とした、虚な瞳に映る灯火に向かって恐る恐る訊ねた。


「ちなみにその後、吉美ノ村はどうなったんですか? 生贄は失踪して、人柱の儀式はできなくなりましたけど……。もしかして、泉一郎くんの代わりに洋介くんが人柱にさせられたんでしょうか」

「いや……」


 清三さんはライターのフリントホイールから指を離すと、ゆるくかぶりを振った。


「もちろん、そういう声も上がったんだろうけれど、彼は村長である洋蔵さんの息子さんだったからね。そういう面から人柱にはならなかったんだ。だから彼らは……」


 少し間をあけて清三さんはいった。


「凪子ちゃんを人柱にしたんだ」

「え? ——いやでも、この儀式の人柱には村で育った青年が選ばれるという規則だったはずじゃあ」


 清三さんの口からこの儀式について聞かされて以降さんざん登場した言葉。


 ——この厄災は若き青年の命によって退けることができる。


 だからこそ、今回の儀式には泉一郎くんが選ばれたはずなのだ。だというのに、よりにもよって、その代わりを凪子ちゃんに務めさせようとしたのか。


「反対意見も当然あっただろう。だけどそれ以上に、彼らはこの儀式を台無しにした二人を何よりも恨んでいたんだ。洋介くんは生贄にはできない。だから彼らは裁きの意味も込めて、凪子ちゃんを人柱に選んだんだ」

「そんな……」


 それではもう厄災を退ける儀式などではなく、ただの処刑と同じではないか。村の住民たちは神への祈りや願いではなく、強い憎しみによって罪なき子供を手にかけたことになる。


 そんなこと……いくら村の存続のためとはいえ、到底許されることではない。

 そして何より許せないのは凪子ちゃんの両親だ。彼らは彼女の死をどう受け止めていたのだろうか。反対したのか、それとも彼らと同じように二人も……。


「儀式は……」


 僕は小さくつぶやく。


「え?」


 うまく聞き取れなかった清三さんはこちらへ体を傾ける。

 僕はもう一度、声に出していった。


「儀式は成功したんですか?」


 儀式によって厄災が鎮められたなんて話を信じているわけではないが、通常は青年でしなければならなかった人柱を女の子に変更した。

 もしこの儀式が不完全な形に終わったのなら、村にはその翌年、災いが降りかかるはずだ。


 清三さんはあっけらかんとした態度で答えた。


「ああ。儀式はもちろん、失敗に終わったよ。吉美ノ村はその翌年、大火事が発生し、その後村は消滅した」

「…………」


 ——ああ、やはり。

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