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赤き贖罪の英雄譚 -The Legend Of Re:d Stone-  作者: シクル
Season4「The Legend Of Immortal Witch」

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episode99「愛しのファム・ファタール-The Legend Of Immortal Witch-」

 その女の素顔を見た瞬間、チリーの全てが一瞬だけ停止した。


 あり得ない。あり得てはならない。


 この光景は、現実にあってはならなかった。


 これを受け入れれば、今までの全てが瓦解してしまうかのような錯覚すらあった。


「嘘……でしょ……?」


 そしてそれはまた、ミラルにとっても同じだった。


 ローブを外したその女の素顔は、ミラルにとっても信じ難いものだ。


「手配書で見た時から驚いてたんだ! まさかとは思ったけど、本当にそっくりなんだね! ミラルちゃん」


 その女は、ミラルとほとんど同じ顔をしていた。


 絹糸のような黒髪が揺れて、深くあおい瞳が二人を見つめる。


 チリーは、その名前を口にすることが出来なかった。


 もし名前を呼んで、肯定されてしまえば確定してしまう。


 何をどう恐れ、拒絶したところで目の前の光景は何一つ変わりはしないのに。


 そんなチリーを見て、ミラルも厭でも理解する。この女が何者なのか。


 黙り込んだチリーの代わりに、ミラルは思わずその名を口にする。


「ティアナ……カロル……」


 ミラルが呟いた瞬間、女は嬉しそうに微笑んだ。


 ただそれだけで、チリーは膝から崩れ落ちそうになってしまう。


「ありがとう。チリー、ミラルちゃんに私のこと話してくれたんだね」

「――――ふざけンなッ!」


 女がチリーへ視線を向けた瞬間、チリーは怒号を飛ばす。


「何が?」


 きょとんと首を傾げる女を、チリーは強く睨みつける。


 拒絶するように。否定するように。

「ティアナは……死んだ……! 俺の目の前で! お前がティアナなハズがねェ!」


 震えながら否定するチリーをしばらく見つめ、女はハッとなったような表情で両手を叩く。


「あ、そっか! ごめんね、チリーにとってはそうだよね!」


 女の言うことは、チリーにもミラルにも何一つ理解出来なかった。


 二人とこの女の間には、異常なまでの温度差がある。


 まるで何でもない再会のように振る舞って、女は微笑んでいた。


「まずはちゃんと自己紹介しなくちゃ! 私は……ノア・パラケルスス」


 女は――――ノアはそう言いながら、わざとらしくローブの下のロングスカートの裾をつまみ上げて一礼して見せる。


「テオス・パラケルススの血を継ぐ魔法使いの生き残り……。多分もう知ってるよね、”テオスの使徒”」


 赤き石が目覚めし時、器が満たされ、天より降りたる鋼の巨兵が滅びを齎す。テオスの使徒が蘇り、全てが闇に葬られん。


 シアが訳したウヌム・エル・タヴィトの予言が、二人の脳裏にまざまざと蘇る。


 しかしそれは、余計に二人を混乱させるだけだった。


「私はノア・パラケルススであり、チリーのよく知るティアナ・カロルでもある。ややこしいかな、ごめんね」


 まるで理解が追いつかなかった。


 死んだハズのティアナがこうして目の前に現れ、ノア・パラケルススと名乗り、自分が予言にある”テオスの使徒”だと宣言したのだ。


 わけのわからない状況に、チリーは気が狂いそうな程に動揺していた。


「あなたは……本当にティアナ・カロルなの……?」


 絞り出すようなミラルの問いに、ノアはクスリと笑う。


「うん、私はティアナ・カロル」


 そして少しだけ間をおいて、ノアはチリーへ再び目を向ける。


「”多分”ね」



***



 テイテス城内に入り込んだ二人組は、即座に庭で衛兵達に発見されて取り囲まれた。


 特に隠れるでもなく、堂々とゲルビア帝国の軍服姿で正面から現れたのだから当然の結果である。


 彼らは門番を気絶させて中へ入ると同時に取り囲まれ――――ものの数秒で集まった衛兵達を全員気絶させた。たった一人だけを残して。


「え、エリクシアンッ……!」


 剣を構えたまま後ずさる最後の衛兵に対して、二人はゆっくりと歩み寄っていく。


「ここにルベル・C(チリー)・ガーネットとミラル・ペリドットがいるハズだ」


 黒髪の男が、冷たく言い放つ。

 しかし衛兵は剣を構えたまま、必死で男を睨みつけた。


「……そうか」


 その態度が衛兵の答えだと悟り、黒髪の男は小さく嘆息する。


「ならばしばらく眠っていてもらおうか」

「待てェッ!」


 そう言って男は右手を振り上げた――が、すぐにその手を止めた。


「ここから先は……ヴァレンタイン騎士団で最強! ……になる男、シュエット・エレガンテが相手だ!」


 城の中から駆けつけたのは、シュエットとシアだった。


 アダマンタイトソードを構えるシュエットと、既にエリザを後ろで待機させているシアが、二人の侵入者と対峙する。


「ここから先は俺達に任せるんだ! 君は逃げろ!」

「す、すまない……! ここの守りを頼む!」


 衛兵はシュエットとシアに頭を下げると、すぐに城内へと戻っていく。それを横目に確認してから、シュエットは再び侵入者を見据える。


「追わないんだな」

「追う必要がない……どの道、城内をくまなく探すしかないからな」


 黒髪の男は淡々と口にして、シュエット達を見やる。


 構える様子はなかった。それは、隣に控えている赤髪の男も同じだった。


「……っ!」


 黒髪の男をしばらく見つめて、シアは何かに気付いたかのように息を呑む。


「シュエット……ヤバいわよ」

「…………ヤバいのか?」


 問い返すシュエットの声が、僅かに震える。


「赤い方は知らないけど、黒髪の方は帝国じゃ有名な奴よ」


 シアはウヌム族の里を飛び出した後は、ゲルビア帝国で暮らしていたことがある。そのため、シュエット達に比べるとある程度内部事情にも通じている。


「あいつはイモータル・セブンの隊長の一人――氷獄のトレイズ……!」

「何ッ!?」


 イモータル・セブン。ゲルビア帝国に存在する強力な七人のエリクシアンを隊長に編成される七つの部隊だ。シュエットはその一人であるサイラス・ブリッツと実際に戦ったことがある。


 人間は勿論、並のエリクシアンでも歯が立たないレベルの存在だ。イモータル・セブンはたった一つの部隊、で国一つを落とせる程の戦力を持つとされている。


「余計な情報だ。これから眠るお前達には」

「はん……殺すとは言わないワケね? お優しいじゃないの」


 皮肉を返すシアだったが、黒髪の男――トレイズの表情は動かない。氷のように固く冷たく、淡々と言葉を話す。


「殺す必要があるのは後で邪魔になる相手だけで良い。お前達に……それ程の価値はない」


 トレイズがそう言った瞬間、周囲の空気が一瞬で凍てつくようだった。


 シュエットもシアも、思わず身震いしてしまう程だ。


「っ……!」


 恐らくこの戦いには、勝てない。


 そう悟って、シュエットとシアは歯噛みした。


 トレイズ・グレイシス。

 識別名コードネームは……”冥氷コキュートス”。


「俺がやる。下がっていろ……”ニシル”」


 そしてトレイズが口にした名前に、シュエットとシアは目を見開いた。



***



 目の前でノア・パラケルススと名乗った女と、ティアナ・カロルが同一人物だということを、チリーは直感的に理解していた。


 忘れるわけがない。


 見間違えるわけがない。


 目の前にいるこの女は、間違いなくティアナ・カロルだった。


 なのに記憶が、事実がそれを否定する。


 ティアナ・カロルは死んだのだ。

 チリーの目の前で。


 彼女を取り戻すために賢者の石を求め、そして起こった悲劇が赤き崩壊(レッドブレイクダウン)だ。


 そんな彼女を、見間違えるわけがない。


「ティアナ・カロルが一度死んだのは間違いないよ。だから今、そんな顔してるんだよね?」


 ゆっくりと歩み寄るノアに、チリーは思わず後じさりしてしまう。


「でも安心して! 魔女はぁ、簡単には死にませぇん☆」


 まるで子供のように両手を広げて、ノアは高らかに笑う。その異様さが、言葉の不条理さが、チリーにとってもミラルにとっても恐怖だった。


「きっと彼は私の正体を知ってたんだよね。だからああやって殺しに来たんじゃないかな」


 あの日、あの夜。ハーデンによる襲撃はあまりにも唐突だった。


 理由のわからないあの日の空白の喪失が、悪夢のような言葉で埋まっていく。


「じゃあ、お前は……最初から……」

「そう。私は生まれた時からノア・パラケルスス。だからこっちが本名だよ。どっちで呼んでもいいよ」


 厭に弾んだ声で、ノアが告げる。


 その言葉が本当なら――――


「ティアナ・カロルなんて、最初から存在しなかったってのかよ…………?」


 細く、途切れそうな声音でチリーが呟くと、ノアは小さく頷く。


「残念だけど、そうなっちゃうかな」

「――――ふざけないでっ!」


 次の瞬間、声を上げたのはチリーではなくミラルだった。


 目元に涙をためながら、ミラルは肩をいからせてノアを強く睨みつける。


「だったらあなたは、最初からチリーを騙してたっていうの!? チリーが……どんな気持ちでっ……!」


 チリーは、三十年もの間ティアナのことを悔いていた。それは今もきっと変わらない。


 ノアがチリーを弄んでいたのだとしたら……ミラルは彼女を絶対に許さない。もしそうだとしたら、チリーの全てを狂わせたのはこの女……ノア・パラケルススだ。


 チリーだけじゃない、青蘭やニシルだってこの女に何もかもを滅茶苦茶にされたのだ。


「……はぁ」


 激昂するミラルとは裏腹に、ノアは冷めた様子で嘆息する。


「違うよ。チリーと一緒にいた頃の私は、記憶を失ってたんだよ。だから、チリーに話したことは全部本当のことだし、本音だったよ」

「そんなの今更――――」


 言いかけたミラルを、ノアが冷たく睨む。その瞬間、ミラルはぞわりと怖気だって言葉を飲み込んだ。


「君には関係ないよね」


 それだけ言い放つと、ミラルを無視してノアはチリーへ接近する。


 うまく動けずにいるチリーの頬にそっと触れながら、ノアはキスのわずか手前の距離まで顔を近づけた。


「だから私、気持ちは変わらないよ」


 蠱惑的な瞳が、チリーを捕らえた。


 まるでがんじがらめにするような視線だった。彼女が本当に魔女なら、これはもう魔法なのかも知れないと思えてしまう程に。


 それ故に、チリーは目の前の女を余計に恐れた。


 悲鳴を上げそうになるのを抑え込んで、チリーはノアを突き飛ばす。


「近づくんじゃねェッ!」

「…………」

「俺は……俺は認めねェ! ティアナは死んだんだッ! お前が……ティアナであるハズが……ッ」


 狂いそうな程にかき乱されてしまう。


 終わったハズの過去が、これから清算するハズの過去が、蘇って現れるなんて悪夢以外の何物でもない。


「そっか、寂しいね」


 どこか困ったような様子で笑って見せて、ノアは一度チリーから距離を取る。


「怖かったよね。寂しかったよね。ごめんね。チリーは悪くないんだよ」

「黙りやがれッ! その顔で! 声で! 俺に話しかけるんじゃねェッ!」

「苦しまなくていいよ。今日、私が全部終わりにしてあげるから」


 そう言って微笑んで、ノアはそっと懐から何かを取り出した。


「――――ッ!」


 彼女の手の中に、鈍く輝きを放つ真っ赤な宝石を見た。



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