第四話 怪しい儀式
暗い表情をしていた僕に気を遣ったのか、清三さんは声をいくぶん高めた。
「もちろん、彼にも相談する相手がいなかったわけじゃないよ。泉一郎くんはこのあと、手紙を村の同級生である二人に打ち明けたんだ」
「ああ、同級生には打ち明けられたんですね、良かった」
「まあよかったって言えば、確かによかったんだろうけれど……」
清三さんは苦笑いを浮かべた。
「泉一郎へ送られてきた手紙を見た二人はひどく心配する素振りを見せた。そして彼に今後どうするべきかを提案した。
洋介くんはこの先何が起こるかわからないから指示に従った方がいいのではといい、凪子ちゃんはまず親に相談するべきじゃないかといった。二人の意見はどちらも正しいと泉一郎くんは思っただろうね。だけど結局、彼はそれらを行動に移す決心が掴めないまま、日にちだけが過ぎていった。——そして、ことは起こった」
清三さんの表情がより険しいものへと変わる。
僕は知らず、生唾を飲んで彼の話に聞き入っていた。
「変な手紙が送られ続けて約数週間が過ぎた8月のこと。泉一郎くんの受験勉強も本格化し始めたある夜、彼の家へ急な訪問があった。
やってきたのは吉美ノ村の村長である日内洋蔵さん。それから、地域住民の人たち数人だった。
泉一郎くんはその不思議な来訪客の様子を、二階の自室から静かに覗いていた。
村長らを出迎えた母は急な客人に少々戸惑いながらも、玄関先で何やら深く話し込み始めた。
神妙な顔つきで何やら事情を説明している様子の村長。するとしばらくして、泉一郎くんのお母さんに異変が起こった。
彼女は村長の話に耳を傾けているうちに、段々とその顔に翳りを生み始め、ついにはその場にへたり込んで泣き出してしまったんだ。
泉一郎くんはさぞ驚いたことだろう。
啜り泣く母の声。村長たちはその姿をただ申し訳なさそうに眺めているだけで特に何もしなかった。
しばらくしてそこへ父が現れた。彼は床に座り込んだ母と村長らの姿からすぐに何かを察すると、黙って母の傍らに寄り添い、村長に向かって深々と頭を下げた。
一体何事だろうと、様子見していた泉一郎くん。村長は地域住民一人一人に目配せをすると、二階を見上げた。ちょうど二階にいた泉一郎くんは思わず村長と目が合う。
彼は村長の視線から逃れようと、急いで自室へと引っ込んだ。そしてドアに顔を近づけ、耳をそばだてた。
部屋の外からはドタドタと複数人の足音が聞こえ、階段を登っているのがわかった。その足音は徐々に彼の元へと近づき、そして止んだ。
部屋をノックする音。泉一郎くんは咄嗟に扉の鍵を閉め、その場から村長へ訊ねた。
——僕に何か用ですか?
村長は至って明るい口調で、ここを開けてくれないかといった。
何か嫌な気配を感じた泉一郎くんはそれを拒んだ。しかし村長は諦めなかった。仕切りに彼へドアの解放を要求したんだ。
その問答はしばらくの間続き、結果泉一郎くんが先に折れた。彼はドアの鍵を開けた。
するとそれを待っていたかのようにドアは勢いよく開かれ、村長含めた地域住民数人が雪崩のように彼の部屋へ押し寄せてきた。
あまりの勢いに驚いた泉一郎くんは村長にひどく抗議した。だが村長はそれには応じず、彼に同行を求めた。
今は夜中だ。こんな時間にどこへ行くんですかと泉一郎くんが訊ねると、村長は一言、神社へ行くんだよと答えた——」
「吉美ノ神社……」
僕は無意識のうちに、この村にあるという神社の名前を口にしていた。
吉美ノ村に古くから伝わる神社。炎神さまを祀っているといわれる、妙に立派な本殿が建てられたこの村のシンボル。
村長たちは彼をそこへ連れて行きどうするつもりなのか……。
清三さんは考え耽る僕の様子をチラと見たのち、話を再開させた。
「地域住民数人に囲まれながら泉一郎くんは吉美ノ神社を目指した。それはまるで警察官に囲まれながら連行される犯罪者のようにも見えただろうね。
しばらくして村のはずれにある山の中へ入ると、目の前に吉美ノ神社の本殿が見えてきた。だが村長はそこへは向かわずすぐに右に折れ、神社の周りを沿うようにして裏手へ向かった。
そしてぐるりと回り込んだ先で待っていたものを見て、泉一郎くんは心底驚いた。
そこには神社に併設された蔵があり、その周囲を囲むようにして大勢のギャラリーが彼の到来を待っていたからだ。その集団は間違いなく、この村に住んでいる住民たち。
だけど彼が驚いたのはそれだけじゃない。蔵を囲む大勢の人たちは皆一様に、顔の前へ簡易的に作られた布を垂らしていたからだ。ちょうど顔が隠れるような大きさ。布には真っ赤に燃え上がる炎の絵が描かれている。
泉一郎くんは村長に連れられるまま ギャラリーの合間を縫い蔵へと近づいてく。彼らが向かう蔵の周囲には乾燥させた藁束が敷き詰められており、入り口にはいわゆる祭壇が設けられていた。
折りたたみ式のテーブルを使った一時的な祭壇。上には蝋燭と榊の葉っぱ、それから傍らには松明らしきものも立てかけられていた。
何一つ状況が掴めないまま蔵の前までたどり着いた泉一郎くん。ここへ来るまで、一言も言葉を発しなかった村長がようやく彼に振り返った。
——蔵の前へ……。
村長はただ一言だけ——。泉一郎くんはいわれた通り蔵の前まで近づいた。
扉のそばにはこれまた周囲の人々と同じように顔に布をかけた男が一人立っていた。彼は泉一郎くんが近づくのを認めると、おもむろに蔵の扉を開け、彼を中へ入るよう誘導する。
泉一郎くんは促されるまま蔵の中へ足を踏み入れた。彼が蔵へ入ったのを確認すると、男はすぐに扉を締め切ってしまい、頑丈な錠前をかけた。
外に残った村長と同行していた地域住民たちはその一部始終を見届けると、ポケットにしまっていた布を取り出し顔にかけた。布にはみんなと同じように赤々と燃え上がる炎が描かれている。
しばらく経つと、神社の本殿から神主が現れた。もちろん、彼も同じように炎が描かれた布で顔を隠している。
神主は村長、それから周囲を取り囲んでいる人々にお辞儀をすると、祭壇の前に立った。そして念仏のような言葉をブツブツ呟くと、傍らに立てかけられている松明を手に取った。
祭壇に置かれている蝋燭。その蝋燭の火を松明へめぐらせると、神主は蔵の前に立った。静かに燃え続ける松明を片手に、神主はまた一言呟き、蔵に向かって深々と頭を下げた。
そして蔵を見上げながら彼は声を張り上げた。
——炎神さまのために——。
すると周囲を取り囲んでいる住民たちも、神主にならい一斉に復唱した。
——炎神さまのために——。
その後神主は静かになった周囲を感じ取ると、手に持った松明を蔵のそばにある藁束へと近づけ、火をつけた。
乾燥した藁束はあっという間に燃え上がり、その勢いはそのまま蔵の壁をも巻き込み始めた。木造でできた蔵は藁と同じくすぐに燃え広がり、炎はさらなる大きな怪物のようなうねりを上げて、蔵を丸ごと飲み込んでいった。
周囲を取り囲む人々は口々に感謝の言葉を吐きながら、ただ茫然と目の前の光景を眺め続けていた。村長も、神主も、地域住民の人々みんな……」
「ちょちょっと、ちょっと待ってください」
涼しい顔をして物騒な昔話を語る清三さんに、僕は慌ててストップをかけた。
炎が描かれた布。蔵の周囲を囲む人だかり。蔵の中へ入っていく泉一郎くん。
扉には鍵が……。
木造の蔵に火を……。
それを見守る村長と神主……。
なんだ。僕は今、何を聞かされているんだ——。
この混乱しきった頭をどうにかするため、清三さんの横顔に視線を投げかけた。彼は依然として素知らぬ顔で湯呑みを傾けていた。
その光景を横に見ながら、僕はいくつかの質問を口にする。
「火をつけた蔵は泉一郎くんが入った蔵なんですよね。どうして神主さんはその蔵に火をつけたんですか? まさか泉一郎くんを殺そうとしたじゃないですよね? それに、蔵に集まった人たちは一体何なんですか? 顔に布をかぶって顔を隠しているだなんて……とても、正気とは思えないんですが……」
一息に捲し立てた僕は不意に渇きを感じ、彼と同じようにお茶で喉を潤した。
すると清三さんはこちらには一切目もくれないまま、湯呑みに浮かぶ茶葉へ視線を落としながらいった。
「優雨くんは人柱というものを知っているかな」




