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赤き贖罪の英雄譚 -The Legend Of Re:d Stone-  作者: シクル
Season4「The Legend Of Immortal Witch」

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92/112

episode92「無法地帯の秩序-Welcome to Zalfari-」

 シアに案内され、チリー達は集落の中にある一件の小屋にたどり着く。どうも、ザルファリに来たら挨拶をしなければならない相手がいるようなのだ。


 その小屋は木で作られた簡素な作りの小屋で、最低限雨風をしのげる程度と言ったところだろうか。かなり年季が入っているが、よく手入れされているように見える。


 たどり着くやいなや、シアは入口についているボロ布のカーテンを開いて中へ入っていく。


「バルーチャ、いるー?」

「その声はシアか。入ってくれ。連れもいるな? 全員入ってくれ」


 シアが手招きするので、チリー達も中へ入っていく。


 小屋の中は、ほとんど何もなかった。

 薄汚れた毛布とカーペット、あとは最低限の調度品がある程度である。


 部屋の中央には、長く黒いドレッドヘアの男があぐらをかいていた。

 体格の良い男で、長い前髪は真ん中で分けられている。浅黒く健康的な肌色で、引き締まった体つきの初老の男だった。


 目を閉じ切っており、シア達のことは恐らく視覚的に見えていない。しかしその顔ははっきりとシア達の方へ向けられていた。


「紹介するわ。彼はバルーチャ・ザルファリ。ここを取り仕切っている男よ」

「そんな大層なものじゃない。何もないところで悪いが、適当に座ってくれ」


 そこでチリー達は、ようやくシアの言葉の意味を理解する。


「なるほどな。掟を破ればこいつにぶち殺されるってわけか。ったく、もったいぶった言い方しやがって」


 バルーチャをあの時あえてザルファリと呼んだのは、シアのちょっとした悪戯心だったのだろう。あの言い方ではややこしくてわかりにくかったが、集落の名称ではなく”バルーチャ・ザルファリ”を指しているのだとわかれば納得出来る。


 恐らく地名の由来も彼からきているのだろう。


「確かにこいつなら大抵の奴は始末出来そうだな。シュエットより強ェだろ」

「俺を引き合いに出すのはやめてもらえないか?」


 不満げなシュエットを放置しつつ、チリーはバルーチャを観察する。


 視力はないようだが、一切隙がない。恐らくどこからの攻撃にでも瞬時に対応出来るだろう。視力以外の感覚が研ぎ澄まされているのかも知れない。


 どことなくラズリルの雰囲気に近い。恐らく何度も、殺しの修羅場をくぐり抜けてきた人間だ。


「……驚いたな。エリクシアンか」


 チリーに顔を向けつつ、バルーチャは感嘆の声を上げる。


「よくわかったな」

「お互い様だ。佇まいでわかるだろう? 君にはまるで勝てる気がしない」


 バルーチャはおどけて肩をすくめて見せながら、小さく笑みをこぼす。


「よし、聞かれる前に先に言っておこうか。聞きにくいかも知れないしな。俺の目は戦争中にやられた。見えない。だが他の感覚でわかる。音や臭いでな。ちなみにどうやってやられたかは……聞かない方がいい。蝿の羽音を聞いてる方がマシに感じるくらいの話になるぞ」


 流れるように喋り続け、バルーチャは一息つく。


「あと俺は、偉いわけじゃない。ちょっと人より腕っぷしが強いだけだ。取り仕切ってるというと……少し語弊がある」

「よく言うわよ。聞いた話じゃ、百人以上は鉄拳制裁で埋葬したって」

「昔の話だ。最近はここも治安が良い。みんなが約束を守ってくれるからな。あと埋葬はしていない、すごくボコボコにしただけだ」


 このザルファリと呼ばれる地が集落として成り立っているのは、このバルーチャという男が力でルールを押し通しているからなのだろう。


 そこだけ聞けばとんでもない男だが、纏っている空気は妙に温和だった。


「俺は頭が悪くて、きれいなルールは作れない。ここの連中もみんなそうだ。だから、わかりやすく力を使うしかなかった」


 バルーチャは、力をルールとして割り切っていた。最低限のルールを作り、破れば制裁を加える。極めて簡単だが、それと同時に野性的で、残酷だ。同時に多少合理的でもある。


「つまり俺が死ねば、ここは無法地帯になるよ。その時はシアがなんとかしてくれ」

「冗談じゃないわよこんなとこ」


 シアが素っ気なく答えると、バルーチャは薄く笑う。


「……」


 バルーチャの話を聞いて、ミラルは考え込む。バルーチャのやり方は、決して褒められたものではない。ただ方向性が違うだけで、やっていることはゲルビアとほとんど変わらないだろう。


 自身のルールを強いるために力を用いること、それ自体を是とすることは出来ない。だがその一方で、この地ではそれが最適解であることも理解出来た。


 ザルファリはどこまでもグレーな地だ。白黒はっきりとつけないのが、正解の時もあるのかも知れない。


 そんな風に考え込むミラルの様子を察して、チリーはミラルへ視線を向ける。


 しかしその視線だけ受け取って、ミラルは首を左右に振った。


 以前のミラルなら、こんなやり方は納得出来なかっただろう。今だって、快くは思わない。


 だが、この地にはこの地のやり方がある。簡単な気持ちで口を出して良い問題ではない。


「少し動揺しているようだな。君達からすれば、俺も悪党みたいなものだろう」

「あ、いや、そんな……」


 心の内を見透かされ、ミラルは慌てて否定しようとする。


 そのやり方に疑問が残るだけで、ミラルは決してバルーチャを悪党だなどとは思っていない。


「ふっ……まあなんだ。バルーチャは良い奴なんだろう? なら問題ないじゃないか」

「はは、そう言ってくれるのは嬉しいが……暴力だけで人を律する人間を良い奴とは言わないよ」


 シュエットにそう答え、バルーチャは自嘲気味に笑う。


 バルーチャ自身、あくまで自分のやり方を善だとは考えていなかった。

 ただバルーチャには、これしかやり方がなかっただけなのだ。


「俺は……」


 バルーチャが言いかけると、突如バタバタと外から足音がする。


「バルーチャ!!」


 中に入ってきて、大声でバルーチャを呼んだのは数人の子供達だった。


「バルーチャ、また海の向こうの話してよ!」

「イレオーネの戦士、ゴルーグはあの後どうなったの?」


 騒がしい子供達にバルーチャは微笑んで見せた後、チリー達に申し訳無さそうに頭を下げる。


「すまない。次の客が来てしまった。この子達には、よく俺の故郷の話をしていてね。今日はその続きをせがまれている」


 子供達は、見慣れないチリー達に気づくと、すぐに不安そうにバルーチャへ視線を向ける。


「心配ない。彼らはお客さんだ。何も悪いことはしないよ」


 バル―チャがそう言って諭すと、多少安心したのか子供達の興味はすぐにバルーチャへ戻る。


 そんな子供達に、バルーチャはふと愛おしそうに口元を緩める。


「…………ここにたどり着くのは、何もならず者だけじゃない。俺は、この子達のような孤児を守りたかったんだよ。やり方を、間違えてしまったのかも知れないがね」


 この地、ザルファリは行き場のない者達の吹き溜まりだ。


 国や町を追われた者、帰る場所がもう存在しない者。様々な事情を持った者達がこの地を訪れる。


 どこの国でもないこの場所には、ルールが存在しなかった。ただ一つ、”弱肉強食”の原理だけを除いて。


 ルールがなければ、作るしかない。それも、弱者を食い物にする卑怯者を従わせるルールを。その答えが、バルーチャにとっては力だった。


「……すみません、私、何も知らずに……」


 ミラルが謝罪の言葉を告げようとすると、バルーチャは首を振る。


「君が謝ることは何もない。気にするな」

「ねえ、はやく話してよ!」

「ああ、すまない。今から話すよ」


 子供達に囲まれるバルーチャに別れと感謝の言葉を告げてから、四人は小屋を後にした。



***



 バルーチャへの挨拶をすませ、チリー達はとりあえず一晩だけこの集落に滞在することを決めた。この集落ではバルーチャの存在が抑止力となっており、滅多なことは起こらないだろう。お尋ね者であるチリーとミラルの現状を考えれば、むしろここの方が気楽に過ごせるとさえ思えてしまう。


 小屋を離れ、チリー達は再びメインストリートらしき場所を訪れる。


 まだ昼時なのもあり、市場が盛んに開かれている。小さな町や村よりも栄えているようだ。人の出入りが激しい点も大きく影響しているだろう。


 身なりの良い商人もちらほら見られる。交易場所としてはちょっとした穴場なのかも知れない。


「……よし!」


 しばらく歩いてから、シアがややわざとらしく意気込む。


「それじゃあたし、賭場に行ってくるから! アンタらもくるー!?」

「行くわけねえだろ」

「それはちょっと……」


 チリーとミラルにノータイムで返されるシアだったが、特に気にする様子はなかった。


「シュエットは興味津々よね!?」

「いや、あるわけな――」


 言いかけるシュエットを強引に捕らえると、シアはその口を無理矢理手で塞ぐ。


「あるわよねぇ?」

「もがッ……もごッ……!」


 必死でもがくシュエットだったが、その耳元でシアは他の二人に聞こえない程度の声で何事か囁く。それを聞いた瞬間、シュエットはピタリと抵抗をやめた。


「あるわね?」

「ああ、俺、ギャンブル、大好き」


 突如様子のおかしくなったシュエットを怪訝そうに見るチリーとミラルだったが、シアは即座にシュエットの手を取るとそのまま駆け出した。


「じゃあねーーーー! 日が落ちる前にまたここに集合ー!」


 わけのわからないまま置いていかれ、チリーとミラルはしばらく唖然とした表情でその背中を見送る。


「……なんだったんだ?」

「さあ……?」


 互いに顔を見合わせて、チリーとミラルはキョトンと首を傾げた。



***



 チリーとミラルから距離を取り、シアは適当なところでシュエットと共に建物の影に隠れる。


「……それでシア、一体なんなんだ? 急に二人きりになりたいなんて……まさか俺のことが大好きなのか? 良いぞ、俺は」

「んなわけないでしょ」

「えぇ……? じゃあなんなんだぁ……?」


 心底がっかりした様子で、情けないへの字眉を見せるシュエットに、シアはため息をつく。


「アンタと二人きりになりたいんじゃなくて、あいつらを二人きりにしたいのよ」

「……なんで?」


 どうもシアの意図が掴めず、への字眉のままシュエットは困惑する。


「…………聞いたでしょ。あいつの話」


 シアがそこまで言って、ようやくシュエットは真剣な表情を見せた。


「……ああ」


 チリーが、ミラルに自身の過去を話したあの日……シアとシュエットは途中から盗み聞きをしていたのである。


 夜中に出歩く二人に気付いたシアは、面白半分でシュエットを誘ってあとをつけ、二人の話をこっそりと聞いてしまったのだ。


 ちょっとした逢引程度にしか考えていなかったシアは、チリーの口から次々と出てくる真面目な話に、罪悪感と居心地の悪さで頭痛がするような思いを味わうはめになった。


 隣で感情移入し過ぎて泣き始めるシュエットをどうにか抑え、シアはこっそりとその場を離れたのだった。


「ちょっとくらいはさ、あいつらにも水入らずで息抜き出来る時間が必要だと思うのよ」


 正直、ザルファリでの休憩を提案したのも半分くらいはそれが理由だった。


 聞いてしまった罪悪感も大きいが、単純にミラルに協力したい、というのがシアの本音だ。


「大体、あれで付き合ってないってなんなのよ! あんなこう……ぎゅーってしてさぁ!」

「確かに言われてみればそうだな。ミラルさんは、俺とチリーで迷っているのか?」

「……アンタって幸せよね」

「?」


 シュエットのよくわからない自己肯定感の高さは今に始まったことではない。とりあえず、シュエット自身にはチリーとミラルをくっつけることに抵抗がなさそうなのがわかったのはシア的には大きな収穫だった。


「とにかくやるわよ……題して、第一回、チリミラさっさとくっつけ大作戦っ!」

「お、おお……? おー!」


 とりあえず勢いに押し切られるシュエットであった。


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