ラッキーな完全犯罪
あなたはきっと騙される
あれは俺たちが大学4年生の頃だった。
ピンポーン、ピンポーン。
俺たちがシェアハウスをしているマンションに珍しく来客が訪れてきた。
ドアを開けるとスーツ姿の男たちが立っていた。
「失礼します。私、神奈川県警の福浦です」
来客は警察だった。2人とも警察手帳を見せる。
「ここは、マンションABCの203号室で間違いないですね?」
「そうですけど」
「ここに住んでいる方を全員呼んでいただけますか?」
俺は指示通りに、仁と慎之助を玄関に呼び寄せる。二人とも俺の大親友だ。
福浦刑事は3人分の身分情報を警察手帳に記した後、ある質問をしてきた。
「青髪で長髪の茅野真里奈さんという女性はご存知ですか?」
「はい。マリリン、いや茅野真里奈さんってアイドルをやられている茅野真里奈さんですよね?僕たち3人は彼女のファンです。3人でライブに行くこともしばしばです。」
代表して仁が答える。茅野真里奈は俺たち3人が一番好きなアイドルだ。爽やかな青色の長髪をトレードマークにしている。マリリンの呼称でファンに愛されており、キュートな歌声とクールなルックスがファンの間で人気を集めている。
「そうですか。ありがとうございます」福井刑事は紋切り型のお礼を言って手早く手帳に筆記する。
「実は昨日の夜、茅野真里奈さんのアパートに下着泥棒が入りました。犯人はベランダに干してあった衣類を数点盗んだ後、逃げて行きました。茅野さんが帰宅するとベランダにいた犯人と鉢合わせだそうです。犯人はマスクを被っており顔は確認できなかったそうですが、ベランダに茅野さんのものでない鍵が落ちていました」
そう言って福井刑事は俺たちの前に鍵を掲げる。それは俺たちがいつも使っている鍵だった。
「この鍵はマンションABCの203号室の鍵です。率直に申し上げます。私たち警察はここにお住いのあなた方3人の誰かが犯人だと考えております。犯行が行われた時間は昨夜の9時。みなさん、その時間は何をされていましたか?」
場の空気が一気に張り詰める。
「アリバイ確認ということですか?」仁が口を開く。
「ええ。私ども警察はアリバイを1番の頼りにします。アリバイなき者が犯人だ、耳にタコができるくらい長官にそう教えられました。さあ、まずは巨漢のあなた。佐々木慎之助さんと言いましたね。昨日の行動を教えていただけますか?」
慎之助は目をこすりながら昨日のことを思い出しのっそりと話を始める。
「えー昨日は大学にいました。ラグビー部の練習が終わった後トレーニングルームで・・」慎之助の話の途中に、福浦刑事が部下に何かを耳打ちされる。
「わかりました。慎之助さんは大丈夫です。では、田中翔太さん、昨日は何をされていましたか?」
俺の番が回ってきた。ドクドクと心臓が高鳴る。息の吸い吐きを繰り返して緊張を必死に抑える。大丈夫、俺にはアリバイがあるんだ。そう自分に言い聞かせる。
なぜこんなにも焦るのか。
それは俺が犯人だからだ。
先日、マリリンの住所がTwitterに漏洩した。
昨日の夜、俺はそれを頼りにマンションに向かいベランダに干してあるGUNZEの肌着を盗み出した。下着目当てだったが肌着しか干してなかったので仕方なくそれを持って帰ることにした。
さっさと帰ろうとした時、アクシデントが起こる。マリリンが帰ってきたのだ。しばらく息を潜めて逃げるタイミングを伺うことにした。
その時だった。『バーン』という大きな音を立てて花火が打ち上がった。
そして、花火鑑賞をしようとベランダに出てきたマリリンに俺は見つかってしまう。
慌ててベランダから飛び降りなんとか逃げ切ることに成功したが、警察に捕まってしまう恐れもあると考えた俺はアリバイを作ることにした。今夜はずっと家にいたという仁に今夜の一部始終を話し、嘘の証言をしてもらうように頼んだ。
「では、インターフォンに出てくださった田中翔太さん。昨夜はどこで何をされていましたか?」細身の警察・福井が俺に昨日のアリバイを尋ねる。
「はい、昨日はずっと自宅にいました。証言者もいます。林仁も一緒にいましたので間違いないです。な、仁そうだよな」打ち合わせ通りの行動をした。この後仁は『そうだ』と肯定してくれる予定だ。
俺は何気ない感じで仁に目線を移す。
「・・・・」仁は黙り込んだ。
「おい、仁そうだよな。」
「翔太ごめん。」
「え・・・・」俺は戸惑った。昨日の段取り通りに行動してくれよ、そう心の中で願うしかなかった。もしかして俺を裏切るのか?そんな不安がよぎる。
仁は数秒の沈黙の後、意を決し口を開く。
「ごめんなさい。僕がやりました。昨日の21時、マリリンの家に下着泥棒に入ったのは僕です。以前から彼女のファンでした。先日、彼女の住所が僕のツイッターに流れてきたんです。それで、出来心からついやってしまいました。本当にすいません」仁は深く頭を下げる。
「署で詳しい話を聞かせていただけますか?」
警察は『ご協力ありがとうございました』と敬礼をして仁を連れて出ていった。
俺は訳が分からなかった。
仁がやった・・・。そんなはずはない。だって、犯人は紛れもなく俺だからだ。
警察が出ていった後、俺は唖然として動けなかった。何が起こったのか状況がつかめなかったからだ。
仁・今日
2人の警察に挟まれ俺はパトカーに乗る。僕は立派な犯罪者か。窓越しに203号室をみながらそんなことを思う。
なぜ俺が翔太の罪を被ったのか。
その理由を一言で言うならば『人助け』だ。
だが理由は他にもある。金のためだ。俺はこの一件で1億円という大金を得ることに成功した。
きっかけは慎之助だ。
話は昨日に遡る。
仁・昨日
「ただいま。」
慎之助が帰ってきたのは真夜中だった。
にやにやした顔つきでいつになくうれしそうな表情を浮かべている。
「何かいいことでもあったの?」
顔にそう聞いてくれと書いてあったので質問してみる。
「実はさ、臨時収入があったんだよ」
「へー、いくら?」
「2億円」
「2億!すごいじゃん。宝くじでもあたったのか?」
首を横に振った慎之助はテレビのリモコンを手に取り質問してくる。
「今日、町田区で事件があったの知ってるか?」
「え?なにそれ」
俺が答えると慎之助はニュース番組にチャンネルを合わせる。
-今夜9時ごろ、『週刊文秋』記者の渡辺武さんが刺殺される事件がありました。犯人の特徴は『青色で長髪』の人物だということです。犯人は今も逃走中です-
「俺はこの事件のおかげで2億を稼いだんだ」
慎之助は意気揚々と今日の出来事を教えてくれた。
慎之助
俺さ、事件の起こった時刻に偶然、事件現場近くにいたんだ。歩いてたら「わー」って男の叫ぶ声が聞こえてさ、俺は慌てて声がする方に向かった。そしたら男性とマスクを被った奴が揉み合ってたんだ。
あまりにも急な出来事だったから俺も腰が抜けちゃってさ。どうすることもできないから俺はとりあえず物陰に隠れて様子を見守ることにした。
やがて男性は包丁で倒れてその場に倒れ込んだ。マスクの奴は男性のカバンを奪って逃げていった。近くのビルから男性の知人が男性を介助してたし、俺も事情聴取で時間が食われるのが嫌だったから警察には行かなかったよ。
事件現場の最寄り駅から電車に乗って、ぼーっとツイッターを見ていたら
「町田区で殺人事件がありました。目撃者の方がいれば情報提供お願いします」テレビや新聞の公式ツイッターがこんなツイートをしていたんだ。
いつもなら気にかけないツイートだけど1つ俺の気を引く文言があった。
「提供者の方にはお礼をさせていただきます」
俺、実はさっきの事件をカメラのムービーで撮影してたんだよね。
もしかしたらメディアに高値で買い取ってもらえるかもしれない。そう思って電車内でメディアの公式アカウントに事件の動画を送った。そしたら数分後に
「送っていただいた映像をうちの局のテレビで使用させていただいてもいいですか?100万円を謝礼金として出させていただきます。」
こう返ってきた。俺、思わず笑っちゃったね。偶然居合わせた事件を撮影しただけでそんなに大金がもらえるなんて。俺は二つ返事をしたよ。
『今日はついてる日だ』そう思った俺は稼いだ100万全額をネットカジノにつぎ込んだ。結果は大勝ち。100万が20倍になったんだ。
かくして俺は2億を手に入れたんだ。さすがに、マスコミだけに動画を渡しているのは具合が悪いと思ったから、途中の駅で下車して警察に行ったよ。マスコミに渡した映像と同じものを警察に提供するために。
いやー、とっさに動画回してみるものだね。本当に運が良かったよ。この前パチンコで擦った金がこれでチャラ。もし犯人の顔がはっきりと映ってたらもっと金額が跳ね上がってたのかなー。そこだけちょっと悔しいな。
仁
大金を得てご機嫌な慎之助は今日あったことを言い終えると汗を流すために風呂に向かった。
何かおかしい。僕は得体の知れない違和感を感じていた。いくつか引っかかることがあったのだ。
まず1つ目。なぜ殺人現場を目撃したにもかかわらず、警察に行かずにその場から立ち去ったのか。警察に知られてまずいことがあったのだろうか・・・。
2つ目。なぜ慎之助が殺人事件のあった地区にいたのかだ。町田区は俺たちのマンションや大学から電車で1時間くらいはかかるところにある。町田区に慎之助の知り合いやバイト先があるなんて聞いたことがない。彼にとって町田区は無縁の土地のはずだ。なぜ今日に限って町田区にいたのだろう。そして、町田区といえばマリリンのマンションがある場所だ。
3つ目。翔太は下着が目当てでマリリンのアパートに忍び込んだが下着はなかったと言っていた。彼女は大胆な性格だ。ベランダに下着が干すことに対してなんの抵抗もない。何が言いたいかというと、下着がないはずがないのだ。もしかして、翔太が来る前に誰かが盗んでしまったのではないだろうか。
俺はこっそり慎之助のバックを覗く。そこにはマリリンの下着があった。
風呂から上がってきた慎之助に俺は単刀直入に質問する。
「慎之助、お前マリリンの家に下着泥棒に入っただろう」
慎之助
「もしかしてら下着を盗んだ犯人は慎之助、お前じゃないのか」
仁に鋭く指摘されると俺の心臓はギュッとなった。
仁のいう通り、俺は今夜マリリンのアパートに乗り込み下着を盗んだ。しかしこの事実は決して世に出てはいけない。
「ほんの出来心でやってしまったんだ。同じマリリンのファンとして申し訳なく思ってる」俺は生まれて初めて土下座をした。
「最近、大学院に受かったんだ。それを不意にしたくない。こんなこと言うのはおかしいんだけどさ、このことは黙っておいてくれないかな」
俺は懸命に頼んだ。
すると仁は意外なことを言い始めた。
「実はさ今日、翔太もマリリン宅に侵入したんだ」
衝撃の事実だった。
「俺らさ、親友じゃん。だから俺、二人の罪を被るよ。その代わり、1億俺にくれないか?」
願ってもない提案だ。俺は快諾した。
「このことは俺たちだけの秘密だぞ。」
俺と慎之助はガッチリと握手を交わす。
俺たち3人は今回の事件でみんな利益を得ることができた。
翔太は、マリリンの肌着を盗んだ罪がなくなり内定を守ることができた。
仁は、1億を手に入れた。
俺・慎之助はマリリンの下着を盗んだ罪がなくなった。
俺らはお互いに助け合い全体の損害を最小限にとどめることができた。
このことは3人だけの秘密だ。俺たちは本当に幸運だと思う。
仁・5日後
マンションのドアの鍵は空いていた。
「相変わらず不用心だな」
「いいじゃない。誰も入ってきやしないわ」
マリリンこと茅野真里奈はそう呟く。
「ダメだって。この前、下着泥棒に入られたばっかりなんだろ?」
「そう。まあ警察から犯人があなただって言われた時は驚いたけど」
「それには訳があるんだ。俺は友達を庇っただけ。本当の犯人は俺とシェアハウスをしている翔太と慎之助っていうやつなんだ。二人とも君のファンだよ。しかしびっくりしたよ。翔太って奴が俺のGUNZEの下着を持って帰ってきたんだもん。思わず、それ俺のだよって言いかけた。きっと前に僕が君の家に泊まった時に忘れていったものだろうね。で、今度は慎之助っていう奴のリュックを見ると君の下着が入ってたんだ。あの時は訳が分からなかったよ」
「ふふ、可笑しいね。でも、あなたが人を庇うなんて珍しいわね」
「ふん。まあ、あいつらのためにじゃない。君のためだよ」
「どういうこと?まさか、私たちの熱愛をスクープした渡辺をあなたが殺したことと何か関係があるの?」
「ありありだよ。いやーでも、あの殺人はめんどくさかったな〜。相手をおびきよせるために君の頭に似ている青い長髪のかつらをつけなきゃいけなかったんだから」
「まあいいじゃない。全ては上手くいった。渡辺を殺し、まだ世に出る前の私たちの熱愛記事を奪うことができたんだから。私たちの目的は達成されたわ。で、それと友人の罪を被ることにどんな関係があるの?」
「警察が捜査する時、1番頼りにするものはなんだと思う?」
「分からないわ。」
「アリバイだよ。僕は渡辺を殺した後、アリバイを作ることを考えた。僕が殺人を働いたのは夜の9時。その時間にある犯罪を犯した人物がいたんだ」
「分かった!それはあなたの友人ね。彼は夜の9時に私のマンションに下着を盗みに入った。あなたは友人を庇うことで『夜の9時に茅野真里奈のマンションに侵入していた』というアリバイを作ることに成功した」
「そういうこと。ま、僕は花火のおかげでこれを思いついたんだけどね」
「翔太が君のマンションに侵入していた時花火が上がりはじめただろ?実は、俺が渡辺を殺した時も花火が始まった。つまり、翔太の泥棒と俺の殺人は同じ時刻だってことがわかったわけ。まさか警察も泥棒したことをアリバイに使うとは思わないだろうし。完全犯罪成功だよ」
週刊文秋記者殺人事件の犯人・仁は茅野真里奈と熱い抱擁を交わした。