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赤き贖罪の英雄譚 -The Legend Of Re:d Stone-  作者: シクル
Season4「The Legend Of Immortal Witch」

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episode93「さっさとくっつけ大作戦-Project for Lovers-」

 シアとシュエットがどこかへ走り去った後、チリーとミラルはポツンとその場に残された。


 お互いやや途方に暮れている感じで、現状をイマイチ把握出来ていないと言った様子だ。


「えっと……どうする?」


 おずおずとミラルが問うてみると、チリーは一度腕を組んで考え込んだ後、小さく嘆息する。


「しょうがねえ。とりあえず適当にうろつくか。俺から離れんなよ」


 言うやいなや、チリーはミラルの隣にくると、いきなり右手でミラルの左手首を掴んだ。


「……え?」


 突然のことに目を丸くした後、ミラルはすぐに身体の内側が熱くなるような感触を覚えた。


「フェキタスの時ははぐれて面倒なことになったからな。ここも安心は出来ねェし、こうして握ってりゃ大丈夫だろ」


 フェキタスシティは、ミラルが始めてチリーと共に訪れた町だ。あの時はまだ出会ったばかりで足並みもイマイチそろわず、いつの間にかはぐれてミラルがスラムに迷い込んでしまったことがあった。

 確かにこうしていればはぐれることはないだろう。


「いや、あの……」


 年頃の男女がこうして歩いてしまえば、それはもうはたから見ればカップルだ。


 気恥ずかしくなるミラルだったが、振りほどきたいとは思えなかった。


 以前のチリーなら、絶対にこうはしなかっただろう。こうしてチリーの方からミラルに触れてくれるのは、以前よりもずっと気を許してくれた証拠だ。


(……なんかそう考えると野良犬っぽいけど……)


 苦笑しつつ、ミラルはチリーの顔を覗き込む。すると、チリーは数秒見つめ合った後、恥ずかしそうに顔をそむけた。


「……ンだよ」


 チリーもまったく意識していないわけではないのだろう。この様子だと、今気付いたようにも見えた。


 心臓の鼓動がやけにうるさい。上気して、顔が赤くなっているのがわかる。


 チリーも少しくらいは同じ気持ちなのかも知れないと思うと、なんだか嬉しかった。


 こんな時間は、この先あるかどうかわからない。これから待ち受ける運命が、普通の年頃の男女でいさせてはくれないだろう。


 だから、今だけは……。


「……どうせなら手首じゃなくて、手の方を握ってほしい」


 勇気を振り絞ってミラルが言うと、チリーは黙ったまま手を握り直してくれた。



***



「よっしゃーーーーっ!!!!」


 一方その頃、離れた位置で物陰から見守っていたシア・ホリミオンは会心のガッツポーズであった。


「何よあいつ! 結構やるじゃない! これならなんの工作もいらないわね!」


 シアは、チリーがもう少し距離感のあるやり取りをするのかと思っていたが、意外にもいきなり手をつなぎ始めたことに興奮していた。


 やはり二人の間には、もう関係も情緒もしっかり出来上がっている。後は機会があればくっつくのも時間の問題だろう。それが今日でもなんら不思議ではない。


「しかし意外だな。シアはこういうのが好きなのか。言ってくれれば俺がいつでも手をつないでやったものを」

「馬鹿ね。こういうのはこうして見守るのが一番楽しいのよ。演劇の題目も小説も、語られるのはいつだって恋愛なのよ」

「な、なるほど……?」


 あまりピンと来ていないシュエットだったが、とにかくシアが楽しそうなので適当に頷いてしまう。


 これでチリーとミラルも関係が深まっていくなら、それはそれでシュエットとしても良いと思える。


「しかしだな、シア。チリーにはその……ティアナという女性がいたんだろう? ミラルさんも、それは気になるんじゃないか?」


 チリーは過去の旅で、ティアナ・カロルという少女と出会い、彼女を守ると固く誓っていた。それはもう、ほとんど告白のようなものだったのかも知れない。


 あの夜の盗み聞きの後、その関係性について熱くシュエットに語ったのはシアの方だ。


 その手の話には疎いシュエットだが、なんとなく微妙な関係なのは理解出来ている。要は元カノを引きずった男と新しい女なのだ。ここまでスケールを落とせば、ヴァレンタイン騎士団の仲間内でもたまに聞ける話になるのでどういう状態なのかわかる。


「そーなのよねー。なのにあいつ元カノの話をまあ大事そうに話すんだわ」


 肩をすくめ、呆れた様子でシアはため息をついて見せる。


「でもティアナってのは死んだ女なわけでしょ。あいつが今と、そしてこれから先見ないといけないのはあの子よ。その気がないならまあ別だけど、そうは見えないし」


 一見面白半分でやっているように見えるシアだが、彼女なりにある程度今後を考えた結果ではあるのだ。


 チリーとミラルには、一定以上の関係性に到達し、それをキープしてもらわなければ困る。微妙な距離感の男女は何かと揉めやすい。旅には付き合うし協力するが、痴情のもつれに付き合うのはあまり気が進まない、というのがシアのぶっちゃけた気持ちである。善意も打算も込み込みで、今回の作戦を決行するに至ったのだ。

 

それにやはり、恩人にはちゃんと旅が終わる頃には幸せになっていてほしい。


「とにかく、あのバカの意識から元カノを抹消するわよ!!!」

「……その物騒な物言いだけでもなんとかならないか?」

「なんない。性格の問題だから」


 きっぱりと言い切られ、シュエットはとりあえず諦めた。



***



 ザルファリの治安は、スラムに比べるとかなりマシだった。


 後ろ暗い事情のある者が多いのは確かなのかも知れないが、それと治安の悪さは別にイコールではない。


 バルーチャが力で作った秩序は機能しているようだし、フードをかぶっているとは言え、チリーとミラルが堂々と中を歩いていても誰に呼び止められることもない。もっとも、顔が見えて気付いた人間は関わりたくなさそうに顔をそむけることもあったが。


 市場は、基本的に商人達が地べたに絨毯を敷いて商品を並べて座っている、と言ったものだ。明らかに品揃えが良い商人は大抵身なりが良い。


「なんか買うか?」


 市場に並んでいるのは、服やアクセサリー、武器など様々だ。食べ物を扱っているところは少ないが、旅に役立つ保存食などを扱っているところもある。中には、魔法遺産オーパーツを扱っているところまであった。


 魔力を感知出来るチリーには、魔法遺産オーパーツの真偽がわかる。魔力を持たない贋作が多いが、中には本物も混じっている。


 かつてこのアルモニア大陸を支配していた魔法使い達が遺した魔力を持つアイテム、それが魔法遺産オーパーツだ。チリー達が捜している賢者の石も、その一つと言える。


「とは言っても、あまりお金もないのよね……」


 ヘルテュラシティを出発する際、ヴァレンタイン公爵から当面の旅費はもらっているが、決して余裕があるわけではない。この先旅がどこまで続くのかわからないのだ。無駄遣い出来る金貨は一枚もない。


「……まあ、見るだけだな」

「冷やかしみたいであんまり気が進まないわね……」


 ミラルが育った家、ペリドット家は商家だ。客引きになれるならまだしも、ミラル達は他人から見れば出来れば関わりたくないお尋ね者だ。それが冷やかしで露店の前をうろつくのはあまり感心出来なかった。



***



「……しまった!」


 不意に、チリーとミラルを眺めていたシアが表情を変える。


「どうしたシア」

「あいつらお金ないわ!!!!」

「た、確かに……! 全然余裕ないじゃないか!」


 シアの言葉に、シュエットも事の重大さに気づく。


「折角のデートでお金がなくて何も出来ませんでした~、じゃ百年の恋も冷めるわよ! 冷え冷えよ!」

「お、俺達で温めるんだシア……! だがどうやって!?」


 シュエットの家、エレガンテ家は貴族だがだからと言って今手持ちが多いわけではない。借金取りに追われているシアなんてもってのほかだ。元はと言えばチリーとミラルを捕らえてゲルビア帝国に突き出して報酬金をもらうのが目的だったような女である。


 このままでは全員冷え冷えなのだ。


「……よし、あたしに考えがあるわ。あいつが生きてれば、だけど……。シュエット、ちょっと見張ってなさい!」

「お、おう! なんだかわからんが任せたぞ!」

 

シュエットがそう答えるやいなや、シアは即座に駆け出す。



 そうしてシアが目指した場所は、一見の小屋だった。


 全速力で辿り着き、シアは一切の遠慮なくドアを開く。


「おわ、びっくりした! なんだよ!?」


 中にいたのは、やや身なりの汚い小柄な男だ。彼はシアの知り合いなのか、シアの顔を見た途端ちょっと嫌そうな顔を見せる。


「よっしゃ! パウル生きてたわね!?」

「ひぃ! なんなんだよぉ……!」


 家の中にずかずかと入り込み、シアはパウルへ近づく。走ってきた分の疲労もあってか、呼吸を荒げて迫ってくるシアがパウルには異様な程に恐ろしかった。


「金返しなさい……金貨ニ枚、前に賭場で貸したでしょ……!?」

「え? 今!? 三年以内に四枚で返せって話じゃ……まだ一年くら――」

「利息はチャラにしてあげるから、ニ枚! 今すぐ! ほら!」

「ひえぇ……」


 尋常ならざる形相で迫るシアに恐れをなし、パウルは怯えながら革袋を取り出すと、中から金貨ニ枚をシアに差し出す。


 すると、シアはにっかり笑うと金貨をふんだくった。


「サンキュー! 利息はマジでいらないから、またね!」


 それだけ言い残し、シアはパウルに背を向けて凄まじい勢いでどこかへと走り去っていく。


 その背中をぼんやりと眺め、パウルはその場にへたり込んだ。


「なんなのォー……?」


 パウルがその理由を知ることは、恐らく今後もないだろう。



 パウルの元を離れ、シアは大急ぎでシュエットの元に戻って来る。


「二人は!?」

「まだ市場をうろついているぞ! だが全く盛り上がってない!」

「ふふっ……調達してきたこいつの出番ね」


 言って、シアはニ枚の金貨を得意げに見せびらかす。


「ど、どこから……!? まさか盗ってきたんじゃないだろうな!?」

「ちょいと取り立てて来ただけよ。あたしが犯罪やらかす女に見える?」

「見える」


 即答したシュエットの頭に無言でげんこつを落とし、シアは金貨を手にチリー達の元へ向かった。

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